くすぶる英国「合意なき離脱」シナリオ
BNPパリバ証券 チーフクレジットストラテジスト / 中空 麻奈
週刊金融財政事情 2020年7月6日号
コロナ禍の混乱が大き過ぎるためか、ブレグジット(英国のEU離脱に伴う貿易協定等の交渉)はあまり注目されなくなっている。しかし、協議を重ねた割には、貿易協定に関する英国とEUのそれぞれの要求には大幅な隔たりが残ったままだ。こうしたギャップは2地域の将来的な関係性にも影響する。問題ないと考えるのは楽観的だろう。
大陸欧州はコロナ禍から復興する基金設立が思うように実行できない点で問題である。しかし、英国は次の2点のためにさらに大きな問題を抱えている。第1に、新型コロナウイルスの影響をより深刻に受け、対EU交渉力が弱まった側面が否めないこと。第2に、英国で生産される製品・サービスのうち、EUに輸出される割合とEUの対英国向け輸出の割合を比較するだけでも、ブレグジットの負担はEUより英国に大きくのしかかるといえるからだ(図表)。英国は、政治的にはより結束してブレグジットを推進することで、コロナ禍による経済の落ち込みから国民の目をそらす可能性がある。だがその分、英国のリスクは高まっているとみるべきだ。危うい状況下、ブレグジットは結局どうなるのか。
シナリオは三つ考えられる。一つは合意シナリオで、発生確率は45%程度とみる。交渉が進展し、年内に合意がまとまる。事業会社が新しい状況に適応できるよう追加的に「導入期間」が設けられる可能性が高い。このシナリオではGDP成長率が今年後半から徐々に回復するものの、2021年末までは19年第4四半期の水準を下回ると予想する。二つ目は、「合意なき離脱」シナリオで同35%程度。早ければ秋にも交渉が決裂し、来年1月以降は英国とEUとの貿易はWTOルールにのっとって行われることになる。20年後半の景気回復の低迷に輪をかけて経済は不透明感を高め、混乱が生じることになろう。最後に、延長シナリオで同20%程度。英国とEUが何らかの方法で交渉を延長するスキームを見つける。合意なき離脱に比較すれば安心感があるが、結論先送りにすぎないため不透明感は拭えない。
今年、第1四半期の英国GDPは前期比マイナス2%となった。英国中央銀行は第2四半期を同25%減と大幅な落ち込みを予想している。それに比べれば、合意なき離脱となった場合でも、向こう10~15年で英国のGDPが8%低下すると推計され、さほどの衝撃ではない。しかし、パンデミックにより企業の脆弱性が高まるなか、仮に感染第2波でサプライチェーンの混乱、需要の落ち込みがあれば、いよいよ企業の破綻が続出する可能性も否定できなくなる。コロナ禍による落ち込みから立ち直ろうとするタイミングでの「合意なき離脱リスク」は十分に意識しておくべきである。英国経済の深刻な落ち込みを想定すれば、英国資産の買い戻しには慎重にならざるを得ない。
(提供:きんざいOnlineより)