シンカー: 6月の雇用統計では、コンセンサスを上回る非農業部門の雇用者数増加がみられ、失業率も低下が続いている。一方で、新型コロナの第2波がすでにグローバルに広がっているとの見方もあり、労働市場の先行きに対しては不透明感が大きい。4月に大量にレイオフが行われた後、5月、6月の雇用統計でみられた再雇用の動きは娯楽・ホスピタリティー・小売りといった低技能労働者が中心になっているとみられる。一方で、今のところリモートワークなどで業務が継続しやすい高技能労働者ではあまりレイオフの動きは広がっていなかったようだ。ただ、新型コロナ第2波への懸念や問題の長期化により、企業が慎重姿勢を強めていけば、あらゆるセクターでリストラの動きが加速する可能性がある。企業が保守的になり、雇用や設備投資を減らしていけば潜在成長率の低下につながる。そうして総需要に対する潜在成長率の伸びが小さくなってしまえば、需給ギャップは上昇し、悪い形のインフレをもたらす可能性があるだろう。市場では現在、需要の低迷によるデフレが懸念されているが、新型コロナウイルスが悪い形のインフレをもたらすリスクも意識する必要がある。その場合、中央銀行はインフレに対応するために、金融引き締めによって需要を抑え、インフレを安定させる必要に迫られるかもしれない。最悪の場合、スタグフレーションに陥るリスクもあるだろう。新型コロナによる悪いインフレを避けるためには、生産性の向上により、供給の力(潜在成長率)を押し上げることが重要になってくるとみられる。コロナ後を見据えて、リモートワークへの投資や働き方改革などを進めるとともに、人的資本を高める政策により生産性を上げることが急務といえるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

グローバル・経済指標・クイックコメント集

●米NFP (7/2): 4800k (予想3000k / 2509k→2699k)

●米失業率 (7/2): 11.1% (予想12.5% / 前回13.3%)

●米平均時給 (7/2): MoM -1.2% (予想-0.8% / 前回-1.0%) / YoY 5.0% (予想5.3% / 前回6.7% -> 6.6%)

・6月の雇用統計では、労働市場の改善が加速し、非農業者雇用者数、失業率はどちらもコンセンサスを上回る強い結果となった。
・娯楽・ホスピタリティー・小売りといった部門での雇用者の回復が目立ち、ロックダウン措置の緩和により雇用が戻ってきていること示唆。
・同時に、上記のような比較的賃金が低い職種での雇用が戻ってきていることにより、平均時給は前月比で低下した。
・最近の雇用統計では、本来失業者と分類されるはずの回答者が雇用されていると分類される問題が生じていたが、今回の調査でこの問題は大きく修正されたとしている。
・感染が再拡大する見通しが強まっていることで、再びレイオフが加速する可能性もあり、さらに失業保険の上乗せ措置の期限なども不確実性を高めている。

●米ISM製造業 (7/1): 52.6 (予想49.7 / 前回43.1)

・6月のISM製造業指数はコンセンサスを上回って上昇、景気の境目とされる50を超えた。
・ロックダウン緩和により活動が回復しつつあり、新規受注指数は24.6と大幅上昇して56.4となった。
・入荷遅延は11.1低下して56.9となり、サプライチェーンも正常化に向かっていることを示している。
・ペントアップディマンドを背景に、さらなる反発が期待される一方、感染者数再増加もあり楽観はできない。

●仏製造業PMI (6/23): 52.1 (予想46.0 / 前回40.6)・サービス業PMI: 50.3 (予想45.2 / 前回31.1)・総合PMI: 51.3 (予想46.8 / 前回32.1)

●独製造業PMI (6/23): 44.6 (予想42.5 / 前回36.6・サービス業PMI: 45.8 (予想42.3 / 前回32.6)・総合PMI: 45.8 (予想44.4 / 前回32.3)

●ユーロ圏製造業PMI (6/23): 46.9 (予想45.0 / 前回39.4)・サービス業PMI: 47.3 (予想41.5 / 前回30.5)・総合PMI: 47.5 (予想43.0 / 前回31.9)

・仏、独、ユーロ圏PMIのすべてで製造業PMI, サービス業PMIはともにコンセンサスを上回って上昇した。
・フランスのPMIは景気の拡大を示す50を超える水準まで持ち直し、回復ペースはドイツの先を行っているとみられる。
・ユーロ圏製造業PMIでは、50を下回ってい入るものの、新規受注をはじめとして在庫を除くすべての項目で反発がみられた。
・ロックダウン緩和や事業再開に向けた動きが広がるにつれて景況感は底打ちしたとみられ、今後発表されるイタリア、スペインPMIでも反発が期待される。
・ただ、経済活動がコロナ以前の水準に戻るためには相当な時間を要すとみられ、サプライチェーンへのダメージも引き続き注目だろう。

●米小売売上 (6/16): 前月比17.7% (予想8.4% / 前回-16.4% -> -14.7%)

・5月の米小売売上高は前月比17.7% (prev: -14.7%)と予想を上回って大幅に反発した。
・自動車販売、飲食店などを中心に改善、経済活動の再開により、消費者の活動も活発化しているようだ。
・多くの消費者が政府による現金給付を受け取ったこともプラスに作用していると見られる。
・将来の見通しに対する警戒感が消費性向の低下につながると見られていたが、消費者センチメントは思ったよりしっかりしている可能性がある。

●米NY連銀製造業景況感指数 (6/15): -0.2 (予想-30.0 / 前回-48.5)

・6月のNY連銀製造業景況感指数は現況が-0.2 (prev: -48.5)、期待が56.5 (prev: 29.1)と大幅に改善した。
・内訳では新規受注が-0.6 (vs prev: -42.4)、出荷が3.3 (vs prev: -39)、雇用が-3.5 (vs prev: -6.1)となるなど、悪化に歯止めがかかってきたようだ。
・6ヶ月先の期待を見てみると、企業は経済活動の本格的な再開やペントアップ需要を背景に楽観を強めているとみられ、設備投資の拡大も示唆されている。
・新型コロナウイルスに続いて、人種差別反対デモとそれによる混乱も起こっているが、今のところ悲観の強まりには繋がっていないようだ。

グローバル・政治/金融政策・クイックコメント集

●ドイツ議会はPSPPをサポートする方向に動く(7/3)

5月にドイツ連邦裁判所がPSPPの合憲性について疑問を投げかけたことに端を発する問題は解決が近づいているようだ。ドイツ議会の下院は7月2日、ECBによるPSPPに関する説明を受け入れる動議を可決した。ECBはPSPPが比例性原則を満たしていると説明してきたが、それを議会が認めたことになる。ドイツ憲法裁判所(BverfG)はドイツ国内の公的機関(含むドイツ連邦銀行)に比例性原則が満たされているかを検証・立証するよう求めていたため、このドイツ議会の動きによってドイツ連邦銀行が引き続きPSPPに参加することが再確認されたと言えるだろう。一時はドイツ憲法裁によりPSPP継続が脅かされた場合、欧州委員会がEU法への違反手続きも視野に入れるとの声明を出していたが、ドイツ国内で決着することになるようだ。今後、PEPPに対しても合憲性の議論が起こる可能性もあるが、ECBはPEPPを物価安定のMandateと紐づけることで正当化している。もし法的問題として取り上げられたとしても今回と同じように解決され、PEPPの遂行が妨げられる可能性は低いだろう。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司