要旨

● 今年の骨太方針の重点項目は「行政のデジタル化」だ。骨太内でも「一丁目一番地の最優先政策課題」とされ、その重要性を強調している。官邸に司令塔機能を創設し、今後1年を集中改革期間として、マイナンバー制度の抜本改善や地方自治体のシステム標準化に取り組む。

● デジタル化を含む無形資産投資について、SNA統計を用いて各国政府間で国際比較すると、日本政府は投資に占める無形資産の割合が低く、建設投資がほとんどを占めてきた。災害の多さなども関係していようが、財政法上、建設投資のみが投資とみなされ、無形資産が「赤字国債」の対象となることも無縁でないと考えられる。無形資産の重要性が増す中で、戦後まもなく制定された財政制度の見直しについて、もっと議論が交わされてもよいのではないか。

● 日本は電子政府の取り組みに無策だったわけではない。2000年代から様々な計画を立て、電子政府化に取り組んでおり、国連の電子政府ランキングでも上位に食い込んでいる。しかし、個人の電子申請利用率は31か国中最下位。様々な取り組みが進められてはきたが、特に個人レベルにおいて実際の利用が進んでいない、というのが実態だ。

● 日本の電子政府化に欠けているのは利用者目線だろう。煩雑な申請手続きや書類の多さなどは「行政側」の目線でサービスが提供されていることに由来している。コロナ関連の支援政策をまとめたホームページを例に挙げると、イギリスの政府HPでは、利用者側が業種や規模など幾つかの質問に答えていけば、受けられる政策が一覧表示される。対して、日本では政策情報が政策を担当する各所管のHPに散在している。利用者目線の観点で参考にすべき点が多い。

● デジタル化はたびたび政策課題に取り上げられてきたが、今回ほど「公」のデジタル化に重点が置かれたことはなかったように思われる。公的書類の手続きなど、「公」のデジタル化が進まなければ、「民」のデジタル化を進めることができない分野が数多くある。「公」のデジタル化を呼び水に「民」のデジタル化を促す視点で、実効性ある取り組みが求められている。

各国民
(画像=PIXTA)

行政サービスのデジタル化に力点

9日発行レポート(骨太方針 2020のポイント(総論・財政運営編))においても取り上げたように、今年の骨太方針の中心軸はデジタル化、特に行政サービスのデジタル化となっている。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、給付金や助成金支給の遅さや手続きの煩雑さが度々指摘され、日本の政府サービスにおけるデジタル化の遅れが浮き彫りとなった。こうした状況を受け、以下のように骨太方針内のデジタル化に関する文言もかなり踏み込んだ表現が用いられている。官邸に司令塔機能を創設し、今後1年を集中改革期間として、マイナンバー制度の抜本改善や地方自治体のシステム標準化に取り組み、利用者の利便性を高めていく方針が掲げられている。

骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)
骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)

日本政府は無形資産への投資が少ない

以下では、日本の行政デジタル化について、様々な数字を通じて現状と課題を考えていく。まず、日米ユーロ圏のSNA 統計から、政府の保有する固定資産の内訳を確認してみた。SNA 統計では、固定資産の内数として知的財産生産物(Intellectual Property Products)というカテゴリがある。ここに計上されるのはデジタル化にかかわるソフトウェアや研究開発投資などの無形資産だ。各国政府の固定資産ストックについて、この知的財産生産物の割合をみたものが資料3である(2017年の値)。その順位を見ると、デジタルガバメントに先進的に取り組むデンマーク(18.2%)が抜きんでており、オーストリア(8.4%)、アメリカ(8.3%)が続いている。日本は2.8%で、今回取り上げた25 か国の中では21番目だ。政府が無形資産投資に積極的に取り組んできたとは言い難い。日本の固定資産投資は、そのほとんどがインフラなどの建物構築物に充てられており、無形資産への投資割合が小さくなっている(資料4)。

骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)
骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)

財政法上“デジタル化投資は投資ではない”

