本当にコロナ禍でジョブ型雇用は広がるのか?

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(画像=PIXTA)

要旨

● 骨太方針では、「新しい働き方」としてジョブ型雇用の推進が示されている。その一環として、裁量労働制の実態調査、制度の在り方を検討する旨が明記された。

● 既存の裁量労働制や高度プロフェッショナル制度は適用される職種の条件や報告義務が多岐にわたり、企業の利用が進んでいない。企業側に労働者保護の観点から健康福祉管理等の管理・報告が義務づけられており、特に運用面でのハードルが高くなっている。

● ボトルネックには、「労働者側が転職しづらい構造」があると考えられる。企業側に過重労働を求められたとしても、労働者側が会社を変えることができれば問題にはならない。しかし、労働市場の流動化が進んでいないために、それが当たり前にならないのである。労働市場の流動化を阻んでいる要因の一つに、年功序列型の賃金体系や退職金制度などが挙げられよう。日本型雇用慣行全般を見直すことが、転職市場を活性化させ、労働市場の流動化を促すうえで不可欠な視点である。

● コロナ前まで、人手不足度合の高まりとともに転職者数は増加傾向にあった。しかし、経済環境の悪化ともに転職市場の悪化が予想される。こうした中では、解雇を伴う形のジョブ型雇用導入や裁量労働制の拡大論には反対が強まる可能性が高い。

● 社会保障の面では、フリーランスに労災加入を認める検討を行うことが明記された。コロナ禍ではフリーランスのセーフティネットの弱さが浮き彫りとなった。労災以外にも社会保障の内容には雇用者・非雇用者間で差が存在している。既存制度の周知も含め、社会保障制度全体を包括した整理が必要だろう。

ジョブ型雇用が前面に

これまでのレポート(※1)では、8日に示された骨太方針原案における財政運営や行政のデジタル化に関する内容について論じてきた。ここでは、未来投資会議に示された「成長戦略実行計画案」の内容も含め、労働・社会保障関連の政策方針について主要なポイントをまとめた(資料1)。

骨太方針2020のポイント(働き方・社会保障編)
(画像=第一生命経済研究所)

今回の骨太では、コロナ後の「新しい働き方・暮らし方」としてまとめられており、副業・兼業やテレワークの加速について触れられている。特に強調されているのが「ジョブ型雇用」だ。「フェーズⅡの働き方改革に向けて取組を加速」させ、ジョブ型の雇用形態への転換や成果が的確に反映されるような働き方への変革を促すとしている。さらに以下のように、ジョブ型雇用を普及させるために裁量労働制についての検討を行う旨が、今回新たに記されている。

テレワークの浸透に伴い、個人の職務の内容や責任の更なる明確化が求められている現下の状況を、業務等の遂行に必要な知識や能力を有するジョブ型正社員の更なる普及・促進に向けた格好の機会と捉え、必要な雇用ルールの明確化や各種支援に取り組む。こうした中で、労働者が職務の範囲内で裁量的・自律的に業務を遂行でき、企業側においても、こうした働き方に即した、成果型の弾力的な労働時間管理や処遇ができるよう、裁量労働制について、実態を調査した上で、制度の在り方について検討を行う。

裁量労働制は、実際に働いた労働時間ではなく、事前に定めたみなし労働時間働いたものとするものだ。また、2019年に施行された高度プロフェッショナル制度は、対象の労働者に労働基準法の労働時間(法定労働時間や休憩・休日の規制)を適用しないものとする。制度の作りに違いはあるものの、いずれも制度の目指すところは時間ベースの働き方・給与体系からの脱却である。

現行制度では、これらの仕組みが適用できるのは職種などの条件を満たした労働者に限られている(資料2)。また、過重労働を防止する観点から、労使協定や労働基準監督署への健康管理状況の報告が義務付けられている。2019年の就労条件総合調査(厚生労働省)によれば、専門業務型裁量労働制が適用されている労働者の割合は1.3%、企画業務型裁量労働制に至っては0.4%にとどまる。1000人以上規模の大企業では割合が高い傾向があるが、それでも2.0%、0.6%にとどまっている。また、厚生労働省の集計によれば、2019年4月に制度開始された高度プロフェッショナル制度も、今年3月末時点で適用労働者は414人にとどまっている。利用が進まない背景として、対象となる職種が限られていること、健康管理の観点から措置されている労基署への報告義務など運用面でのハードルに加えて、管理監督者にはそもそも労働時間の規定が適用されない、といった点が挙げられよう。

