消費税対策として導入されたキャッシュレス還元事業が、6月30日に終了する。筆者の計算では、2019年10月から2020年6月までの9か月間に、約+2.0兆円の消費を新たに増加させたと試算する。他の政策に比べて、比較的小さな財政支出によって、大きな需要を生み出したと評価してよい。一方、筆者にはなぜキャッシュレス化を政府が推進するのかが、今もよく飲み込めない。もしも、消費のビッグデータを集めようという目的ならば、政府はそのための施策を実施する必要があるだろう。

キャッシュレス
(画像=PIXTA)

さよなら、キャッシュレス還元事業

6月30日をもって、キャッシュレス決済のポイント還元が終了した。この政策に対する評価は、筆者は成功だったとみている。もちろん、後述するようにキャッシュレスを推進する目的には疑問がある。また、制度として終始使いにくかったと思うところもあった。しかし、ごく短期間に限られた予算を使って、一定の成果を上げたことは及第点をつけることができる。

まず、経済産業省が発表したポイント還元事業の説明資料を参照すると、2020年6月11日までに加盟店登録数が115.7万店に達した。当初49.6万店だった数が2倍以上に増えた。全体の中小・小規模事業者が約200万店だとすると、その約6割が参加したことになる。

いくつかの決済ツールの中で金額が大きいのは、クレジットカードである。約5.4 兆円の決済額は、全体の約6割を占めている。その他電子マネー等が約2.5兆円、QRコードが約0.6兆円という構成になっている。金額シェアとしてはクレジットカードが過半を占めているが、身近に増えてきたことが実感しやすいのは電子マネーである。キャッシュレスの決済金額別にみた決済回数では、1回1,000円未満が全体の回数の約61%を占めている。この分野では、小口決済で利便性を発揮しやすい電子マネーの利用が主だったと考えられる。金額よりも使用頻度でみて、電子マネーの普及も相当進んだと考えられる。小口決済の分野でキャッシュレスが進んでいく理由は、硬貨などのハンドリング・コストが大きく、小売・サービス事業者を悩ませてきたことである。電子マネーの普及は、省力化・合理化のメリットがある。

大きく伸びたキャッシュレス

統計データを調べると、総務省「家計消費状況調査」では、総世帯ベースで、2019年10~12月、2020年1~3月の2四半期で、電子マネーの利用額は前年比28.3%ほど増えている。電子マネーを持っている世帯員がいる世帯割合は、前年に比べて+3.7%ポイント上昇して、61.7%になっている。

また、クレジットカードの方は、総務省「家計調査」(2人以上の勤労者世帯)で、クレジット購入借入金が2019年10月~2020年4月にかけて前年比16.8%も増加している。消費支出に占めるクレジットカードの支払額(購入借入金)は27.6%と前年に比べて+5.0%ポイントも上昇している(図表)。経済産業省では、キャッシュレス決済の民間消費に占める割合が、2019年26.8%になり、前年比では2.7%増となったとしている。この数字は、おおむね家計調査のデータと一致する。

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(画像=第一生命経済研究所)

このデータをみて、キャッシュレス還元事業があまり成果を上げていないのではないかと思うかもしれない。政府は、キャッシュレス決済の比率を2025 年に40%にまで引き上げようとしているので、そこまでの距離感があるという印象も与える。しかし、このデータの読み方には注意が必要だ。政府は、キャッシュレスの中に、銀行などの口座自動振替による支払いを含めていない。筆者の計算では、家計調査ベースで全体の24%が口座振替で行われている。電気ガス料金、授業料、携帯通話料などは口座振替が一般的だろう。それを含めると、26~27%とされるキャッシュレス決済比率は、すでに50%くらいになっていることになる。

消費税対策の一環としてキャッシュレス還元事業を評価しようとすれば、費用の累計が約8,500億円であるのに対して、決済総額は4月13日までで8.5兆円である。2019年10月~2020年6月までに、この制度があることで増加したキャッシュレス決済額は2.0兆円と推計される。この推計は、電子マネーとクレジットカードの伸びから求めたものだ。つまり、消費増加の効果が+2.0兆円と試算され、この費用対効果は高いと言える。これだけの消費増加が、消費税増税後の反動減を食い止めたと考えると、それなりの役割を果たしたと言える。

