訪日外国人消費(インバウンド需要)は2020年は約5兆円が期待されていたが、現在はそれが完全蒸発してしまった。対名目GDP比(県内総生産)でみると、沖縄、京都、大阪、北海道、東京が高い。沖縄、北海道、山梨、長野、石川は観光消費が消費関連産業に占めるウエイトが高く、国内旅行者の減少も響いていることだろう。

観光地
(画像=PIXTA)

訪日外国人は前年比▲99.9%減

コロナ禍における経済打撃が最も深刻なのは観光産業だろう。今もその打撃から抜け出す出口はみえない。観光庁の計算では、2018年の観光GDPは10.7兆円であり、観光業の就業者数は673万人(全就業者数の9.8%)であったという。ところが、5月の第三次産業活動指数の観光業のカテゴリーは、前年比▲56.4%まで減少している。これが長引けば、失業率の上昇にはね返ってくることは必至だろう。だから、筆者は、しばらくの間は観光産業への政策支援は不可欠と考える。

最近、何かと評判の悪いGoToキャンペーン事業であるが、その政策意図が深刻な観光産業へのてこ入れだったことを忘れてはいけない。たとえ東京発着が除外されたとしても、他のエリアでのサポートは、それなりに旅行需要を喚起できる。自治体の取り組みとしても、域内あるいは近隣県で使える割引支援を設けて、政府とは別に旅行需要を増やそうとしている。

本稿では、観光産業への打撃をより詳細 に知るために地域別データを分析してみ た。まず、訪日外国人消費の減少のインパ クトである。訪日外国人客数は、2020年 2月が前年比▲58.3%だったのが、3月が 同▲93.0%になり、4・5・6月はいずれ もが同▲99.9%となった。事実上、インバ ウンド需要は蒸発してしまっている。そし て、この苦境がいつまで続くのかが見通せ ないのが実情である。

訪日客減による地域経済への打撃
(画像=第一生命経済研究所)

インバウンド需要は、2019暦年は4.81兆円まで膨らんでいたから、2020年は五輪開催もあって5兆円規模に膨らむと期待 されていた。2019暦年の名目GDP(554兆円)で割ると、インバウンド需要は対名目 GDP比で0.9%と計算できる。この数字だ けをみると小さく思えるが、都道府県別に分解すると、地域によって大きな差があることがわかる。観光庁が発表している都道府県別の旅行消費額(2019暦年)を都道府県別名目GDP(直近の2017年度)で割って、ランキング表をつくってみた(図表1)。

この数字は、母数に製造業などを網羅した名目GDPを使っているから、旅行消費のウエイトはとても小さくみえる。それでも、それを順位ごとに並べると、地域の差が明瞭に表れる。

1位の沖縄、2位の京都はやはり有力な観光地だから、訪日客の影響が大きいに違いない。3位の大阪と5位の東京は大都市だ。これは予想外だった。大都市がインバウンド需要の多大なる恩恵を受けていることは、そこが宿泊地になっているからだ。大都市に泊まって、近くで買い物や飲食を楽しむ。だから、買い物代と飲食費も大きくなる。また、観光と言えば、私たち国内居住者は地方の景色や名所を楽しむイメージが強い。外国人観光は、都市観光であり、買い物やグルメが目玉になる。都内の浅草、上野、秋葉原をイメージするとよくわかる。百貨店も人気エリアに立地している。現在は、都内でもそうした都市観光の名所が著しくダメージを受けている。

1位の沖縄、2位の京都、4位の北海道はいずれもインバウンド需要をうまく取り込むことで、観光産業が高成長してきた地域である。つまり、訪日客向けビジネスに特化することで強みを発揮してきた面があるということだ。だから、これらの地域では、国内客や地元客を集客して需要を代替しようとしても難しいことが推察される。

インバウンド需要の要因分解

筆者は、地域別のインパクトや観光産業の状況についてもっと調べてみたいと思う。そこで、インバウンド需要の対名目GDP比率をいくつかの項目に分解することで、詳しくわかるようにしてみた。細かな式について、述べておくと次の通りになる。

訪日客減による地域経済への打撃
(画像=第一生命経済研究所)