なぜ日本の政府の投資の多くは建設投資に回ってきたのだろうか。災害の多さなど地理的な要因なども背景と考えられるが、筆者は一因として財源面での要因もあると捉えている。それは、使途によって発行要件が異なる国債制度の存在だ。

日本の財政法では、発行目的別に複数種類の国債が存在するが、大所は「4条国債(建設国債)」と「特例国債(赤字国債)」である。そしてこの2つは発行する際の要件が異なっている。財政法第4条では、「国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。」として、公共事業・出資金・貸付金の財源として建設国債の発行を認めている。対して、赤字国債は別途法律の制定が必要であり、建設国債よりも発行のハードルが一段高くなっている。

この背後にあるロジックは、4条公債=建設国債が主に公共事業費に充てられるものであり、そこに資産性があるとみなせる、という点がある。借金をしてもインフラや施設が残り、将来世代にも便益をもたらすことから、建設国債発行のハードルは低くなっているのである。一方で、特例公債=赤字国債は、社会保障や給付金など資産性のない「費用」に対する国債発行であり、それは将来世代に政府債務のみを残す、との考え方がある。

現状、建設国債の対象は施設や建築物がほとんどを占める。これは、少なくとも財政法上、デジタル化投資をはじめとした無形資産などが、すべて「投資」ではないとはみなされているということだ。昨年の経済財政諮問会議においても、無形資産の重要性が増す中で、建設国債のルールが現代に合っていない旨の問題提起がなされている(※1)。G6国の財政制度をみても、使途によって国債を区切っている国は日本のみである(資料5)。

骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)

災害が頻繁に起こる日本において、インフラの老朽化も課題となっており、建設投資は政府投資のなかでも重要な役割を占めることになるだろう。しかし、無形資産をはじめ「投資」の定義が明確に移り変わっていく中で、建設投資のみを「投資」として扱うことは歳出の内容にゆがみを生む恐れがあるのではないか(※2)。建設国債の仕組みは戦後まもなく制定されたものだ。その見直しについて、もっと議論が交わされてもよいと思われる。

日本は電子政府化に取り組んできたが、利用が伸びていない

日本はこれまで、電子政府化に対して無策だったわけではない。2001年の「e-Japan戦略」、2010年の「新たな情報通信戦略」、2012年の「電子行政オープンデータ戦略」、2018年の「デジタルガバメント実行計画」などを通じて電子政府の取り組みを推進してきた。先週7月10日に公表された国連の電子政府ランキング(E-Government Survey)によれば、電子政府化の統合指標であるEGDI(E-Government Development Index)のランキングは193か国中14位で最上位グループだ。電子政府化の計画立案や通信インフラなどが評価されており、高い順位となっている。

ただ、OECDの報告書(Digital Economy Outlook 2017)によれば、日本で電子申請を経験したことのある個人の割合は5.4%で、調査国31か国中最下位となっている(資料6)。日本はデジタル化に積極的に取り組んできたが、個人レベルでの利用は広がっていないという状況にあると考えられる。国連評価においても、利用者レベルでの浸透度合いが評価されているわけではない。

骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)

日英のコロナ対策HPにみる利用者目線の差

鍵となるのは、骨太内でも記されている“利用者目線”での行政サービスの提供であろう。例えば、1つの手続きに必要な複数の書類に、同じ内容(名前や住所など)を何度も記載しなければならないのは、「行政側」が各々の書類をそろえる必要があるからだ。一度名前や住所を記載すればほかの書類にも同内容が反映されるように体系づけることが利用者目線に立ったサービスの作り方だろう。また、筆者が「利用者目線」の観点で参考にすべきと感じた海外事例を一つ挙げると、新型コロナを受けた経済対策のウェブサイトがある。日本では、首相官邸のウェブサイト「くらしとしごとの支援策」(※3)において、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて措置された雇用調整助成金や給付金、無利子無担保融資などの政策がまとまっており、各施策をクリックすると各施策を担当する所管のホームページに飛ぶ形になっている。しかし、各々の所管に情報が散在しており、提供されている情報の形式は当然ばらばらだ。自分が受けられる政策をそれぞれのサイトの情報から照合する必要が生じる。

