シンカー:日本経済がどうしてこれまで苦しんできたのか?何が良い状態に戻ることを妨げてきたのか?本当に良い状態へ戻ることができるのか?日本経済の見方をやさしく解説する。今回は後半である。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

デフレ脱却の萌芽

それでも歯車は緩やかながら良い方向に回っていた。信用サイクルの上振れなどに支えされ、ビジネスのパイは緩やかに拡大を始め、賃金も物価も緩やかに上昇を始めた。その良い方向への変化の中、将来の経済成長が強くなり、物価も上昇する期待が大きくなっているのであれば、企業は投資を増やすはずだ。そうなれば、国内の需要の弱さとデフレから脱却するチャンスが生まれる。これまで民間の投資はGDP(経済規模)に対して16%を上回ることができず、投資活動が弱い状態が続いてきた。昨年、バブル崩壊後では初めて16%を持続的に上回る投資の活性化が確認できた。設備投資サイクルがとうとう上振れた。デフレ脱却の萌芽だ。企業は人手が足らなくなり、設備の力を使わなければならなくなっていた。AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5Gを含む新たなテクノロジーの発展も貢献した。都市再開発や研究開発の予算を増やして、新たな商品やサービスを生み出して、事業を大きくしようとする動きもあった。そのまましばらく投資が大きくなる動きが続けば、設備投資サイクルが先導する中で、企業の貯蓄率は異常なプラスから正常なマイナス(資金需要が復活すること)に戻り、総需要を破壊する力がなくなる。企業の資金需要を起点にして信用創造でマネーが拡大する。そして、日本は国内の需要の弱さとデフレから脱却できることになるはずだった。

図1:設備投資サイクルと企業貯蓄率

設備投資サイクルと企業貯蓄率.png
(画像=内閣府、日銀、SG)

コロナショックから財政拡大を経てデフレ脱却へ

新型コロナウィルスがデフレ脱却へのその萌芽を摘み取ってしまった。コロナショックによる景気悪化への懸念は強く、家計と企業の活動は止まり、再び景気回復とデフレ脱却の道を歩めるのか不透明な状況となっている。まずは、政府・日銀の経済政策により、信用サイクルを腰折れさせないことが重要だ。信用サイクルが腰折れなければ、コロナショックが緩和していく中で、これまでのビジネスと雇用の拡大のメカニズムが維持され、景気の形は急激に落ちた後に底を這うL字型を回避し、回復を始めることができる。その後、これまでの新たなテクノロジーの発展のモーメンタムなどを背景に、政府の経済政策などの支援もあり、コロナショック下でのIT技術の活用の経験がイノベーションを促進し、投資活動の再活性化で設備投資サイクルが上振れれば、景気回復の形は緩慢なU字型から迅速なV字型に進展する。その時点で、これまでのデフレ脱却の道に戻ることになる。

表1:新型コロナウィルス問題による景気の形

I字型 (落ち続ける): 経済学よりも疫学的な問題で感染爆発により経済構造が崩壊。

L字型 (底を這って回復がない): 企業のデレバレッジとリストラが再発し、雇用所得環境が悪化しながらデフレに再突入。

U字型 (回復は緩慢): 堅調な雇用所得環境に支えられて経済の自然治癒が進むが、追加的な景気押し上げの力がない中でデフレ脱却は遠のく。

V字型 (一気に回復力を取り戻す): ITの新技術などを背景とした企業の設備投資の拡大で強い景気回復に。財政拡大・金融緩和のポリシーミックスの力で、デフレ脱却へ向かう元のパスへ。

