要旨
● 2020年の骨太方針原案が示された。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて明らかになった課題、感染期(ウィズコロナ)の対応、感染収束後(ポストコロナ)の政策対応に関する記述が中心だ。政策課題としては、デジタル化やサプライチェーンの脆弱性などが列挙。骨太方針内の語の出現頻度をみると「デジタル」や「オンライン」が高く、昨年骨太から増加。コロナ禍で明らかになった行政サービスのデジタル化の遅れが重点課題として取り上げられている。
● 当座の財政政策については、これまでに成立した2度の補正予算を着実に遂行する旨が記されているほか、雇用維持・生活下支えに関し、情勢悪化の際には、第二次補正予算の10兆円予備費の活用や、追加の補正予算も視野に入れた記述がなされている。
● 新型コロナウイルス感染拡大によって、2025年の基礎的財政収支黒字化などを掲げた財政再建目標の実現は相当に困難になっている。今回骨太では、財政再建計画を含む経済財政一体改革の工程見直しを「2020年末に行う」、としており、目標見直しの判断を実質的に「保留」した。目標実現は困難になっているものの、かといって足元コロナの収束が見えない中、どのように計画を修正するのかを判断することも難しかったと推察される。達成が厳しくなる中でいずれ目標修正を迫られるだろう。
骨太方針2020原案が公表、デジタル化に重点
8日の経済財政諮問会議において、経済財政運営と改革の基本方針2020(骨太方針)の原案が示された。本稿ではその全体像と経済財政運営に関する点について概説する。 今年の骨太方針と昨年の骨太方針の構成(目次)を比較したものが資料1である。骨太方針は新型コロナウイルス感染拡大への対応が中心軸に据えられている。第1章では足元の経済状況、コロナ禍で明らかになった課題(※1)や、コロナ後に実現すべき経済社会の在り方、当座の課題としての感染症拡大への対応について全体感が記述されている。第二章では、コロナ感染症との共生期(ウィズコロナ)の方針として、感染症拡大への対応や当座の経済政策による雇用維持の方針などが、第3章では「新たな日常」の実現、としてコロナ後を意識したデジタル化や人的投資の強化などが述べられている。
2020年と2019年の骨太方針の文章について、ワードクラウド(文章を単語に分解し出現頻度を文字の大きさで表したもの)を描いてみたものが資料2である。コロナに関連した「感染」のほか、コロナ後の経済に関する記述において新たな日常、新たな経済活動といった形で、「新た」が頻繁に用いられている。これらの文言が増えたためか、昨年は未来社会のコンセプトとして頻繁に用いられてきた「Society5.0」の出現頻度は2019年37回から2020年は6回に減っていた。また、「デジタル」や「オンライン」の出現頻度が前回と比べても特に高くなっている。新型コロナの感染拡大を受けて、給付金など行政サービスの遅れや手続きの煩雑さが問題となったが、今回の骨太ではその対応に重点が置かれたことがワードクラウドからもみえてくる。
財政再建計画の立て直しは2020年末まで「保留」
当座の経済政策については、医療提供体制の強化、雇用の維持・下支え、事業継続と金融システム維持、消費など国内需要の喚起、が列挙されており、2020年度の第一次・第二次補正予算において策定された雇用調整助成金やGoToキャンペーンなどを円滑に実施していく旨が記されている。また、雇用維持・生活下支えの項では、「内外の感染症の状況によって雇用情勢が急激に悪化するような場合においては、雇用の維持と生活の下支えに必要な万全の対策を臨機応変に講ずる。」とされている。第二次補正予算において計上された10兆円予備費の活用や、追加の補正予算も視野に入れた記述と考えられる。
今後の財政政策の行方を考えるうえでもう一つの焦点が財政再建計画の行方である。現在、2018年骨太で明示された財政再建計画が実施されているさなかにある。ここでは、①国・地方の基礎的財政収支の黒字化、②中間目標として2021年度の国・地方の基礎的財政収支のGDP比を▲1.5%に、公債等残高GDP比180%台前半への引き下げ、財政収支のGDP比を▲3%にする、③中間目標に関する評価を行う、といった内容が含まれている。
これらの目標達成は新型コロナウイルスの感染拡大で困難になっていると言わざるを得ない。経済活動の低迷による政府歳入の減少、大規模な経済対策による歳出増で、財政赤字は2020年度に大幅に拡大する見込みである(資料4)。経済のV字回復やコロナ対策関連の歳出の急速な絞り込みを前提とすれば、2025年の黒字化目標を維持する弁を立てることはかろうじて出来るかもしれないが、少なくとも目先2021年の中間目標の達成はもはや絶望的である。
このため、財政再建計画は何らかの形で見直す必要が生じてくると考えられるが、今回の骨太ではその判断は実質的に「保留」されている。第1章の「感染症拡大を踏まえた経済・財政一体改革の推進」の項において、以下のように記載された(下線は筆者)。
「経済再生なくして財政健全化なし」との基本方針の下、2022年から団塊の世代が75歳になり始めることを踏まえ、「経済財政運営と改革の基本方針2018」(以下「骨太方針2018」という。)及び「経済財政運営と改革の基本方針2019」(以下「骨太方針2019」という。)等に基づき、デジタル・ガバメントの加速などの優先課題の設定とメリハリの強化を行いつつ、経済・財政一体改革を推進することとし、2020年末までに改めて工程の具体化を図る。
財政再建を含む経済・財政一体改革について、その工程を2020年末までに見直すこととされている。財政再建計画の修正がこの「工程の具体化」に入るのかを文章から読み取ることはできないが、少なくとも現状では従来の財政再建計画がこれまで通り維持されている、ということだろう。一方で、今回の骨太には、2019年には記されていた基礎的財政収支等の数値目標やその達成に関する具体的な記述はなかった。目標堅持の文言を避ける一方で、従来方針を維持するともしており、実質的に目標の見直しを「保留」したものとみられる。
財政再建計画の実現は困難になっているものの、かといって足元コロナの収束が見えない中において、どのように計画を修正するのかを判断することも難しい状況にある。こうした中で、年末まで「保留」の判断がなされたものと推察される。コロナ感染や経済の行方が不透明な中で、歳出の絞り込みなどを示唆する財政目標を前面に出す必要がないとの判断もあったのだろう。今回は保留された財政目標の見直しだが、その達成が厳しくなる中でいずれ修正を迫られることになるとみている。(提供:第一生命経済研究所)
(※1) 具体例として、行政のデジタル化、都市集住のリスク、デジタル人材の不足、フリーランス、中小小規模事業者へのしわ寄せ、サプライチェーンの脆弱性などが挙げられている。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也