シンカー: 新型コロナウィルスの問題を抱え、企業の投資意欲はしばらく弱くなり、資金を使う力が衰えるだろう。このような時は、財政拡大により、ネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)を復活させ、マネーの拡大と民間の所得を生む力を強くする必要がある。家計の総賃金が拡大する重要な経済メカニズムは、労働需給が引き締まるとともに、企業と政府の支出する力が強くなることだ。マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。これまでネットの資金需要が消滅してしまっていたということは、家計に回ってくる所得が抑制されてしまっており、国民が景気拡大を実感できない原因となっている。ネットの資金需要を復活させることは金融緩和効果も強くし、マネーが拡大する力も強くする。資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大し、家計に回ってくる所得を大きくするために、ネットの資金需要は十分な額が必要である。政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、企業部門の弱さをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0として、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。
日銀資金循環統計の企業貯蓄率は2020年1-3月期に+3.5%(4四半期平均、GDP比率、マイナスが強い)となり、10-12月期の+2.6%から上昇した。アベノミクス前の2012年10-12月期の+5.5%から2019年1-3月期には+2.5%まで下がってきた。しかし、そこからは下げ渋っている。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、頻発する自然災害、そして新型コロナウィルスによる経済活動の停止などの不確実性が大きくなってきたことが、企業活動を弱体化させ、投資意欲も削いできてしまっているようだ。
企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなり過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の強弱が、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。新型コロナウィルスの問題などによる企業心理の悪化で、1-3月期は上昇に転じ、緊急事態宣言があった4-6月期には更に上昇しているとみられ、過剰貯蓄としての総需要を破壊する力が景気後退とデフレ再燃につながるリスクになっている。
これまで、深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するため、新商品・サービスの提供でトップライン(売上高)を増加させる必要性があり、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動が刺激され始めてきていた。AI、IoT、AI、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発などが活性化してきていた。実質設備投資の実質GDP比率(設備投資サイクル)は、バブル崩壊後になかなか打ち破れなかった16%の天井を上回ってきていた。設備投資サイクルが16%という低い天井の下に押し込められていたのは、企業の期待成長率と期待インフレ率が低いことを示し、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっているプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。先行する設備投資サイクルが天井を打ち破っていけば、企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)に向けて低下していくことができるようになる。
企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力が消滅するまでは、再度の景気後退でデフレに戻るリスクがあるため、デフレ完全脱却は宣言できないことになる。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきた中で、新型コロナウィルスの問題も大きくなり、現在は企業の投資意欲が一時的に衰えてしまっているようだ。企業貯蓄率の上昇が継続すれば、総需要を破壊する力がまた大きくなり、日本経済は景気後退とデフレの闇に陥ることになる。政府・日銀の政策で信用サイクルの堅調さが維持できれば、企業のデレバレッジとリストラは再発せず、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気は底を這うL字型を回避して回復力が生まれる。景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、設備投資サイクルの上昇が牽引役として必要になる。
確かに設備投資は弱くなったように見える。しかしGDPも大きく下押されている。設備投資がGDPをアウトパフォームしていさえすれば、実質設備投資の実質GDP比率が示す信用サイクルは堅調さを維持していることになる。企業は新型コロナウィルスの影響は一過性と判断し、金融機関からの資金調達に対する警戒感も大きくなく信用サイクルは堅調さを維持できるとみらる中、長期的な視野の投資拡大は止めるわけにはいかず、まだ設備投資サイクルは上向きを維持できると考える。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するだろ。そうなれば、新型コロナウィする問題が終息に向かうなかで、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展していくだろう。
財政収支(資金循環統計ベース)は2020年1-3月期に-2.3%(4四半期平均、GDP比率)となり、10-12月期の-1.9%から赤字幅が若干拡大した。アベノミクス前の2012年10-12月期の-8.7%から、景気拡大の進展にともない赤字幅が大きく縮小してきた。2017年10-12月期が-3.4%だったことを考えると、不確実性が大きくなり民間の経済活動が抑制される中で、政府は財政収支の劇的な改善を進めてしまっているようだ。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少で、マイナス(赤字)である財政収支で相殺しきれず(財政赤字を過度に懸念する政策)、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要(マイナスが強い)が消滅してしまっている。ネットの資金需要の消滅は、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていることを意味する。
2020年1-3月期のネットの資金需要は+1.2%(4四半期平均、GDP比率)と、2015年7-9月期から消滅してしまった状態が続いている。マネーが拡大するリフレサイクルがまだ稼動していないばかりか、弱くなり、マネーが縮小する力が大きくなってしまっている。企業の投資活動(企業貯蓄率の低下)がまだ十分に強くない中で、経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要を消滅させ、アベノミクス1.0のデフレ完全脱却への力が喪失してしまったと考えられる。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。マネタイズするネットの資金需要がなければ、金融緩和の効果は限定的になってしまう。
新型コロナウィルスの問題を抱え、企業の投資意欲はしばらく弱くなり、資金を使う力が衰えるだろう。このような時は、財政拡大により、ネットの資金需要を復活させ、マネーの拡大と民間の所得を生む力を強くする必要がある。家計の総賃金が拡大する重要な経済メカニズムは、労働需給が引き締まるとともに、企業と政府の支出する力が強くなることだ。マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。これまでネットの資金需要が消滅してしまっていたということは、家計に回ってくる所得が抑制されてしまっており、国民が景気拡大を実感できない原因となっている。ネットの資金需要を復活させることは金融緩和効果も強くし、マネーが拡大する力も強くする。
資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大し、家計に回ってくる所得を大きくするために、ネットの資金需要は十分な額が必要である。政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、企業部門の弱さをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0として、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。持続的なマネーの拡大と物価の上昇の加速には、ネットの資金需要は-5%程度あることが望ましい。ネットの資金需要をその水準にもっていき、新型コロナウィルスの問題があってデフレ完全脱却への動きを止めないためには、更なる財政拡大が必要とみられる。
図:日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)と失業率
図:設備投資サイクルと企業貯蓄率
図:ネットの国内資金需要(リフレサイクル)
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司