シンカー:各国政府は新型コロナウィルスの経済への影響を軽減させるために大規模な財政拡大に踏み切った。財政拡大でマネーが拡大し、資産価格の上昇、そしてこれまでのグローバルなデフレがインフレへ変化していくきっかけとなるかもしれない。いわゆる良いインフレの再来の可能性が高まっている。今のところ企業の投資スタンスなどは大幅に悪化しておらず、潜在成長率も大きく低下していない。一方で、企業が保守的になり、投資などを減らし、潜在成長率の低下により需給ギャップが拡大しインフレ圧力が強まるのが悪いインフレの形だ。また、悪い形のインフレの長期化はスタグフレーション(高インフレ・低成長)のリスクを高める。グローバルデフレ後のインフレが良いインフレか悪いインフレかが今後の金融市場の動き大きく左右することを意識しておく必要があるだろう。マーケットではグローバルデフレ懸念が強まっているが、デフレ後のインフレに備えた投資戦略、また感染第2波が襲来しても緩和的政策によるリフレの力でリスク資産価格が維持される可能性を意識しておく必要があるだろう。
デフレ後のグローバルインフレが良いインフレか悪いインフレかを見極めことが大事
各国政府は新型コロナウィルス感染拡大の経済への悪影響を軽減するために大規模な財政拡大に踏み切った。財政拡大は資金需要を回復させ、マネーの拡大圧力となるだろう。足許では経済活動の停滞によるグローバルデフレが意識されているようだが、中期ではインフレ圧力のほうが強まっていると考えられる。ただ、このグローバルインフレにはいい形と悪い形があるだろう。いい形のインフレは、財政拡大などで需要が支えられ、企業や家計のペントアップ需要を維持し、新型コロナウィルス終息後に投資活動などが再開するシナリオだ。その場合、需要の回復が需給ギャップの拡大につながり、インフレ圧力は強まるという良いインフレが加速するだろう。一方で、企業が保守的になり、投資などを減らし、潜在成長率の低下による需給ギャップ拡大しインフレ圧力が強まるのが悪いインフレの形だ。また、悪い形のインフレの長期化はスタグフレーション(高インフレ・低成長)のリスクを高める。グローバルデフレ後のインフレが良いインフレか悪いインフレかが今後の金融市場の動き大きく左右することを意識しておく必要があるだろう。
良いインフレでも悪いインフレでもヘッジはリンカーより商品の方が有効だろう
足許ではデフレが意識されているが、今後インフレが加速する可能性は高まっているため、インフレヘッジを検討する必要があるだろう。従来のインフレヘッジは物価連動債(リンカー)などで行うことが多い。ただ、一般的にインフレが加速すると金融政策の引き締め期待が強まり、名目金利が上昇する。物価連動債(リンカー)でインフレヘッジをすると政策期待による実質金利上昇の悪影響を受けてしまう。一方で、商品価格はインフレと連動しているため、インフレヘッジの役割を果たすことができる。また、商品価格は実体経済の先行きの影響は受けるが、政策期待の影響はあまり受けない。今後、需要が更に拡大し、需給ギャップが拡大すると、インフレ上昇圧力と同時に商品価格の上昇圧力も強まり、ヘッジとしての役割を果たすだろう。一方で、悪いインフレが今後進行しても、商品価格はヘッジとして有効だろう。悪いインフレの加速は生産性低下による供給能力の低下を意味する。イノベーションが停滞し、生産性が低下した場合、商品の供給能力も下がり、商品価格上昇圧力となるだろう。結果、悪いインフレが進行した局面でも供給能力低下による商品供給低下が価格を下支え、インフレヘッジとしての役割を維持すると考えられる。
巨額な財政拡大の継続はリフレの力を強め株価のフェアーバリューを更に押し上げる可能性がある
足許の急激な株高進行で世界的に株価は割高になっていると考えれている。日本株もマクロフェアーバリューに比べると2000円程度割高な状態が続いている。グローバルに新型コロナウィルスの感染第2波の可能性が高まっている中、景気回復が遅れる可能性が意識され、株価の割高感が更に強まっている。確かに、株価と経済の総支出を示す名目GDPの相関は高い。ただ、名目GDPが拡大しなくても、株式のフェアーバリューが上昇することは可能だ。経済のマネーが拡大でインフレが加速するというリフレの力が強まると名目である株価のフェアーバリューも上昇するだろう。今後、新型コロナ第2波が襲来し経済活動が抑制されても、リフレの力を大規模な財政拡大を継続することで維持すれば株価のフェアーバリューを押し上げ続けれられるだろう。巨額な財政拡大は株価の大幅調整など下落局面を中期的なポジショニング構築のためのチャンスに変えるだろう
社債買い入れ強化などのクレジット市場のサポート策はここ数年のデットファイナンシングの加速の結果だろう
中央銀行がクレジット市場の危機を回避する政策を実施する一方で、各国政府は企業のバランスシート健全化を促すために配当の停止や自社株買いを中止させる動きを強めている。リーマン危機後に世界的に低金利環境が長期化したことで企業はエクイティファイナンス(株式による資本調達)からデットファイナンシング(債券による資本調達)へのシフトを加速させていた。欧米ではリーマン危機後、企業の株式を除いた債務残高は増加し続けていた。一方、日本企業の株式を除いた債務残高は減少し続け、2014年以降は日本企業は純債権者(債務資産が債務負債を上回る)になっていた。債務負債がある場合、キャッシュフローが滞った局面ではデフォルトリスクが高まるため、キャッシュを確保するために配当停止や自社株買いの中止などの必要性は高まったと考えられる。一方で、日本のように企業債務が無く、負債がすべて株式の場合、利払いなどが無いためキャッシュフローの滞りが企業に与える影響は相対的に小さい。日本政府が欧米政府のように企業に対して配当停止や自社株買いの中止を忠告しなかったのはこれが理由と考えられる。また、強靭なクレジット市場のサポートも同じだろう。企業の債券負債が多い経済ではキャッシュフローの滞りによるデフォルトなどを回避するための政策が優先され、需要喚起政策が遅れた可能性がある。逆に考えると、企業の債券負債が無い経済ではより企業のデフォルトリスク回避策を実施する必要は小さく、より大胆な需要喚起策が実施できる環境が整っていると考えられる。
図)マネーマーケット金利
図)株式以外の負債残高(対GDP比%)
図)SG マルチ・アセット・ポートフォリオ
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司