骨太方針2020のポイント(働き方・社会保障編)
(画像=第一生命経済研究所)

裁量労働制の拡充だけでジョブ型雇用は広がらない

裁量労働制拡大の議論では、過重労働を発生させるリスクがあるとして、その対策がセットで議論されるのが常だ。結果、職種制限やハードルの高い健康管理確保措置が設けられ、使い勝手の悪さから企業の制度導入が進まない、という状況に陥っている。

このボトルネックは、「労働者側が会社を辞めるオプションを持ちづらい構造」にあると考える。会社から過重労働を求められたとしても、労働者側が転職するというオプションを持っていれば、ほかの会社に移れば良い。しかし、多くの労働者にとって、そうした行動が難しいと認識されているからこそ、裁量労働導入に伴う過重労働が問題視されるのだ。労働市場を流動化させ、もっと転職が一般的になることが、ジョブ型雇用や時間によらない働き方を普及させるうえで、クリアすべき条件である。

では、何がそれを阻んでいるのか。その一つは、年功序列や退職金という日本型の賃金システムや長期勤続を優遇する退職所得税制であろう。若いうちは生産性よりも低い賃金に抑え、年を重ねてから高い賃金で処遇する仕組みは、いわば「給与の後払い」システムである。これは一社勤続・終身雇用を前提とすれば、ことさら問題にならないが、労働移動を促す観点では逆インセンティブを発生させる。給与水準が低い若い世代にとっては、会社を移ることで給与のもらい損が発生する。給与水準が高くなった中高年世代からすれば、会社を移ることで給与水準が低下するケースが多くなりがちだ。結果として労働移動が活発化せず、労働者側が会社を移る、というオプションを持ちづらくなる。年功序列型の賃金体系を含め、日本型の雇用慣行全般にわたる見直しを強く推し進めることが、労働市場の流動化を促すうえで重要な視点である。

コロナはむしろ逆風に

ジョブ型雇用をはじめとした“時間によらない働き方”が広まるためには、労働市場の流動化によって、労使の対等な関係を築くことがカギになる。そして実は、コロナ前までは労働市場の流動化がじわじわと進んでいた。人手不足度合の高まりやそれに伴う中途採用の拡大などによって、転職者数が明確に増加していたのである(資料3)。中身を見ても、より良い待遇を求めて会社を移るという、良い意味での労働移動が増えていた。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって、その状況は一変しつつある。雇用環境悪化の中で、転職市場は再び低迷する可能性が高い。経済環境悪化の中では、過重労働など労働者側が不利な状況に追い込まれるとして、解雇を伴う形のジョブ型雇用の導入や裁量労働制拡充に対しては反対論が強まる可能性が高いのではないか。雇用慣行全般の見直しの必要性に加え、「人手不足」の状況が変化しつつある中で、日本型雇用からの脱却のハードルは一層高くなっており、改革を進めるためには相当のエネルギーを要するだろう。

骨太方針2020のポイント(働き方・社会保障編)
(画像=第一生命経済研究所)

フリーランスに労災を適用へ、社会保障全体を統括した議論を

また、先の全世代型社会保障会議の報告でもまとめられたように、フリーランスの労災加入を検討する方針も骨太内に記された。詳しくは、弊著「全世代型社会保障改革・第2弾のポイント整理~フリーランスの社会保障格差是正を図るも、もう一段の踏み込みが必要~」で解説をしているので、ご参照いただきたい。

新型コロナの感染拡大が浮き彫りにしたのは、フリーランスの社会保障が整備されていない点である。労災保険のみでなく、その他の社会保障制度にも給付内容に非雇用者と雇用者の間の差、フルタイムと短時間労働者の差が存在している(資料4)。既存制度の周知も含め、社会保障のセーフティネットの網目から漏れる人が生じないようにすること、包摂的な社会保障制度を構築することが政府には求められている。社会保障制度全体を包括した議論が必要だろう。(提供:第一生命経済研究所

骨太方針2020のポイント(働き方・社会保障編)
(画像=第一生命経済研究所)

(※1)「骨太方針2020のポイント(総論・財政運営編)」、「骨太方針2020のポイント(行政デジタル化編)」


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也