東京都の感染者数が増加して、感染リスクの第二波が到来している兆しを感じさせる。万一、今後、再度の緊急事態宣言が発令されると、新たに追加的経済損失が生じる可能性が高い。東京都で1か月間の外出自粛が行われると、経済損失は▲5.1兆円、南関東では▲8.9兆円の規模になるとみる。
景気シナリオはWの形に
東京都内の感染者数が再び増勢に転じている。基本的に検査件数の増加によるものだろうが、政府は、緊急事態宣言のような非常措置は採らない意向を今のところは示している。ただ、今後の感染拡大が危険な兆候をみせれば、再度の緊急事態宣言も起こり得る。「第二波ではない」としている東京都の小池知事も、そのときには認識を変化させることになる。
本稿では、再度の緊急事態宣言が発令されると景気シナリオがどう変わるのかを検討するものである。まだ、その可能性が高くないという見方も根強くあると思うが、敢えて思考を巡らせて、そこにある問題点をより具体的に考えてみることにした。
4・5月の緊急事態宣言で思い出されるのは、外出自粛である。それに伴って、個人消費や生産活動は著しく停滞した。6月初からの経済再開は、再度の外出自粛によって途絶えてしまい、景気は二番底が懸念される。一番底が4・5月で、6月の回復から再びの二番底。アルファベットで表すとWの文字のようになってしまう(図表)。
従来は、景気はV字か、L字か、という議論だったが、それとは別のW字のシナリオになる。6月にかけて1人10万円の特別定額給付金の支給が進んでいるが、それが消費に回る勢いも大きく鈍ることになるだろう。4月の家計調査では、勤労者世帯の貯蓄性向(黒字率)が大きく上昇した。つまり、所得は増えても、消費に回りにくい状況になったのである。
経済損失の拡大
筆者は、緊急事態宣言が4月7日~5月25日の48日間にかけて実施されたことで、累計▲34.4兆円の経済損失が生じたと試算していた(5月25日の拙稿Economic Trends)。今後、新たに緊急事態宣言が発令されると、追加的な経済損失が加わる。例えば、東京都だけが1か月間の緊急事態宣言をすれば、実質GDPベースで▲5.1兆円の損失となる。南関東(東京、神奈川、千葉、埼玉)で緊急事態宣言が実行されれば、▲8.9兆円にも損失が及ぶことになろう。これは、労働投入量が▲65%低下されることに伴い、設備稼働率などを含めた総供給量が同率で下がると仮定したときの損失である。
こうした経済損失は、7~9月の期間で実質GDPを押し下げることになる可能性がある。
より厳しくなる解除のタイミング
定性的な問題を考えると、再度の緊急事態宣言は、そう簡単に解除できないだろうと考えさせる面がある。6月初からの経済再開は、経済活動を活発化させると、避けがたい副作用として感染リスクを高める。このジレンマを抜け出すには、相当長く外出自粛を行わざるを得ないと考えられるからだ。感染者の中には、無症状であり、感染の自覚がない人も相当数含まれるだろう。もしも、完全な自主隔離ができていたのならば、14日間ほど経てば、他人にはうつらなくなる理屈である。しかし、見えないところで無症状の感染者が、外出して他人にうつしてしまい、その人も無症状だったために、完全に伝染を止められなくなる可能性がある。
そうした無症状の感染者が居る場合は、症状の表れている感染者がたとえゼロになっても、少し様子をみて無症状の人が他人にうつして、その人が無症状のまま隠れていないかどうかを待っておくことが次善策として必要になるだろう。
感染者がゼロになって解除するのではなく、ゼロになって、さらに3~4週間なり、いくらかのインターバルを必要とする。
このことは、経済再開が遅れることを意味するので、経済的な痛みは極めて大きいことになる。
人の移動が制約される問題
47都道府県の中には、5月25日以降に全く感染者が出ていない地域がある。東北、中国、四国、九州のいくつかの県である。そうしたところには、無症状の感染者はいない可能性が高い。
しかし、東京都などから、そうした地域への人の移動が増えてしまうと、無症状の感染者がその中に含まれる可能性を排除できない。筆者は、無症状の感染者がいないとみられる地域では、経済活動をフリーにしても問題ないと思うが、無症状の感染者が居る可能性が残っている地域では、まだ人の移動を警戒しておく必要があるとみている。
おそらく、人の移動については、無症状の感染者がいなくなるのを慎重に見極めながら、移動の自由を完全に認めていくことになるのではないか。その見極めは、景気の足枷というかたちだ。
こうした地域ごとの管理に慎重な手順を要することを考えると、日本が入国制限をしている国々からの訪日をフリーにできるのは相当に先のことだと思われる。
海外では、第二波の感染拡大に苦しんでいる国々が数多くある。そうした国では、思いのほか感染収束に時間がかかり、2020年内の収束も難しいだろう。そうなると、2021年の東京五輪への参加国は、もしかすると極端に少ない数になってしまう可能性がある。これは厳しい見通しである。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生