シンカー:日本経済がどうしてこれまで苦しんできたのか?何が良い状態に戻ることを妨げてきたのか?本当に良い状態へ戻ることができるのか?日本経済の見方をやさしく解説する。今回は前半である。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

なぜデフレを脱却できなかったのか?

長年日本では、将来の経済成長が期待できず、物価下落が続くとみられたため、企業にとっては投資よりもリストラなどによるコスト削減が重要であった。賃金が減少し、家計も苦しくなった。普通の経済では、企業は事業を展開するために資金を調達する。企業が資金を借り入れることは、貯蓄率ではマイナス(資金需要があること)だ。しかし日本では、企業が家計と同じように支出を抑えて貯蓄に励み、デレバレッジとして借金を返済し続け、貯蓄率は異常なプラス(資金需要がないこと)になってしまった。普通はしない部門が貯蓄をして何も使わないのであれば、支出が減り、国内の需要に下押し圧力がかかってしまう。その結果、1990年前後のバブル崩壊後、日本経済は国内の需要の弱さとデフレに苦しんできた。企業から需要を破壊する力がかかっているのであれば、政府が需要を拡大して補うべきだ。企業の貯蓄が大規模な財政支出のファイナンスを支えるため、金利は極めて低い水準に維持される。

企業に資金需要が存在する(企業貯蓄率がマイナスである)中で財政赤字が金利高騰のリスクとなるそれまでの古い常識から脱せず、政府は財政拡大に消極的であり続けた。または、海外経済が好調で、少しでも景気が良好な状態になると、国内の需要の弱さとデフレから脱却する前に、増税や財政支出削減を行ってしまった。その財政緊縮の中で、弱者を救済するセーフティーネットも削られた。賃金の減少とともに、家計の将来不安は大きく、需要が更に弱くなり、ビジネスのパイの縮小で企業は投資よりも更にリストラを進める悪循環となった。賃金は減少するもの、ビジネスのパイは縮小するもの、そして需要の弱さで物価は下落するものという観念がいつしか経済の中で固定化してしまった。

図1:企業貯蓄率と消費者物価指数

企業貯蓄率と消費者物価指数
(画像=日銀、内閣府、総務省、SG)

アベノミクス1.0始動と失速

固定化した観念を覆すには劇的な動きが必要だ。2013年にデフレ脱却を目指すアベノミクス1.0がスタートした。これまでにない大規模な金融緩和が行われた。金利は極限まで低下し、金融機関も融資に積極的になり、中小を含め企業がいつでも資金調達ができるという安心感がこれまでになく広がった。失業率に先行する日銀短観の中小企業金融機関貸出態度DIは、バブル崩壊後の圧倒的な高水準まで上昇し、信用サイクルは上振れた。IT技術の発達もあり、日本経済は製造業からサービス業中心に変化しつつあった。いつでも資金調達ができるという安心感は、滞留していた手元資金を投資などに向かせ、新たなサービスなどの事業拡大につながった。雇用も拡大し、失業率をバブル崩壊後の圧倒的な低水準まで低下させた。この間、海外経済が好調であったことも追い風だった。財政政策も、東日本大震災からの復興で拡大基調であったのが逓減する中、アベノミクス1.0の初期は支出に積極的でそれを補い、需要の回復を促進した。しかし、かなり将来の高齢化を心配し、景気が少しは良好になったこともあり、国内の需要の弱さとデフレから脱却する前に、消費税率や社会保険料を引き上げるなど、また増税や財政支出削減を行ってしまった。アベノミクス1.0は失速した。

図2:日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)と失業率

日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)と失業率
(画像=日銀、総務省、SG)

デフレ脱却には財政拡大が必要

しっかりとした経済成長を維持するため、企業の支出が弱くて需要を破壊する力になっているのであれば、政府の支出などでオフセットする必要がある。しかし、緊縮的な財政政策となってしまったため、企業の貯蓄率の異常なプラス幅を、財政収支のマイナス(赤字)で十分にオフセットすることができず、そのバランスであるネットの資金需要(企業貯蓄率+財政収支)はマイナス(支出が強い)であるべきものが、消滅(支出が弱い)してしまった。需要を生み出す力、資金が循環し経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力であるネットの資金需要が消滅している状態は、リフレサイクル(経済が膨らむ力)が弱いことを意味する。経済とマネーの膨らむ力が弱く、景気回復の実感は得られなかった。緊縮的な財政政策は雇用の拡大で立ち直りかけた家計の大きな負担となり、企業と政府の支出が弱いことで賃金の拡大も弱くなり、国内の需要の弱さとデフレからなかなか脱却できない原因となってしまった。

ネットの資金需要が消滅していると、日銀が供給した流動性が市中に流れていくことが困難となり、ただ金融機関や日銀当座預金に滞留し、量的金融緩和の効果も限定的になってしまう。更に、家計に資金が回る力が弱くなり、緊縮財政の負担とともに国民の不満が高まり、ポピュリズム的な政治不安にもつながってしまう。金融政策にばかり負荷がかかり、超低金利の長期間の継続など、金融機関の経営への圧迫などの副作用が心配されるようにもなってきてしまっている。ネットの資金需要がバブル期のような巨額(GDP対比?10%程度)にならなければ、政府と企業が資金を取り合うクラウディングアウトをともなう金利急騰など、財政ファイナンスの問題はなく、緊縮財政は必要ではないはずだ。しかし、財政赤字と財政負債の大きさを単純に懸念し、緊縮財政でネットの資金需要を消滅させたままにするというミスを犯してしまったことが、デフレ脱却の足かせとなった。リフレサイクルを上振れさせ、デフレを脱却させるためには、ネットの資金需要を適度な大きさに誘導することが必要だった。(詳細は、拙著の「日本経済の新しい見方」(きんざい)を参照してください。)

図3:ネットの国内資金需要(リフレサイクル)

ネットの国内資金需要(リフレサイクル).png
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司