ZUU onlineが開催している、『Withコロナ時代の「大」資本改革』をテーマにしたZoomによるウェビナー。7月22日、日本総合研究所 調査部 主席研究員の河村小百合 氏に、『コロナ危機下の米英にみる政府・中銀の役割分担とわが国の課題-危ぶまれる日銀の財務運営』を聞いた。

河村小百合
河村小百合
1988年 京都大学法学部卒。同年 日本銀行入行。1991年(株)日本総合研究所入社。2019年 調査部主席研究員、現在に至る。主な公職として、内閣官房行政改革推進会議民間議員、財務省財政制度等審議会財政制度分科会委員、厚生労働省社会保障審議会委員として活躍。主な著作には、『欧州中央銀行の金融政策』金融財政事情研究会、2015年1月『中央銀行は持ちこたえられるか-忍び寄る「経済敗戦」の足音』集英社、2016年11月 この他財政・金融政策運営関連の論文執筆多数(いずれも http://www.jri.co.jp/page.jsp?id=2790 に掲載)その他、国会関係にも携わる。参議院「デフレ脱却・財政再建調査会」参考人(2016年2月17日)、参議院「国民生活・経済調査会」参考人(2017年2月8日)、参議院予算委員会中央公聴会公述人(2019年3月12日)

※以下、河村氏談。7月22日開催のウェビナーの収録内容を書き起こし、3回にわたりお届けします

目次

  1. 日銀、75兆円の資金供給ともう一つのポイント
  2. 日銀のバランスシートにおける「33兆円のETF」
  3. 日経平均急落による、日銀のバランスシートへの影響
  4. 中央銀行が赤字になるとどうなるか
  5. なぜ日銀は金利を引き上げられないか
  6. 1%「逆ざや」になるごとに4兆円の赤字
  7. 悪いのは「マイナス金利政策」なのか?
  8. 日銀を債務超過のまま放っておいてはいけない理由

日銀、75兆円の資金供給ともう一つのポイント

日銀、異次元金融緩和がはらむリスク#2
(画像=PIXTA,ZUU online)

日銀の話をします。今回の(コロナ)危機で日銀がどういうことやったか。皆様も色々ご存知のことかと思いますが、全部合わせると75兆円規模の資金供給をやっています。思い切ったことをやった、というのはイギリスやアメリカと一緒です。

ただもう一つ、日銀はこのコロナ危機で新たに何を追加してやったということだけじゃなくて、これまで第二次安倍政権の下で黒田総裁が総裁になられた後、2%の物価(上昇)目標を目指して異次元緩和をやってきました。国債をすごくたくさん買ってきました。それからETF、株式がいっぱい入っているETFをたくさん買ってきたわけです。

ところが、それが株価が上がった時は良かったんですが、株価がドカーンと3月に下がりましたよね。そういったところの問題点が露わになってしまったと思います。

日銀のバランスシートにおける「33兆円のETF」

図1
(画像=河村氏作成)

このグラフは日経平均株価を2013年から折れ線グラフでお示ししています。月次の終値ベースで見ていますので、3月の一番下がっているところが1万9000円ぐらいに見えますけど、皆様ご存知の通り3月の半ばに1万6000円台になった日があったと思います。これがいったいどういうことを表すか。

ここで日銀のバランスシートがどうなっているのかを見ていきましょう。

図2
(画像=河村氏作成)

中央銀行ですから、他の銀行と違いますけれども、左側にはいろいろオペレーションとかで買った国債があったり、その下のところ、真ん中より少し下ぐらいにETFもありますね。今もう33兆円くらいあります。

バランスシートの右側には銀行券、これは日銀にとっては負債なんですね。自分で発券していますからに負債なります。それ以外にたくさんの国債なりを買い入れた対価として、民間銀行にお金渡していますが、彼らは持って行き場がないので当座預金にあずけていまして、それが今447兆円ぐらいある。そんなバランスシートになっています。

