内閣府が発表した2020年第2四半期の一次速報は、戦後最大の下落幅だった。これは、コロナ感染が原因ではあるが、特に緊急事態宣言を発令して、広範囲に経済活動を制限したせいであることは留意すべきだ。今後、コロナ感染が拡大して、再度の緊急事態宣言に追い込まれれば、やはり経済損失は巨大化する。私たちは、それを避けるために感染防止と経済活動を両立する具体的な方策を検討しなくてはいけない。また、緊急事態宣言を発令する基準・ルールを示して、もっと人々に対して予見可能性を示した方がよいと考えられる。

GDP
(画像=PIXTA)

緊急事態宣言のコストは甚大

2020年4~6月の実質GDPが年率▲27.8%の戦後最悪の下落率だった。メディアもその事実をこぞって報じた。確かに、数字の下落はそうなのだが、その原因がコロナ感染そのものだったかどうかは留意すべき点がある。コロナ感染→戦後最悪の経済悪化、という関係の間に、緊急事態宣言の要因がある。筆者は、コロナ感染に対する緊急避難措置として、緊急事態宣言を発令し、そこで広範囲で活動自粛が行われたことが、巨大な経済損失を生んだと認識している。だから、従来の景気後退局面とは違っている。政府による人為的な活動制限が行われて、経済の極端な悪化が起こったことは、もっと注意して考えるべきだと思う。筆者は、コロナ感染→戦後最悪の経済悪化というよりも、コロナ感染によって、政府が緊急事態宣言に追い込まれた結果、戦後最大の経済悪化という因果関係に注目したい。

誤解のないように、しっかり説明すると、筆者は今さら政府の緊急事態宣言が間違った判断だったと非難するつもりは全くない。3月後半の時点では、政府も多くの国民も、緊急事態宣言は必要だと考えた。そのときは、緊急事態宣言で外出自粛すれば感染リスクは収束して、その先は落ち着くだろうと予想した。しかし、4・5月にあれだけの犠牲を払ったのに、6月以降の経済再開で感染リスクは再燃した。緊急事態宣言は、それまで医療崩壊の危機に直面していた体制を立て直し、PCR検査の目詰まりを解消する準備期間としては有益な時間稼ぎだった。民間の活動では、マスクの供給拡大が進み、人々は手洗い・うがいを頻繁に行うようになった。

4~6月の教訓としては、経済を一律に停止する人為的措置を採ると、極端に大きなストレスが経済活動にかかり、巨大な経済損失が発生することである。もしも今後、10~12月に再度の緊急事態宣言を発令すれば、4~6月よりも経済が悪化する可能性もある。緊急事態宣言はもはや繰り返すべきではない。残念ながら、こうした教訓は、事前には政府も国民も経験がなかったために、そのダメージについて身に染みてわからなかった。

緊急事態宣言の基準の曖昧さ

今後、重要なのは、私たちが緊急事態宣言に追い込まれないように何をすればよいかを考えることだ。政府にそれをお願いしたいところだが、もしかすると、「マスク・手洗い・うがいなどの予防を徹底すること」という基本知識以上のことが医療の専門家に聞いても示されないかもしれない。逆に、そうした確からしいことが言えない(または誰も言わない)ことが、将来を不透明なものにしている可能性はある。

緊急事態宣言の再度の発令があるかどうかについても、具体的な数値基準がないことが問題視されてきた。4・5月のときは、「爆発的な患者急増の予兆がみられる」ときに総合判断するとされた。現在でも、新規感染者数だけでみると、7・8月は3~5月よりも多い。一方、重症者・死者数では3~5月の方が深刻だ。現在、感染防止のために、緊急事態宣言が必要かどうかは大きく議論が分かれる。

この間、政府のスタンスは割と明確である。管義偉官房長官は、「直ちに緊急事態宣言を出す状況ではない」と7月以降は繰り返し述べている。しかし、多くの国民にとって、この発言だけではメッセージとして弱い。将来に対して、人々の不安心理を抑えるまでには至っていないのが実情だ。消費マインドにもそうした不安心理が重石になっていると考えられる。

むしろ、緊急事態宣言を発令する基準・ルールを示して、もっと人々に対して予見可能性を示した方がよいと考えられる。政府には、社会心理を悪化させないためのリスク・マネージメントを行う発想を求めたい。

全産業・第三次活動指数に注目

さて、視点を4~6月の景気悪化に戻してみたい。私たちは、GDP統計の数字の変化にどうしても過剰反応してしまう。GDP統計は、便利なツールだが、そればかりに目を奪われると、景気悪化の重要な側面が見えにくくなる弊害も起こる。

補完して業種別動向を分析するには、経済産業省の全産業活動指数は有益だ。経済産業省が、近似的にマクロの状況をうかがい知るための統計としてまとめている。経済統計の専門家からは様々な問題点も指摘されるが、良い点も多くある。特に、業種別の状況を知るには、GDP統計から見えない側面がわかって良い。

