新型コロナウイルスのパンデミックは中国が推進する「一帯一路」にも影響を与えている。
「一帯一路」とは2013年に習近平国家主席が打ち出した巨大経済圏構想である。
中国とヨーロッパをつなぐ陸路の「シルクロード経済ベルト」(一帯)と中国沿岸部から東南アジア、南アジア、アラビア半島、アフリカを結ぶ海路の「21世紀海上シルクロード」(一路)による物流ルートの整備により貿易の活性化と経済成長を図る計画だ。
中国はこの「一帯一路」の中でアジアやアフリカ諸国に対するインフラ整備に莫大なチャイナ・マネーを投じてきた。こうした中国の途上国に対する投資は、投資を受けた各国が中国に対して債務を返済できなくなるという「債務のわな」と呼ばれる状態に陥っている、もしくは陥る可能性があるとして、国際社会から批判を受けてきた(参考)。
例えばスリランカは中国からの融資によりハンバントタ港(Port of Hambantota)を建設したものの同港の建設地が地理的に不便な場所であったために投資資金を十分に回収できず、2017年には同港の運営権を99年にわたり中国に引き渡すこととなった。こうした「債務のわな」は中国の安全保障上の利益のためになされているのではないかという疑念を強めることとなった。
しかし今、こうした中国勢に対する債務を巡って大きな変化が起こっている。
中国による約47億米ドルの融資により建設されたケニアのモンバサ・ナイロビ標準軌鉄道(Mombasa–Nairobi Standard Gauge Railway)について、ケニア側が新型コロナウイルスによるパンデミックにより財政状況が悪化したことを理由として再交渉を求めている(参考記事)。ケニアのみならずアフリカ、そして世界的にパンデミックによる経済危機が叫ばれる中、同様の主張は他の国家からも展開される可能性があるだろう。
2017年7月上旬には同じくケニアにおいて1200万米ドルの中国融資により建設されていたシギリ橋(Sigiri Bridge)が完成を目前に崩落したことが英国メディアを中心に大きく報じられていた。スリランカのハンバントタ港における地理的利便性、シギリ橋の崩落といった中国融資による建造物の欠陥もまた、こうした主張の後押しとなり得るだろう。
日本はこの「一帯一路」に対してどのような態度をとってきたのだろうか。
安倍政権は「価値外交」を展開する中で法の支配や航行の自由、自由貿易を重んじる地域秩序を主張し、「一帯一路」についてもこの観点から協力する旨を表明し、中国側もこれを歓迎していた。
しかし今、「債権」による支配を行う中国を巡り興味深い動きがある。
今年(2020年)4~7月期において中国による日本の国債購入が急増しており、中長期債の買越額は前年同期と比べ3.6倍となっているというのである(参考)。
「一帯一路」を巡る途上国への融資の回収が少なくともパンデミック以前と同様には見込まれない中、その融資の矛先を変えているとも見える。
日本の国債残高は1000兆円を超えるが、財政破綻をしない理由としてこれまで挙げられてきたひとつに「海外保有比率が少なく自国内での消費が可能であること」が挙げられる。
しかしこのまま中国が日本の国債購入を急増させていけばこの条件が崩れることとなる。
中国の「一帯一路」政策は日本デフォルトに対するトリガーとなるのか。「一帯一路」をめぐる中国の動向に引き続き注視していく必要があるだろう。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す