基本的にこの算式に基づき、①外国人シェア(観光消費に占める訪日外国人消費の割合)、②観光シェア(小売・サービス・運輸の支出に占める観光消費の割合)、③消費シェア(名目GDPに占める小売・サービス・運輸の割合)に、比率を分解して、その都道府県別のランキングを①、②、③ごとにつくってみた(図表2、3、4)。

ここで興味深いのは、外国人シェアのところで、東京と大阪が著しく高いことだ。よく考えると、近年東京都内では大型ホテルが開業して、大幅に客室数が増えた。東京・大阪の住民がそこに泊まることは少なく、むしろ訪日外国人がメインの宿泊客になるようなホテルも多いのだろう。客単価もそうした訪日客の方が高い。ここからは、訪日外国人客に特化している都心ホテルは厳しいということが推察される。

以前は、東京五輪を契機に、国際観光都市として東京が飛躍するというビジョンが、政府や自治体に共有されていた。事実上の有力な成長戦略でもあった。おそらく、東京五輪の開催がどのような形になるかによって、ホテル業界の事業基盤や、都心の地価形成にも大きな影響が及ぶとみられる。将来に大きな禍根を残さないような政策運営が望まれる。

訪日客減による地域経済への打撃
(画像=第一生命経済研究所)

観光シフトした地域への影響

先に、沖縄と京都は訪日外国人の消費を取り込んで観光産業が高成長してきたことを述べた。図表4をみると、地域のGDPに占める消費産業のシェアで、沖縄と北海道が上位にきている。これは、沖縄の観光産業がインバウンド需要をてこにして成長し、それが全体の県内総生産をも嵩上げしてきたことを示している。つまり、貿易立国ならぬ、「観光立国化」が沖縄と北海道で進んできたことを物語っている。京都には、観光以外の産業があって、結果的に消費産業のウエイトはそれほど高くない(12.7%)。訪日外国人が戻ってこないと、沖縄と北海道は今後の成長展望は成り立ちにくいだろう。図表3の観光シェアのランキングでは、山梨、長野、石川といった地域も観光依存度が高いことがわかる。訪日外国人だけでなく、東京や大阪などからの国内客を呼び込んできた地域ということだ。こうした地域では、再び国内からの集客を後押しするような政策が、今後は期待されるということだろう。

訪日客減による地域経済への打撃
(画像=第一生命経済研究所)

なお、図表4の消費シェアはそれほど地域間の差が表れていない。消費シェアの数字は、その地域に大きな製造業の生産拠点が立地しているかどうかによって差が生じるということだろう。それに、住民の多寡によって消費産業のウエイトが大きく変化しないということも、差が生じにくい背景になっていると考えられる。

インバウンド復活に向けた政策とは

インバウンド需要の約5兆円を肩代わりしようとしても、その需要に強く依存している地域では、代替は効かないと考えられる。沖縄、北海道、京都、そして東京・大阪のホテルなどもそうだ。そう考えると、今はほぼ停止している訪日外国人客の受け入れをどのように再開していくのかを考えるしかない。

日本政府は、7月1日から豪州、ニュージーランド、タイ、ベトナムの4か国については入国制限の一部緩和を行った。さらに、中国・韓国・台湾など10か国とも協議を進めているという。政府は、外国人労働者の再入国の許可を段階的に進めていく方向のようだ。元に戻るのに相当の時間を要するだろうが、そこでは工夫することによって効果を高められるはずだ。

例えば、台湾は感染者数が458人(7月27日時点)と少ない。沖縄にとっては、台湾からの旅行消費額は最も大きい。沖縄県内からも台湾の入国制限を早期に緩和してほしいという要望がある。台湾を先行させることは効果的である。

北海道は、中国からの観光客の消費シェアが約3割強と多く、そのシェアは台湾の2倍である。中国からの訪日客の受け入れがなくては需要は取り戻せないだろう。その点は、中国の地域別の感染動向をみながら進めていくほかはない。おそらく、日本ではたとえ中国の方が感染収束が進んでいたとしても、心理的ハードルは高いだろう。 また、入国制限を緩和しても、海外からみて、東京をはじめとする日本の感染状況が悪化していれば、敬遠されると思う。言うまでもないことだが、日本の感染リスクを低下させて、安全性を地域別に細かく示せるとよいだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生