自己資本はそこにあるように「1」って書いてありますね。1億円しかないんです。その下に準備金が書いてありますけど3兆3000億円ぐらい。その上の引受金勘定をあわせたものが一番広い意味での自己資金になりますね。9兆7000億円ぐらい。

日経平均急落による、日銀のバランスシートへの影響

じゃあ、株価が急落したときにETFをどのように財務処理をするんでしょうか。利益が出ている時は計算して出すだけなんですけど、含み損が出たときはその分の引当金を計上しなければいけないことになっています。黒田総裁が就任した頃って株価は低かったですよね。日経平均は1万円ちょっとぐらいしかなかった。その頃に買ったETFは今すごく値上がりしたんですが、だけど、近年の買い入れ額がすごく多いですよね。

日経平均が2万円ぐらいになってから買ったETFがたくさんあって、今回のような急落があるとどうなるかっていうと実は、全体で計算し直したときに、含み損になっちゃう。しかも3月中旬ぐらいの水準だと、2兆円、3兆円ぐらいの全体としての損が出ていた。

もし日経平均1万6000円のまま3月31日まで行っていたとすると、じゃあここで日銀が仮に3兆円の引当金を積まなければいけなくなったとすると、資本金と準備金がほとんど食われてしまいかねないくらいのインパクトがあったことがわかります。

実際には、日銀の3月末のETFの買いってすごかったですよね。危機対応ってことでETFの買いを増額しましたら、なんだか自力で日銀が株価が上げたようなところもあったと思いますけど、それで結果的には1万9000円台で3月は終わりましたから、日銀が持っているETF全体としては、含み損までは行きませんでしたが、正直に言ってすごく怖いことになっていた、と思います。

コロナ危機でどう対応するかっていうことについての役割分担があまり日本では考えられていない、アメリカやイギリスでやっているような、中央銀行には損をさせないという考え方は、今回のコロナ危機対策でもなく、実はそれ以前から日本の場合はないんですね。

こんなに価格変動リスクがある資産を買わせておきながら、下がることもあり得る前提では考えずにやってきてしまっている。ようするに、コロナ危機の問題というよりは、今までに行ってきた問題点が結構出てきてしまって、本当に危ない、際どいところだったんじゃないかって思います。

中央銀行が赤字になるとどうなるか

アメリカやイギリスはコロナショックみたいなことが起こったり、リーマンの時もそうですけど、中央銀行も出来るだけのことはやりますけど、大きなリスクを中央銀行にだけ負わせることはしない。

それは中央銀行も銀行なので、赤字になるとか、1年、2年じゃなくて長期化すると、その国の信用に関わる、通貨の信用に関わる、銀行が必要な金融政策ができなくなるんじゃないかっていうふうに考えられているからだと思います。

それがどういう事態に陥るかというと、為替がまず落ち始める。そうなると、金利を上げなきゃいけない時に、日銀が赤字という状況だと金利を上げにくいと思います。

図3
(画像=河村氏作成)

ゼロ金利、マイナス金利で引っ張る分にはいいんですが、そうではなくて少しでも金利を上げたいと思ったときに、ますます財務が悪化することになる。そうすると、もうこれは危ない。

ちょっとぐらい銀行が赤字になってもいいですよっていうぐらいの財政健全国ならいいんですけど、日本は違いますよね。この国は消費税の引き上げもなかなかできないし、世界最悪の借金大国と言われていてそんな余裕もないってことになると、これが本当に財政がおかしくなる引き金を引きかねない。となると、この三つのトライアングルがぐるぐるぐるぐる回って、結局、資本流出が止まらない、ということになりかねないと思います。

なぜ日銀は金利を引き上げられないか

なぜ日銀が金利引き上げがこれから難しくなるか、ということなんですけれども、日銀が2000年そして2000年代の頃の絵が真ん中。一番右が一番直近なんですがバランスシートがどうやって増えてきたかっていうお話ですね。

図4
(画像=河村氏作成)

これでご覧いただくと問題はですね、国債をたくさん買えばもちろんバランスシートは大きくなるんです。大きくなった時にどこが増えるかというと、貸借対照表の右側の負債の中の当座預金、民間銀行が日銀に預けている当座預金が増えるんです。

