2014年、国税当局に立ち上げられた富裕層PT。その規模は200人以上までに増え、全国に人員が配置されています。通常の相続税関連に加えて、彼らがもっとも重点的に調査しているのは富裕層の海外資産や海外取引です。本記事では、富裕層PTがどのような情報収集網を持っているのか、実際にどれくらい成果を挙げているのかなどを解説します。
芦屋の資産家の集中調査で存在感を知らしめた富裕層PT
今回クローズアップする富裕層PT(重点管理富裕層プロジェクトチーム)の存在を世に知らしめたのは、高級住宅街・芦屋市の資産家の集中調査です。2017年7月から2018年にかけての約1年間で少なくとも50人以上、総額30億円超の申告漏れが指摘されました。
この芦屋市の資産家の集中調査は、ひとつの地域で集中的に調査が行われ、さらに指摘された総額が大きかったため有力メディアで大々的に報じられました。報道の多くで、国税当局が厳しく富裕層の課税体制を強化していること、調査の中心的役割を担ったのが富裕層PTだったこと、海外資産も徹底調査をすることなどが強調され、結果的に国税当局の啓蒙キャンペーンとなった面もあります。
芦屋市の案件は当初少数の態勢で調査が行われていましたが、数十人規模までに増強。相続財産の申告漏れ、所得隠しの他に、為替差益による利益などが認定されたようです。実際にこの報道を通して富裕層PTの存在を知り、戦々恐々とした富裕層も少なくないのではないでしょうか。
ちなみに、国税庁が定義する富裕層とは 有価証券・不動産等の大口所有者、経常的な所得が特に高額な個人などを指します。
富裕層PTが徹底マークするのは海外資産の動き
富裕層PTとは、名前を見てわかる通り、富裕層の税逃れを専門にしたプロフェッショナルチームです。富裕層PTは2014年に東京、大阪、名古屋の3局の国税局でスタート。現在では全国12局にまで拡大しており、構成する人員数も当初の少人数から200人以上にまで増加しているといわれています。
国税庁の資料によると、富裕層PTの役割は「富裕層のうち、特に多額の資産を有していると認められる者を関係個人・法人と一体的に管理」となっています。この文言のうち注目したいのは「関係個人・法人と一体的に管理」という部分です。
富裕層は資産管理のための法人を活用することで節税するというのが一般的でしょう。富裕層 PTにマークされると、個人と法人の資産が独立しているという見方ではなく、個人と法人が一体化していると見なしてお金の流れを徹底的に洗われることになります。
もうひとつ注目したいのは、富裕層PTは、特に海外資産や複雑な海外取引を重点的かつ積極的に情報収集・調査する集団ということです。 彼らを率いるのは国際課税の司令塔である国税庁国際課税企画官。このポストは富裕層PTの拡充と共に新設されました。
冒頭で紹介した芦屋市の富裕層集中調査のみならず、富裕層PTの成果には目を見張るものがあります。「週刊 税務通信」の2019年秋の報道によれば、東京国税局管内での一部税務署における富裕層所得税の調査(平成30事務年度)において、富裕層PTが約40億円の増差所得を把握したとのことです。今後、芦屋市のような集中指摘が再び行われることもあるかもしれません。
富裕層 PTが海外資産を徹底調査するための情報網
富裕層PTを理解するとき、海外資産を得意とする精鋭舞台と単独で見るのではなく、国税当局全体の流れの中で捉えるとわかりやすくなります。近年の国税当局は、海外の税逃れを調査するための強力な情報網をつくってきました。これらを使って申告漏れを指摘する実行部隊が富裕層PTなのです。
国税当局がつくってきた情報網とは、「CRS(共通報告基準)」「国外財産調書制度」「国外送金等調書」「財産債務調書」 などです。これらを駆使して富裕層PTが調査を進めることで効率的に税逃れを指摘することができます。
これらの調書は、特に海外に資産を持つ富裕層の方であれば、すでに記載・提出をしたことがあるケースも多いと思われますが、「何のためにこれらの調書を提出するのか」その意味を正しく認識しておくのが賢明です。それぞれの概要は以下の通りになります。
CRS(共通報告基準)
CRSは富裕層の海外の税逃れに対し、もっとも威力を発揮するといわれる制度です。その内容は、対象となっている世界中の税務当局間で金融口座情報を交換するというもので、外資産を丸裸にする仕組みともいえます。日本の国税当局は2019年11月末時点で、日本の個人または法人が有する85カ国・地域の口座情報189万件を入手しています。
2018年から参加国との間で情報交換が始まり、1年目は 残高1億円超の口座などの情報交換に限定されていましたが、2年目以降は残高1億円以下の口座も加わっています。口座所有者の個人情報はもとより、利子や配当の受取額を国税当局が把握できるようになります。
国外財産調書制度
国外財産調書制度は、富裕層の海外資産を国税当局が把握し、所得税や相続税の課税をチェックしやすくするためのものです。対象は5千万円超の資産(預金、有価証券、不動産など)を国外に所有する個人で、この調書を通して毎年1回、資産の保有残高を報告する必要があります。
併せて、その残高を得るまでの取引記録の保存なども促しています。この取引記録の保存は義務ではないものの、国税当局から求められたときに提出できないと厳しい調査を受けるものです。なお、 国外財産調書を提出しなかったり、虚偽記載をしたりすると、1年以下の懲役や50万円以下の罰金刑が科されます。
国外送金等調書
国外送金等調書は富裕層本人ではなく金融機関が税務当局に提出するものです。100万円を超えるすべての国外との送金・受金は金融機関が税務署に報告しています。言い換えれば、海外との高額な送金・受金は自動的に国税当局へすべて筒抜けになるということです。例えば、高額の送金を家族間でしているのに国外財産調書を出していなければ、目につきやすく国税当局にマークされやすくなるでしょう。
財産債務調書
その年の12月31日において、所得が2千万円超かつ総資産3億円以上、あるいは、有価証券などを1億円以上保有する個人に提出を義務付ける制度です。この調査では、氏名や住所などの他に、財産の種類・数量・価額・債務の金額などを記載しなくてはなりません。これにより富裕層の財産の内訳を国税当局が正確に把握しやすくなります。
データで見る!海外取引をした富裕層が厳しくマークされている事実
国税庁が発表したデータで見ても、富裕層の海外資産を徹底マークしている姿勢は鮮明です。一般的な富裕層の税務調査数は前年比124.6%(※)。これだけでもかなり厳しい姿勢を感じますが、「海外取引をした富裕層」に限定すると税務調査数が前年比161.7%にまで伸びているのです。
※ 平成28事務年度と平成29年度の比較
さらに、追徴課税の平均額を見ても、一般的な富裕層の追徴課税額の平均339万円に対して、海外取引をした富裕層の平均は807万円にも及びます。しかも、この海外取引をした富裕層の追徴課税額の平均が前年比107.1%と増加している点も見逃せません。
今後、先に紹介した4つの情報収集網を駆使して富裕層PTがさらに調査数を増やすことが予想されます。これを踏まえると、海外取引をしている富裕層は「国税当局が求める調書をきちんと提出しているか」「海外資産の管理は日本の法律に則った形で行われているか」を再度チェックするのが賢明といえるでしょう。(提供:Wealth Lounge)
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