要旨

● 新たな生活様式を強いられる”新常態”下では、テレワークのように新たな特需が生まれる反面、交通・外食・宿泊など人の移動を伴う需要が消失する影響の方が大きい。

● デジタル化は人の移動を伴う需要を奪うことから、交通や外食、宿泊関連産業の需要や雇用者報酬などを削ぐ可能性があり、マクロ的にはデフレ圧力を増幅しかねない。

● 生活保障や社会保障に関連する財政負担は増加を余儀なくされる一方、民間部門のリスク回避は過剰貯蓄状態をより深刻化させるため、資金需給で決まる中立金利の低下を通じて低金利は長期化する。コロナショックをきっかけにデフレが深刻化すれば、「失われた30年」が40、50年になる可能性もある。

● 働き方が大きく見直されると、成果主義的な評価体系が進むことになり、デジタル格差はさらに進む。中でも、中高年正社員のリストラ圧力がさらに増す可能性がある。

● 新常態下では産業構造の変化は不可避だが、日本的雇用慣行を段階的に変えていかなければ、経済構造の転換期の対応に後れを取ることになる。業態転換しやすい規制緩和やデジタル化に対応できるような就業支援の重要性が増してくる。

● コロナショックに伴うデジタル化が生み出す問題は、所得格差の拡大が固定化。コロナが長期化すれば、若年層の雇用不安定化に加えてデジタル化に伴う人の接触低下により、未婚率がさらに上昇して少子化が加速し、長期的なダメージが大きくなることも懸念される。

(*)本稿は週刊エコノミスト6月22日号への寄稿を基に作成。

経済
(画像=PIXTA)

新常態下のマクロ経済

不要不急の外出自粛やテレワークなど新たな生活様式を強いられる”新常態”下では、テレワークのように新たな特需が生まれる反面、交通・外食・宿泊など人の移動を伴う需要が消失する影響の方が大きいだろう。

実際、緊急事態宣言発出前となる3月の家計調査を見ても、消費支出の実質押上げに寄与した品目として、3密を回避するための移動手段となる「自動車等関係費」が前年比+0.7ポイント、テレワークや通販等の需要増に伴う「通信」が同+0.4ポイント、外出自粛に伴う内食需要の増加に伴う「肉類」が同+0.3ポイント、「穀類」が+0.2ポイントそれぞれ押し上げ要因となっている。

しかし、押し下げに寄与した費目をみると、国内パック旅行費や宿泊料の減少に伴う「教養娯楽サービス」が同▲2.0ポイント、宴席などの減少に伴う「外食」が同▲1.6ポイント、外出自粛に伴う「交際費」が同▲1.3ポイント、鉄道・航空運賃を含む「交通」が同▲1.2ポイントと、押し下げ項目の寄与が圧倒的に大きく、結果として3月の実質消費支出は前年比▲6.0%の減少となっている。

こうした中、政府や各自治体もデジタル化に関連する補助金や助成金制度を打ち出しており、パーソル総合研究所の調査によれば、4月上旬時点のテレワーク普及率は27.9%となっており、推奨・命令している勤務先の割合で見れば40.7%を占める。そこで、テレワークの平均的コストを基に、推奨・命令勤務先全てで普及すると仮定すれば、テレワーク普及に伴うマクロ的なGDP押上げ効果は約+1.8兆円程度が期待される。

しかし、こうした特需を加味しても、5月時点の民間エコノミストのGDP予測を集計した日本経済研究センターのESPフォーキャスト調査によれば、予測終期の2022年1-3月期月期時点でもコロナショック前の2019年末の水準まで実質GDPが戻らないコンセンサスとなっている。そして、これを基に日本のGDPギャップを延長すると、2020年4~6月時点でリーマン時の最大年換算30兆円超を上回る40兆円以上、21年度末でも20兆円の需要不足が見込まれる。

新常態は経済にどう作用するか?
(画像=第一生命経済研究所)