民間銀行からすれば、日銀に預けても大して意味がないから、本当は貸すことができればいいんですよ。でもそんなに貸出先が400兆円もあるわけがないから、しょうがないから預けているんですけど、これが問題。

つまり、市場の余り金の多さが問題で、こんなにお金が余っている状況では金利を上げられないんです。やり方は一つしかなくて、日銀が民間銀行から預かっいてる緑の部分、当座預金に利息を払ってやるしかない。

1%「逆ざや」になるごとに4兆円の赤字

ただ、アメリカもつい最近までそうやって金利を上げてきまして、利息を払うしかないことを黒田総裁も認めていますけど、問題はその時、バランスシートの反対側に持っている国債に何%の利回りがついてますかっていうことなんです。

これと同じ絵をアメリカやイギリスの中央銀行に当てはめてみると、アメリカやイギリスでは結構高いクーポンがついた国債を持ってるんですが、日銀はそうじゃないんです。

黒田総裁になって日銀が金融緩和を始めたときにすでに超低金利が長期化していたので、黒田総裁になってから日銀が買うことができた国債は低い金利のものしかなかった。日銀が買った国債の加重平均の利回りって平均どれぐらいあると思いますか。これ、実は1%もないんですよ。これ明らかにされていますけど、0.3%もないんです。

短期金利を0.3%上げるだけでも、本当にスレスレ。じゃあ0.5%とか、1%に短期金利を上げるだけでもう逆ザヤになるんです。日銀のバランスシートは今400兆円ぐらいに膨らんでいますから、1%逆ザヤになるごとに、1年間あたり4兆円の赤字が出ます。

自己資本で4兆円とか、引当金合わせても9兆円しかない中央銀行が、1%の逆ザヤを1年続けるだけで4%の赤字。2年続ければ8兆円の赤字。これが一番の問題だと思います。

悪いのは「マイナス金利政策」なのか?

そんなこと言ったって、金利がすごく下がったし、よかったしじゃないかっていう意見たくさんあると思うんですね。おっしゃる通りだと思います。これは財務省が出している国債の利払い費がどれぐらいになるのかっていう見通しなのですが、実際には財務省も今は1%台の先行きの前提金利を置いて、ここの折れ線にあるような金利の見通しを出しているのですが、実際にはそれよりももっと低い金利で、調達ができてしまうので、実際のかかった利払い費って、ドットでしてるところなんですね。

図5
(画像=河村氏作成)

実際には10兆円もかかっていないんですよ。ということは、この見通しに比べて、実際には8兆円とか9兆円とかで済んでいるなら、その分6兆円ぐらい毎年、日銀が異次元緩和をやっているから、助かっていたってことだと思うんですけども、その助かった分で財政再建を一生懸命やっていればよかったんですが、あんまりやっていないですよね。

それどころかそれが結局異次元緩和を続けられなくなった時に、最初に話したように、赤字がすごい大変なことになるかもしれない。そういう風に後々になって大変な負担になって返ってくる。

日銀を債務超過のまま放っておいてはいけない理由

それを放っておけばいいじゃないか、中央銀行だからいずれ取り戻せるから債務超過のまま放っておけばいいんじゃないかっていう意見もあるかもしれないですね。

それもまあ確かに民間と違うから、日銀は銀行券を出せばやっていけるんですが、この国は、それまで異次元緩和とアベノミクスで株も上がって、国債の金利も異様に下がって、良い思いをしてきながら、自分たちに都合が悪くなった時に途端に知らん顔する。知らん顔している金額がいくらか、ということが日銀の決算上、明々白々になってしまった。

本当にこの国は何兆円の赤字を埋めないといけないのに、日銀に押し付けてほったらかしということになりかねません。また、日銀にとっても赤字を膨らませられないでしょうから、多分、金利を上げられなくなって、ほったらかすかもしれませんね。そうると、さっきお見せしたようなトライアングルがぐるぐる回ってしまって大変な事態になりかねないかと思います。

(#3へつづく)