W字型 (再発による二番底): ワクチン開発の成否や集団免疫獲得の有無、ウィルス変異のリスクなどの疫学的な問題。

これまでは経済とマネーが拡大する力であるネットの資金需要が消滅し、リフレサイクルが弱く、デフレを脱却できなかった。しかし、コロナショックによって戦後最悪とも言われる景気悪化に直面し、「財政赤字はいつでも金利高騰のリスクになる」という財政政策に関する古い常識を脱して、政府は危機克服に向けて大規模な財政出動へ舵を切った。財政拡大と、企業活動の再活性化で、総需要を生み出す力、資金が循環し経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となるネットの資金需要が復活し、それを日銀がマネタイズする形となり、アベノミクス2.0が稼働することになるだろう。強力な財政拡大と金融緩和のポリシーミックスの継続で、アベノミクス1.0で欠落していたリフレサイクルの上振れをともなうアベノミクス2.0が稼働すれば、デフレ脱却への元の動きに戻ったあと、その動きは加速する。数年後に企業貯蓄率がマイナスの正常な状態に戻ることで、過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなる。リフレサイクルが弱く、経済とマネーが縮小傾向では、どんな立派な成長戦略を政府が推進しても、企業活動は弱いままだ。まずは財政拡大でリフレサイクルを上振れさせ、経済とマネーが膨らむ力が取り戻されれば、企業は反応して活動は活性化する。企業貯蓄率が正常なマイナスに戻った時、政府はデフレ完全脱却を宣言できる。総需要を破壊する力がなくなり、次の景気後退局面でもデフレに戻るリスクがなくなるからだ。

表2:三つのサイクルと景気の形

  1. 信用サイクル(日銀短観中小企業貸出態度DI)が腰折れなければ、景気はLを回避しUに進展。
  2. 設備投資サイクル(実質設備投資GDP比率)が再び上向けば、景気はUからVに変化。
  3. リフレサイクル(ネットの資金需要)が上振れれば、アベノミクス2.0が稼働。

ネットの資金需要の望ましい水準はGDP対比-5%(30兆円)程度とみられる。一方、コロナショックで企業活動が著しく弱くなり、企業貯蓄率が大きく上昇しているとみられることを考えれば、現時点までの財政拡大はようやくネットの資金需要を復活させる程度で、財政不安のリスクは大きくない。家計と企業への更なる支援や、景気のV字回復を即する財政拡大余地はまだ大きい。そして、その望ましいネットの資金需要の水準を維持する緩和的な財政政策(拡大した財政支出水準を維持すること)をデフレ脱却まで継続する必要がある。これまでのネットの資金需要を0%程度に誘導するような財政政策スタンスは緊縮すぎで、?5%程度に誘導するような緩和的に変化すべきだろう。言い換えれば、-5%(30兆円)程度の恒常的な財政支出拡大余地がある。今年はその余地を新型コロナウィルス問題の対策に使っている。終息後の来年以降は、教育、インフラ投資、家計支援(ベーシックインカムなど)、そして医療福祉体制拡充などに向けていくべきだろう。一方、リスクシナリオとして、財政拡大の反動で、財政赤字と財政負債の大きさをまた単純に懸念し、早急な財政収支黒字を目指す財政緊縮が行われれば、ネットの資金需要はまた消滅し、デフレ脱却に失敗してしまうだろう。以前の復興税のようなコロナ増税や、再度の消費税率引き上げなどをすれば、経済と家計に極めて大きなダメージを与えることになってしまう。望むべき財政再建は、企業活動の活性化で企業貯蓄率が-5%程度まで低下し、景気拡大による税収の自然増と過熱抑制の財政引き締めで、財政収支が0%に戻り、望ましい水準のネットの資金需要のすべてが企業によって生まれる形になることだろう。企業貯蓄率が異常なプラスで過剰貯蓄と需要不足の状態で、緊縮財政で無理に財政収支を0%に改善させようとし、ネットの資金需要が消滅し、リフレサイクルが腰折れ、デフレ脱却に失敗し、景気悪化で財政の状態が更に悪化してしまったこれまでの間違いは反省すべきだろう。その失敗のツケを回された家計はもう限界にきている。

図2:ネットの国内資金需要(リフレサイクル)

ネットの国内資金需要(リフレサイクル).png
(画像=日銀、内閣府、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司