需給ギャップが大きい状況下では、デジタル化はデフレギャップをさらに拡大させる可能性があることには注意が必要だ。というのも、デジタル化は人の移動を伴う需要を奪うことから、交通や外食、宿泊関連産業の需要や雇用者報酬などを削ぐ可能性がある。つまり、例えばテレワークの推進に伴いデジタル化関連の分野に限れば一定の需要拡大効果は見込めるものの、交通や外食・宿泊、不動産関連などの需要が奪われれば、ミクロ的な企業経営の視点では生産性向上につながるかもしれないが、マクロ的にはただでさえコロナショックにより大幅な拡大が予想されるデフレギャップの更なる拡大要因となり、デフレ圧力を増幅しかねない。

したがって、デジタル化推進による生産性向上は、新常態として不可避であるが、それをマクロ的にプラスに作用させるためには、それ相応の生活保障や需要喚起により需要不足を埋めないと、マクロの経済成長にプラスに作用するとは限らないだろう。

こうした中、最大の需要喚起策は感染リスクの軽減である。したがって、ワクチンや特効薬が普及するまでは、民間部門のリスク回避傾向はより強まる可能性が高い。一方で、生活保障や社会保障に関連する財政負担は増加を余儀なくされるものの、民間部門のリスク回避は過剰貯蓄状態をより深刻化させるため、資金需給で決まる中立金利の低下を通じて低金利は長期化することになろう。結果としてデフレギャップ拡大やデジタル化に伴う低インフレ、過剰貯蓄に伴う低金利、低成長の「日本化」が世界的に起こる可能性がある。特に、バブル崩壊以降から世界に先んじて長期停滞に陥っている日本では、コロナショックをきっかけにデフレが深刻化すれば、「失われた30年」が40、50年になる可能性もあろう。

新常態は経済にどう作用するか?
(画像=第一生命経済研究所)

変わる経済構造(中長期的な視点)

新型コロナの感染リスクを回避するためにデジタル化へのシフトが一気に進み、働き方が大きく見直されると、会社に出勤しなくてもできる仕事が浮き彫りになろう。こうしたことから、成果主義的な評価体系が進むことになり、デジタル格差はさらに進むものと予想される。中でも、中高年正社員のリストラ圧力がさらに増す可能性がある。というのも、新常態化下ではITツールの利用やテレワークによるウェブ会議等が必須となる。こうなると、デジタル化の流れについていけない中高年の働く場所は確保しにくくなろう。加えて、来年4月から70歳定年制が導入される。このため、既に企業はコロナショック前の昨年から、70歳定年制導入前にシニア人材を整理すべく、早期・希望退職の募集が急増していた。従って、コロナ後はさらにその動きが加速することになろう。

また、コロナショックを受けて、人の移動が抑制されることにより、新常態下では産業構造の変化は不可避となろう。そうなると、経済成長には労働市場の流動性が大きくかかわってくることになるが、残念ながら日本の労働市場の流動性は低い。そして、その根本にあるのが、新卒一括採用、年功序列、定年制を象徴とした、同じ会社で長く働けば長く働くほど恩恵を受けやすいという就業構造があり、この部分を段階的に変えていかなければ、経済構造の転換期の対応に後れを取ることになろう。そういう意味では、雇用維持策だけでなく、業態転換しやすい規制緩和やデジタル化に対応できるような就業支援の重要性が増してくるだろう。

このように、コロナショックに伴うデジタル化が生み出す問題は、所得格差の拡大が固定化しやすくなることだろう。特に、若年層での所得格差の固定化は家族形成にも影響を与える可能性がある。実際、厚労省の調査では、男性は正規労働者に比べて非正規労働者の未婚率が高い。こうした状況下でコロナが長期化すれば、若年層の雇用不安定化に加えてデジタル化に伴う人の接触低下により、未婚率がさらに上昇して少子化が加速し、長期的なダメージが大きくなることも懸念されよう。(提供:第一生命経済研究所

新常態は経済にどう作用するか?
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第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