シンカー:日銀短観は信用サイクルが強いままであったことが確認できた。景気は回復のないL字型は回避できることになる。更に、設備投資計画は強く、新型コロナウィルス問題が終息に向かえば、設備投資がけん引する形で景気回復はU字からV字に促進される可能性も示された。企業の業況判断DIで警戒感が極めて強くなるのは当然で、今回は業況判断DIにそれほどの情報価値はない。マクロシナリオとしては短観の内容は強かったと判断できる。
日銀の短観調査では、4-6月期の大企業製造業業況判断DIは-34と、1-3月期の-8から大幅に悪化し、リーマンショック後の経済収縮期の2009年4-6月期以来のマイナス幅となった。4-6月期の大企業非製造業業況判断DIも―17と、1-3月期の+8から大幅に悪化し、東日本大震災後の2011年4-6月期以来のマイナスとなった。新型コロナウィルスはグローバルに拡散し、都市ロックダウンなどで経済活動が停止たため、輸出環境は大幅に悪化した。自動車のDIが-17から-72へ悪化した。企業のドル・円の想定レートは108円程度から大きな変化はなかった。国内でも4月に緊急事態宣言がなされ、経済活動の自粛が企業心理に大きな下押し圧力をかけた。宿泊・飲食サービスのDIが-59から-91へ悪化した。4-6月期の大企業雇用人員判断DIは-3(マイナス=不足、プラス余剰)と、1-3月期の-20から悪化した。企業活動が制限される中で、雇用を維持する負担も景況感の下押しになったとみられる。現在は、グローバルに経済活動再開の動きがあり、国内でも緊急事態宣言が解除された。経済活動の維持のために、グローバルに、政府と中央銀行の緩和的経済政策の拡大が行われている。7-9月期の大企業製造業先行きDIは-27、大企業非製造業先行きDIは-14と改善が予想され、最悪期を脱したことが示された。
企業の業況判断DIで警戒感が極めて強くなるのは当然で、今回は業況判断DIにそれほどの情報価値はない。問題は、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、景気が底を這って回復のないL字型を回避できるかだ。注目は信用サイクルが強い状態を維持できるのかだ。グローバルに在庫・生産サイクルが多少悪化しても、日本経済は拡張を続けることができるように、強い信用サイクルに支えられた内需を中心に頑強になってきていた。信用サイクルをうまく示すのは日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIである。信用サイクルは雇用拡大の牽引役であるサービス業の事業拡大を左右するため、失業率に先行する指標である。信用サイクルが堅調であれば、雇用・所得環境は底割れず、新型コロナウィルス問題が終息に向かうなかで需要は復元し、景気には回復力が生まれる。中小企業貸出態度DIは、昨年7-9月期の+20から、消費税率引き上げなどの影響で10-12月期に+19、そして新型コロナウィルス問題などの影響で1-3月期に+18と若干の弱まりが確認された。政府・日銀は、企業向けの流動性対策を大幅に拡充し、信用サイクルの防衛に全力を尽くす方針だ。政策の下支えで、4-6月期の中小企業貸出態度DIは+19に改善した。政府・日銀の政策などに支えられて、何とか堅調な信用サイクルは維持でき、景気はL字型を回避すると考える。全規模全産業の雇用人員判断DIは-6と不足の状況を維持している。
景気の回復が、緩慢なU字型から迅速なV字型に進展するためには、需要の牽引役が必要になる。注目は設備投資サイクルが再び強さを取り戻すのかだろう。経済ファンダメンタルズの改善と民間投資を喚起する成長戦略が徐々に効果を発揮し、設備投資サイクルもようやく天井を打ち破ってきた。実質設備投資の実質GDP比率は既に+16%の天井を打ち破り、バブル崩壊後の最高水準までようやく上昇した。この天井をなかなか打ち破れなかったことが、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっている異常なプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。短期の業況感に左右されない、人口動態にともなう労働需給逼迫を含む生産性と収益率の向上の必要性、AI・IoT・ロボティクス・5Gを含む技術と産業の革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発が大きな後押しとなっているとみられる。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきた中で、新型コロナウィルスの問題も大きくなり、現在は企業の投資意欲が一時的に衰えてしまって懸念があった。しかし、2020年度の大企業設備投資計画は前年比+1.8%から+3.2%へ上方修正された。
名目GDPに相当する2020年度の大企業全産業売上高計画は0.6%から-1.9%へ大きく下方修正された。設備投資画が売上高計画を大きくアウトパフォームし、実質設備投資の実質GDP比率が示す信用サイクルは堅調さを維持していることになる。企業は新型コロナウィルスの影響は一過性と判断し、金融機関の資金融資に対する警戒感も大きくないため、長期的な視野の投資拡大は止めるわけにはいかず、まだ設備投資サイクルは上向きを維持できると考える。政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進するだろ。そうなれば、新型コロナウィする問題が終息に向かえば、堅調な信用サイクルが生み出す景気回復の力を、強い設備投資サイクルが生み出す需要の牽引力で、景気回復は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展していくだろう。デフレ完全脱却のためには、企業の期待成長率と期待インフレ率が上振れなければならない。これまでの16%を上限とする実質設備投資の実質GDP比率のレンジが上方シフトすることで、両者が上振れたことが事後的に確認できるようになる。レンジが上方シフトすれば、企業貯蓄率は異常であったプラスから正常なマイナスに戻り、総需要を破壊する力が払拭され、デフレ完全脱却が可能となろう。日銀短観は信用サイクルが強いままであったことが確認できた。景気は回復のないL字型は回避できることになる。更に、設備投資計画は強く、新型コロナウィルス問題が終息に向かう中、設備投資がけん引する形で景気回復はU字からV字に促進される可能性も示された。マクロシナリオとしては短観の内容は強かったと判断できる。
新型コロナウィルス問題による景気の形
I字型 (落ち続ける): 経済学よりも疫学的な問題で感染爆発により経済構造が崩壊。
L字型 (底を這って回復がない): 企業のデレバレッジとリストラが再発し、雇用所得環境が悪化しながらデフレに再突入。
U字型 (回復は緩慢): 堅調な雇用所得環境に支えられて経済の自然治癒が進むが、追加的な景気押し上げの力がない中でデフレ脱却は遠のく。
V字型 (一気に回復力を取り戻す): ITの新技術などを背景とした企業の設備投資の拡大で強い景気回復に。財政拡大・金融緩和のポリシーミックスの力で、デフレ脱却へ向かう元のパスへ。
W字型 (再発による二番底): ワクチン開発の成否や集団免疫獲得の有無、ウィルス変異のリスクなどの疫学的な問題。
三つのサイクルと景気の形
①信用サイクル(日銀短観中小企業貸出態度DI)が腰折れなければ、景気はLを回避しUに進展。
②設備投資サイクル(実質設備投資GDP比率)が再び上向けば、景気はUからVに変化。
③財政拡大でリフレサイクル(ネットの資金需要)が上振れれば(マイナスが大きくなる)、それをマネタイズする金融政策の効果も強くなりアベノミクス2.0が稼働。
図1:信用サイクルと失業率
図2:設備投資サイクルと企業貯蓄率
図3:ネットの国内資金需要(リフレサイクル)
表4:4-6月期短観結果
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司