東京都の感染者数が増えていることで、7月22日から始まるGoTo事業の見直しが決まった。仕方がない面がある半面、需要対策を縮小すると、給付金中心の経済対策では需要不足でデフレ・スパイラルが起こる懸念を十分に防止できない難点が残る。縮小されるGoTo事業を補強するために、各自治体が実施する県内宿泊振興策や、ふるさと納税の強化をするという考え方ができる。
タイミングが悪かったGoToキャンペーン
政府がGo to トラベル・キャンペーンを見直すことを決めた。対象から東京を目的とする旅行、東京居住者の旅行を対象から外すとした。現在、東京都の新規感染者数が増加しているだけに、Go to 事業を始めるにはいかにもタイミングが悪い。事業の説明をする資料には、コロナ収束後と事業の意味を書いてある。現在のような第二波にも似た状況の発生は事前には十分想定できなかったと思われる。7月22日から、Go toトラベル事業では、旅行代金の35%、金額上限で14,000円を割り引くことを予定していた(9月以降は地域産品・飲食・施設などの利用クーポンを含めて50%割引、金額上限20,000円になる予定)。
Go to 事業自体の賛否は本稿では論じないつもりだ。それとは別に、意義だけは書いておきたい。政府の総需要政策は、不況期に民間需要が減少したとき、それを放置しておくと、需要不足によって企業が倒産して、雇用も減少する弊害を防止するものだ。需要不足は、二次波及効果として、翌期の総需要を減らす。この負の連鎖をデフレ・スパイラルという。ケインズ政策は、そうした悪循環を止めるために、公共事業などで需要を創出して、デフレ・スパイラルに歯止めをかけようとする。
ところが、今回、コロナ感染リスクの強い中では、経済活動を活発化させると感染拡大が起こるというジレンマに陥っている。従って、政府は公共事業を積み増すことができない。Go to 事業が見直しを迫られているのも同じ理由だ。そのため、ケインズ政策が行われない状態になってしまう。問題の所在は、仮にGo to 事業を完全に止めてしまうと、政府が需要不足を放置してしまうことになりかねないことをどう考えるかである。この点に関して、最近の議論では、代わりに何をすべきかという問題提起がほとんど聞こえない。
経済政策の論議では、「何をしてはいけないか」を論じることは批判することは簡単なのだが、「何をすべきか」と具体的に考えることはなかなかに難しいものだ。政府は、そこを考えることに苦 しんでいる。
政府の緊急経済対策で、いくつかの給付金を新設・拡充した。給付金の考え方は、総需要を増やせない代わりに、企業収益や個人所得を援助して、投資・雇用・消費などを削減しないように働きかけることだ。政府が二次波及効果として起こる、需要のシュリンクが起きにくいようにすることは、政府は、次善の策しか採れないことを感じさせる。また、給付金についても不十分さが残る。例えば、売上が半減した場合に限って200万円の収益補填が行われるような厳しいルールでは十分にデフレ・スパイラルの作用を防止できないと思う。中小企業向けに主眼を置いた持続化給付金は、もっと大きな事業者にも対応してよいと思える。
Go to 事業を見直すという方針を打ち出すのならば、需要刺激効果が低下する代わりに、別途、どんな対応策を講じるかを明確にした方がよい。
窮地にある観光産業
最近の観光産業の打撃は大きい。経済産業省「第三次産業活動指数」では、観光関連産業という区分は指数が5月46.3と前年比▲56.4%まで落ち込んでいる(季節調整指数)。個別には、5月の宿泊業が17.3(前年比▲83.8%)、旅行業が2.4(前年比▲97.6%)、遊園地・テーマパークが2.7(前年比▲97.4%)となっている(図表)。なお、この指数は、 2015年平均が100だから、指数の絶対水準が2~5となると、ほぼ活動停止を意味していると考えられる。
代替策を考える
各自治体は、Go to 事業だけに依存して観光振興を考えている訳ではない。例えば、県内・近隣県に対象範囲を限定した宿泊割引キャンペーンは多くの自治体が取り組んでいる。以前から水害・地震に遭った地域では、ふっこう割を導入していた。政府は、こうした自治体独自の取り組みを財源支援するために、交付金を新たに追加することができるだろう。
ただし、課題もあって、県内の観光客に限定して十分かということがある。東京都など域外からの観光客に依存してきた観光地は、県内限定の観光客の掘り起こしだけでは減少した観光客の穴埋めができないだろう。
もうひとつ、訪日外国人が激減している効果の穴埋めも大変だ。インバウンド需要は年間5兆円近くあった。訪日外国人が戻ってくるタイミングは相当先だと考えられている。
半面、インバウンド需要が数年後に戻ってきたとして、そのときに地域の大部分の観光産業が廃れてしまっていては、そのときは以前のように需要を取り込めない。地域にある歴史の古い観光産業が一時的な不況で消滅してしまわないように、自治体などが努力する方が長いスパンでみて得策という考え方もできる。
ふるさと納税の拡充
もうひとつの代替策は、ふるさと納税を応用して、宿泊割引券などを返礼品として配ることが考えられる。これまでふるさと納税は、好評を博してきた。2018年度の実績は、5,127億円、2017年度は3,653億円にもなった。直近の2019年度はもっと大きくなっている可能性がある。
これまでふるさと納税では、東京都など大都市から地方に納税されることが多かった。ふるさと納税をした東京の人は、返礼品を受け取った。例えば、広島県の瀬戸内の自治体が、東京の人に返礼品としてその地域の宿泊券を渡したとしよう。東京の人は、その後、宿泊券を持ってその地域を訪れる。宿泊施設は、自治体から宿泊券(補助券・クーポン券)を買ってもらい、そこで支援を受けるかたちになる。こうした仕組みをうまく利用すれば、事業者の救済ができるとともに、将来の東京からの観光客を地方へ誘導することができる。
この制度は、一部で利用が過熱して、返礼品の還元率が高すぎると批判されたこともある。寄付というかたちで、ふるさと納税をすると、その金額に応じて返礼品を送るのだが、その返礼品の金額が寄付額に比べて高すぎる、豪華すぎると批判された。2019年6月の改正では、自治体が返礼品の調達額を、寄付金額の3 割以下の返礼率に抑えることが義務づけられた。今回は、コロナ対策として、この返礼率の制限を一時的に緩和して、積極的に観光振興に限定した内容で、ふるさと納税という仕組みを使ってもよいのではないか。この6月は、特別定額給付金が国民の下に広く支給されたので、各自治体はそれをふるさと納税に取り込もうと積極的になっている。その方法をもっと地域の観光支援に絞って、ルールを緩和すれば、今回縮小が決まったGoToトラベル事業を補完する大きな支援になると考えられる。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生