百貨店は、新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けている業界のひとつと言われています。しかし、このことをきっかけにDX(デジタルトランスフォーメーション)を採用した「新常態の百貨店づくり」が各所ではじまっていることをご存知でしょうか。ライブコマースを生かした顧客との対話やモノを売らない実店舗空間など、今回はその具体的な動きについて紹介します。

「百貨店のDX」は3つのテーマで進んでいる

百貨店DX
(画像=prapat/stock.adobe.com)

国内で新型コロナウイルス感染が本格化しはじめた2020年3月以降の全国百貨店の売上高を見ていくと、2020年3月〜5月は3ヶ月平均で前年比56.1%減、その後6月は19.1%減、7月は20.3%減といった状況が続いています(日本百貨店協会調べ)。

全体で見ると厳しい経営環境の百貨店ですが、業界の方々が手をこまねいているわけではありません。一部ではすでにデジタル技術で生活やビジネスをアップデートするDXを積極的に取り入れ、新常態の百貨店づくりが推進されています。「百貨店のDX」のテーマは主に以下の3つです。

  1. ネット上でのリアルタイムの対話
  2. モノを売らない実店舗空間
  3. デジタル計測に基づく商品提案

各テーマで具体的にどのような試みが進められているのでしょうか。新しい百貨店の姿を見ていってみましょう。

百貨店のDXテーマ1:ネット上でのリアルタイムの対話

世の中にはモノが買えるだけのECショップはたくさんあります。しかし、顧客と売り手がネット上でリアルタイムの対話をしながらモノを買える仕組みは発展途上の段階です。百貨店は、顧客と売り手の対話において強みを持つビジネスモデルのため、リアルタイムの対話ができるリソースを手に入れられれば大きな可能性が見えてきそうです。実際に各百貨店で「ライブコマース」や「仮想百貨店」などの試みがはじまっています。

百貨店のDX実例「ライブコマース」 武田双雲氏の書の即売会

百貨店と意外に相性がいいと注目されているのが、ネット中継の即売会「ライブコマース」です。ライブコマースは中国で2017年頃から発達し始めたセールス手法で、コロナ禍で飛躍的に売上を伸ばしました。ファンの多いインフルエンサーやECショップと相性が良く、消費財はもとより車や家などの高額商品も売れるような状況だと言われています。

一見すると、ライブコマースは百貨店と縁のない手法のように感じられるかもしれませんが、すでに成功例が出はじめています。一例として、2020年7月に日本橋三越で有名書道家の武田双雲氏がWeb会議システムを通して顧客の要望を聞き、その場で筆をとるという企画が開催されました。

地方の顧客も参加しやすい、芸術家との親近感が味わえるなど通常の百貨店の催しにはない希少な体験ができたということで好評を博しているようです。このようなファンのいるクリエイターと富裕層をダイレクトに結ぶ催しは、百貨店の得意とするところでしょう。

百貨店のライブコマースの可能性を感じさせるのはインフルエンサー型(ファンの大勢いる芸術家など)の企画だけではありません。Web会議システムを通じて、顧客と百貨店担当者が1対1で対話するWeb接客で一般商品も販売されはじめています。これが軌道にのると、多忙な顧客にも販売しやすい、天候が悪くても安定的な売上が得られるなどのメリットがありそうです。

百貨店のDX実例「仮想店舗」 アバターが仮想伊勢丹で実際に買い物

伊勢丹新宿店は、これまでの百貨店の枠にとらわれない仮想百貨店を実現しています。 2020年4月29日から5月10日まで開催された世界的に見ても大規模なVRイベント「バーチャルマーケット4(以下、Vケット)」上に「仮想伊勢丹新宿本店(以下、仮想伊勢丹)」を出店しています。

Vケットはアバターとなった参加者がネット上でグッズ売買などを行う展示即売会で、国内外から70万人以上がアバターとして会場を訪れたと言われています。仮想伊勢丹では、Vケット上に実際の新宿店に似せた外観・内装の建物を創出。さらに伊勢丹新宿本店のリアルな販売員がアバターとなって接客をしました。

またリアルな店舗と同様、店内に靴やTシャツなどをレイアウトし展示販売。ショッピング方法は2通りで、アバターが着用する3Dデータとしての購入、またはリアルアイテムが後日宅配で届く購入が用意されました。

仮想伊勢丹の出店は、新型コロナウイルス感染が拡大し始めたタイミングで行われたため、コロナ禍を意識した企画のようにも感じられます。しかし、この企画は2010年ごろから構想されているものであり、たまたまこのタイミングになったようです。

百貨店のDXテーマ2:モノを売らない実店舗空間

これまでの百貨店は商品を売ることが主な収益源でしたが、「消費者の行動データを分析・提供すること」 で利益を上げる試みが新宿マルイ本館で2020年8月に始まっています。

この企画では、同店の約120平方メートルを使って、出展企業の商品をレイアウト。店内に置かれた数多くのカメラを基に来店客の年代や性別を推定したり、行動を分析したりします。この消費者分析は「消費者行動データを売る店」で知られる米b8ta(ベータ)が担当し、クライアントである出展企業に提供するのがビジネス全体の枠組みです。

注意したいのは、このマルイのスペースはあくまでも来店客の興味や行動を集めるための空間であり、販売を目的にしたものではないということです。来店者側からすると新たな商品との出合い、出展者側からすると消費者の傾向やニーズをつかめるというロイヤリティがあります。そして、テナントである米b8taは出展企業からの出展料が得られます。

このようにDXの流れを利用した「モノを売らない百貨店」というのも、未来の百貨店のキーワードになりそうです。

百貨店のDXテーマ3:デジタル計測に基づく商品提案

専門知識豊かな店員のアドバイスを受けながら商品選びができる、これも百貨店の魅力です。このコンサルティングの部分をデジタル計測で強化する動きも出てきています。

2020年7月、伊勢丹新宿店では百貨店としていち早くワコールが開発した「3D自動採寸システム」を導入。来店者はこのシステムを使うことで、店内にある数多くの服の中からジャストフィットする服を瞬時に選ぶことができます。

この3D自動採寸システムを設置した計測ルームでは、5秒で150万ポイントを計測し、精度の高い体型データを収集できます。伊勢丹新宿店ではこのデータを女性衣料売り場の50ブランドに対応。AI(人口知能)や売場担当者がデータを基に顧客に合った商品を提案していきます。

なお、このシステムは下着メーカーのワコール直営店舗ですでに導入され、約2万人の利用実績があり、購買に大きく貢献することが実証されています。ワコールでは今後、この3D自動採寸システムを他の百貨店などに対して積極的に外販していく予定のようです。

百貨店のソフトの価値はコロナ禍でも変わらない

今回は3つのテーマを軸に百貨店のDXの動きをクローズアップしました。顧客が店舗に足を運びにくいというコロナ禍では「利便性の高い立地にある」という百貨店のハードの価値がどうしても薄くなってしまいます。

一方、「商品発掘力がある」「顧客の好みを熟知した上での提案力がある」という百貨店のソフト(無形)の価値はコロナ禍でも変わることがありません。このソフトの部分をDXで強化した百貨店が、未来の百貨店のベースになっていくことでしょう。私たちの想像を超えた新しい百貨店が生まれることに期待しましょう。(提供:Wealth Lounge

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