これに対して、利用者目線の観点で優れているのがイギリスの政府サイト(※4)であり、政策情報が同サイトに一元的に掲載されている。さらに、特に優れているのがQA形式での情報提供だ。企業が自らの業態や規模などに関するいくつかの質問に答えていくと、その企業が受けることのできるコロナ関連の支援策が一覧で表示されるようになっている。施策それぞれで情報の照合が不要で、まさに行政側ではなく利用者側の目線に立った作りになっているといえよう。

骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)

「公」のデジタル化で「民」のデジタル化を促す

今回の骨太の特徴として、デジタル化の中での行政、「公」のデジタル化がより前面に出てきている点がある。これまでもデジタル化は主要な政策課題として取り上げられてきたが、今回ほど「公」の側にウェイトが置かれた局面はなかったように思われる。

公的書類の提出など、「公」のデジタル化が進まなければ、「民」のデジタル化を進めることができない分野が数多くある。どんなに「民」の中の業務をデジタル化しても、最終的に提出する書類が紙ベース・要押印であればデジタルで業務が完結しない。これは「民」のデジタル化に対するインセンティブを削ぐ要因にもなっていると考えられる。

政府の調べによれば、企業関連の分野では、特に社会保険・労働保険において、手続きのオンライン申請利用率が特に低くなっている(資料8)。人事労務回りの手続きは、ほぼすべての企業に関わるものであり、抜本的なデジタル化を進めることができれば、多くの企業における生産性向上につながるはずだ。「公」のデジタル化を呼び水に「民」のデジタル化を進めるために、政府はデジタル化を生産性を高めるための投資と位置付けるための枠組みを整えることや、利用者目線に立ったサービスを提供することなどを通じ、実効性の高い取り組みとすることが求められている。(提供:第一生命経済研究所

骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)
(画像=第一生命経済研究所)

(参考資料)財政法第4条

(1)国の歳出は、公債又は借入金以外の歳入を以て、その財源としなければならない。

但し、公共事業費、出資金及び貸付金の財源については、国会の議決を経た金額の範囲内で、公債を発行し又は借入金をなすことができる。

(2)前項但書の規定により公債を発行し又は借入金をなす場合においては、その償還の計画を国会に提出しなければならない。

(3)第1項に規定する公共事業費の範囲については、毎会計年度、国会の議決を経なければならない。

(注)(3)の公共事業費の範囲は、毎年予算総則で定める。(例えば、2020年度本予算書の予算総則に対象経費が列挙されている。施設費が中心である。https://www.bb.mof.go.jp/server/2020/html/202011001Main.html) (出所)e-govなどから第一生命経済研究所が作成。

(参考文献)

山口和仁(2010) ドイツの第二次連邦制改革(連邦と州の財政関係)(1)-基本法の改正 国立国会図書館 外国の立法 : 立法情報・翻訳・解説. (243)


(※1) 同様の建設国債を巡る議論は、2019年の経済財政諮問会議でもなされている。令和元年第12回経済財政諮問会議議事要旨(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2019r/1127/gijiyoushi.pdf)

(※2) 例えば、2016年度の経済対策(未来への投資を実現するための経済対策)における補正予算では、税外収入や純剰余金以外の財源には全て建設国債が充てられた。2019年度の経済対策(安心と成長の未来を拓く総合経済対策)では、税収下振れの補填分には赤字国債が発行されたが、追加経済対策に充当されたのは全て建設国債だった。これらの経済対策実施時には赤字国債の発行が明示的に避けられ、建設国債対象の政策に重点が置かれたといえるのではないか。

(※3) https://www.kantei.go.jp/jp/pages/coronavirus_shien.html

(※4) https://www.gov.uk/


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也