環境対策の一環として、世界中で「脱ガソリン車」に向けた動きが加速する中、一部ではEV(電動自転車)化の環境への効果に対して、疑問の声が挙がっている。論争の焦点と新たな研究で指摘されている「誤解」、EVをより「地球に優しい車」にするための課題などを見てみよう。
世界のEV開発競走・規制動向
欧州では2021年から厳格な排ガス規制が本格的に導入されるため、ダイムラーやフォルクスワーゲン(VW)、トヨタといった大手自動車メーカーが、競うようにEVやハイブリッド車(HV)の普及を急いでいる。また、2025年にガソリン・ディーゼル車の販売を禁止するノルウェーを筆頭に、オランダやフランスなどが2025~2040年にわたり、同様の措置を講じる。
米国ではゼネラルモーターズ(GM)が270億ドル(約2兆7,952億円)をEV・自動運転車(AV)の開発に投じ、2025年中に全世界で30車種のEV投入を予定しているほか、2兆ドル(約207兆577億円)規模の環境政策を掲げるバイデン氏が次期大統領として控えている。新政権によるゼロエミッション車の生産に対するインセンティブなどが追い風となり、EV・AVの普及環境が一気に発展すると予想される。
一方、中国は「新エネルギー車産業発展計画」の一環として、2025年までにEV・プラグインハイブリッド車(PHV)、燃料電池車(FCV)の新車販売台数に占める比率を2割に高める目標を発表した。国内では上汽通用五菱汽車の格安コンパクトEV「宏光MINI EV」の販売台数が、Tesla(テスラ)の「Model-3」を上回り、世界的な注目を浴びている。
日本は2030年までにEV・PHVの新車販売台数に占める比率目標を2~3割に設定しているほか、2030年代半ばに新車のガソリン車販売禁止を検討していることが報じられた。また、トヨタ自動車が2020年代前半に全固体電池搭載のEVの販売を計画するなど、世界のEV化潮流に乗って主導権確保に向けた動きが加速している。
「EV化は環境対策に貢献しない」理由とは?
しかし、各国のEV開発・普及促進競走に対して、「巨額を投じたエネルギーロス」「EUの排ガス規制は詐欺行為」といった、辛辣な批判もある。最大の論点は、「バッテリーを含むEV製造プロセスや発電時のCO2排出量を考慮すると、同クラスのディーゼル車やガソリン車と大差がない、あるいはそれを上回る」というものだ。特に、EVバッテリーの製造に、大量の化石燃料が使用されている点が指摘されている。
独経済省の諮問委員会の委員を務める経済学者ハンス・ヴェルナー・ジン博士と物理学者クリストフ・ブチャル博士は、2019年に発表した共同研究論文の中で、ドイツのエネルギーミックス(社会全体に供給する電気を、複数の発電方法を組み合わせてまかなうこと)とEVのCO2排出量について分析した。「EVはディーゼル車より航続距離がはるかに短いにも関わらず、CO2の排出量はディーゼル車を上回る」と結論付けている。
同様のデータは、豪自動車協会ÖAMTCと独ADACの委託の元、調査豪シンクタンクJoanneum Researchが実施した大規模な調査でも報告されている。この調査によると、CO2排出量削減でドイツの中型EVがディーゼル車の優位に立つためには、21万9,000km走行する必要がある。しかし、欧州の普通乗用車の平均寿命は18万kmしかない。そもそも既存のEVバッテリーは、それほどの走行距離に耐えうるように設計されていないという。この説が確かならば、「EVへの移行のメリットは期待されているほど大きくない」という結論に落ち着かざるを得ない。
EV分析を巡る5つの「誤解」
しかし、EV開発の加速と共に、過去の説を覆す新たな研究結果が報告されている。オランダのアイントホーフェン工科大学は2020年11月に発表した研究論文の中で、過去の否定的な研究結果に見られる5つの「誤解」を訂正している。
過去の研究ではバッテリー生産時のGHG排出量が誇張されていた。
過去の研究ではバッテリーの平均寿命を15万kmと低く推定している。アイントホーフェン工科大学が算出した平均寿命は25万km。最新のものはその2倍以上であることも立証されている。
世界のエネルギーミックスは過去20年にわたり著しく向上しており、今後もさらに向上すると予想されている。つまり、EVに伴うCO2量も徐々に削減されていくことが期待できる。EVに否定的な研究結果は、このような進歩を考慮に入れていない。
欧州では軽量車の排出ガスや燃費評価に「新欧州ドライビング・サイクル(NEDC)」という手法が採用されているが、公式に発表されている排出量は実際より40%も低い。
ガソリンとディーゼルの生産プロセスで発生するCO2量は、以前考えられていたよりも多いことが、最近の研究で明らかになっている。ガソリン車はテールパイプの排出量を30%、ディーゼル車は24%増やして評価する必要がある。
EVをより「地球に優しい車」にするための2つの課題
これらの研究はそれぞれ単独で行われているため、どちらの説が正しいのか、現時点では判断しかねる。そのため論争は今後も続くと予想されるが、少なくとも現時点においてEVをより「地球に優しい車」にするためには、以下のような取り組みが必要とされている。
1 インフラストラクチャと製造技術の効率化
生産中のCO2排出量を削減するためのカギは、インフラストラクチャと効率的な製造技術にあることが、米非営利団体、国際クリーン輸送協議会(ICTT)や中国の交通環境政策分野の専門家らの研究で示唆されている。
年間約90億トンと世界のCO2排出量の約3割を占める中国を例に挙げると、EVバッテリーの生産は、ICEV(内燃機関自動車)のエンジンの生産より最大60%多くのCO2を排出している。しかし、欧米の製造技術を採用することで、最大66%の削減が可能になるという。
2 EVバッテリーのリサイクルエコシステムの構築
普及が進み、EVバッテリーのリサイクルエコシステムが構築されると、資源や生産エネルギーの大幅な削減が期待できる。広範囲な普及を促進するためには、助成金や公共のEVの充電設備の機能向上、充電ステーションの増加など、政府とメーカーによる本格的な取り組み強化が必須である。
長期的に見ればEVは地球に優しい車
結論に急ぐにはまだまだ時期尚早だが、ICEVが2000年以降、着実にCO2排出量を削減しているとはいえ、EVは燃焼がなく、テールパイプからの排出物がまったくないという点で、長期的に見るとガソリン車やディーゼル車より優位に立つ。「今後、数年で結果を出す」といった短期的な成果を追わず、「10年後、20年後、30年後の地球」を見据えたアプローチが、地球に優しく持続可能な車を生み出すのではないだろうか。(提供:THE OWNER)
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)