まず、全産業活動指数は、全体として今回のコロナ危機の下では、リーマンショック以上の悪化幅であるが、その内訳では製造業よりも、ウエイトの大きな第三次産業活動の悪化が響いている(図表1、2)。全産業活動指数の構成ウエイトは、製造業20.8%、建設業5.8%に対して、第三次産業が73.5%もある。この第三次産業の指数悪化は、2008年のリーマンショックよりも、今回の方が遙かに大きい。ウエイトの大きなサービス業がかつてない打撃を受けたことが戦後最悪のGDP下落を生じさせたことがわかる。落ち込みは、個人向けサービスだけではなく、事業所サービスでも大きい。なお、GDP統計でも、個人消費の細目の中で、サービス消費が前期比年率▲42.0%と劇的に悪化していた。しかし、その事実は需要項目の大分類の変化に隠れてしまった気がする。

戦後最悪のGDP 悪化はなぜ起きたのか?
(画像=第一生命経済研究所)
戦後最悪のGDP 悪化はなぜ起きたのか?
(画像=第一生命経済研究所)

緊急事態宣言の下では、極力、人と人との接触を8割削減することになった。そうなると、人と人との接触を抜きに活動できないサービス業は当然ながら大打撃を被る。不要不急の外出を控えてほしいという方針も、レジャーや旅行関連の事業者には致命的にダメージを与えた。

第三次産業活動指数の中でも、カテゴリーとして、宿泊・飲食サービス、生活関連サービス・娯楽業という2つ業種区分は、4~6月になけて活動指数の水準が低くなっている(図表3)。これは、その区分の中に、ホテル・旅館、飲食店のほか、旅行代理店、劇場・興行、遊園地・テーマパークなどがあって、特にそれらの需要が悪化していることが要因である。今回の景気悪化の局面では、個人サービスが過去に経験がないほどに、ひどく打撃を受けていることは強く認識しなくてはいけない。

戦後最悪のGDP 悪化はなぜ起きたのか?
(画像=第一生命経済研究所)

この部分の悪化は、緊急事態宣言のせいだけではない。本質的に、感染リスクが後退しなくては需要回復は難しいだろう。政府は、事業者の破綻・廃業、雇用リストラが起こらないように、助成金・給付金によって持久戦に備える手当を拡充した方がよい。

製造業と事業所サービス

製造業の活動指数は、現状は確かに悪化している。海外の財消費の需要がコロナ感染の広がりによって減少してきており、貿易取引が停滞しているせいである。しかし、鉱工業生産指数の予測指数をみる限りは、今後は回復していきそうだ。中国や東南アジアでは感染が一服しており、日本との貿易が徐々に回復している見方からであろう。そうした根拠に基づくと製造業は、4~6月がボトムになって緩やかに回復していく見通しだ。

製造業と個人サービス以外では、事業所サービスの回復が期待される。第三次活動指数では、4・5月こそ、緊急事態宣言で大きく悪化したが、事業所サービスは緊急事態宣言がなければ大きな落ち込みは回避できたと考えられる。今後、再度の緊急事態宣言が発令されなければ、その活動は緩やかに回復していくだろう。

逆に、堅調な動きとしては、情報通信業と学術研究・専門技術サービス業でみられる。これらは、緊急事態宣言の下でも落ち込みがごく小さかったセクターである。理由は、自宅勤務に移行して活動が制限されにくかったり、巣籠もり消費と言われる中で需要を高めたことが背景であろう。ほかにも、宅配、無店舗小売は、5・6月にかけて上向きの動きがある。

全体のまとめ

今後の経済動向について、総括的にまとめると次にように言える。

(1)今後、緊急事態宣言を行わないとすれば、戦後最悪の経済状態を繰り返すことはないだろう。二番底を回避できる。
(2)当面、個人サービスは、感染リスクが高い中では需要低迷が続くだろう。そこでは政府の支援があった方がよい。
(3)製造業は、中国などへの輸出回復によって緩やかに回復していくだろう。

実は、このうち(1)は非常に重要で、少なからぬ国民が、再度の緊急事態宣言がないとは限らないと警戒心を持っている。繰り返しにはなるが、政府は緊急事態宣言の発令に関しては、もっと予見可能性を持たせる基準・ルールをつくって、国民に示した方がよい。「基本的に緊急事態宣言は実行しない」と明言することで、先行き不安はかなり改善させられると筆者は考える。

最後に正直なところを述べると、経済の先行きは読みにくい。日本だけではなく海外の感染状況が不透明な中で、「緩やかに回復」と言っても、そのペースがどのくらいなのかが不明確な部分が大きいからだ。最悪期を越えたと言っても、「先行きの回復ペースが見通せないと意味がない」という反論があるとすればその通りである。それでも、政府がもはや緊急事態宣言はやりたくないとメッセージを発することは、不安心理を抑えるために重要だろう。 (提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生