まだ不十分な点

ところで、キャッシュレス化を推進するという政策目標は、これで十分なのか。2020年9月からは、1人1つの決済ツールに限定して、マイナンバーと紐付けした「マイナポイント」へと移行する。

この制度は、キャッシュレス推進という点では、普及を後押しする力は少し落ちるのではないか。反面、よく考えてみると、そもそも「キャッシュレス化を推進」とは言ってみたものの、政府がなぜキャッシュレスを推進するのかという必然性がよく飲み込めない。なぜ、口座振替を含めないのか、なぜクレジットカードを入れて考えるのかが、筆者にはうまく説明できないのである。政府は、キャッシュレス化を推進という方針自体を目標のように語っていて、そこにある本当の意義を説明しようとしない点が消化不良の原因だとみている。ひとつの考え方として、マネーロンダリングの対応はあるかもしれない。

さらに、キャッシュレス還元の実務的な進め方にも課題は残る。キャッシュレス決済のツールが多数登場し、ユーザーにとって必ずしも便利ではないことだ。例えば、キャッシュレス還元の赤いステッカーが店舗に張ってあっても、自分の持っている決済ツールが使用できないことがある。事業者は、消費者の囲い込みのために自前のツールを普及させたいのかもしれないが、利用が広範囲にできないとユーザーにはメリットが限定的になる。その点、交通系カードは、別の会社でも相互利用がで きる。多種多様なツールが、どこでも何にでも利用できるようにオープンになるように工夫していれば、もっとよかっただろう。

キャッシュレスを巡る問題点は、銀行手数料の引き下げ論にもつながっている。首相からの要請という異例のかたちになっている。これもよく考えると、電子マネーやQRコードの問題ではなく、主にクレジットカード問題である。クレジットカードの手数料が高い理由が、銀行口座の決済手数料の高さによるから、銀行の手数料を下げよという議論になっている。銀行が暗号通貨の普及によって手数料が取りにくくなっていくとすると、この手数料の引き下げは収益基盤に打撃が大きい。ならば、そもそも、そこまでしてなぜキャッシュレスの推進なのかが改めて問われる。

キャッシュレスの意義を自分なりに考えると、以前の目的は東京五輪の開催に合わせた普及だったと思う。訪日外国人が日本の紙幣・硬貨が使いにくいので、キャッシュレス化されている方が利便性が高いという事情があった。しかし、コロナ禍によって、五輪は延期されて、インバウンド需要はほとんどなくなってしまった。だから、キャッシュレス推進は不要ということにはならないが、キャッシュレス化を急がなくてはいけないという積極的動機は今は失われている。「アフター・コロナはデジタル・トランスフォーメーションが進める必要があるから、キャッシュレスも同様に」という理屈もまた曖昧である。

ビッグデータの情報収集

一部の識者の中には、キャッシュレスを推進するのは、消費動向のデータを網羅的に捕捉するために、現金に替わって、キャッシュレス決済ツールを使うことが望ましいと考えている者もいる。筆者は、政府がなぜキャッシュレスを推進するのかという理由について、この説明ならば納得できる。ならば、6月末でキャッシュレス決済の還元事業が終わった後で、マイナポイントで十分なのかという疑問が湧いてくる。仮に、ビッグデータの情報収集を目的とするのならば、もっと別の施策が考えられないか。エコノミストの間では、消費動向をもっと網羅的に捉えて、より速報性のあるかたちで発表してほしいというニーズが強い。最近も、消費税の反動減やコロナ危機の下での消費減少などが、すぐに把握できないことが大問題であると思い知らされた。「消費は暗黒大陸」と昔から言われるが、特にサービス産業はその動向がわかりにくい。

そうした中、POSシステムやクレジットカード・データを使った民間事業者のデータ分析は、政府の消費統計の物足らなさを補完してくれると期待できる。そこで、政府はもっと横断的に消費データが取れる仕組みを検討することがよいと考えられる。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生