2020年12月6日、日本の小惑星探査機「はやぶさ2」が、総移動距離約52億4千万㎞もの旅路を終え、小惑星「リュウグウ」のサンプルを地球に持ち帰るという偉大なミッションを達成した。それを追うように中国の無人探査機「嫦娥5号」が、月からのサンプル回収に成功した。これは、米アポロ計画や旧ソ連のルナ計画以来、44年ぶりとなる。
両国の功績は世界を感嘆させたが、欧米やロシアを中心に宇宙開発への取り組みが加速する中、日中の国際競争力は果たしてどれほどのものなのか?
小惑星サンプルリターン分野で世界をリードする日本
「はやぶさ2」の快挙が世界から喝采を浴びたのは、その難易度の高さに起因する。
2003年に打ち上げられた「はやぶさ」はエンジン故障などさまざまなトラブルを乗り越え、2010年に小惑星「イトカワ」のサンプルが入ったカプセルを地球に戻すことに成功した。初号機の成功と失敗を活かして開発された「はやぶさ2」を打ち上げたのが2014年だった。カプセルの帰還まで費やした月日は6年だ。
米国、旧ソ連、中国が月から砂や岩石を持ち帰る「サンプルリターン」に成功しているが、現時点において小惑星で成功したのは日本の「はやぶさ」と「はやぶさ2」のみだ。地球と月の距離は約38万4,400 kmであるのに対し、リュウグウとイトカワはそれぞれ約3億kmとはるかに離れている。つまり今のところ、日本は小惑星のサンプルリターン分野で世界一ということになる。
日本の宇宙開発の歴史 驚異的な打ち上げ成功率
日本の宇宙開発の原点は、1955年に開発された長さ23㎝のペンシルロケットだ。同年に30㎝のペンシルロケットで実施された垂直発射実験の高度は、わずか600mだった。
それから60年という月日を経て、2015年には海外商業衛星を乗せた「H2A」29号機の打ち上げに成功した。2016年2月に打ち上げられた30号機までの打ち上げ成功率は96.7%、改良版である「H2B」の過去5回の成功率は100%という驚異の記録を誇る。国際宇宙ステーション(ISS)に水や食料、実験道具などの物資を送る補給機「こうのとり」の打ち上げも、ロシアと米国を抑え、現役では唯一100%の成功率を維持している。
自国民を初めて宇宙に送り込んだ国としては世界21番目と、米国や旧ソ連から29年も出遅れたが、ISSでの滞在日数は合計1,063日と世界3位だ。スペースシャトルに2回搭乗し、日本実験棟「きぼう」の建設に関わった若田光一氏を筆頭に、優秀な宇宙飛行士も多い。
「産業・科学技術基盤の再強化」が重要課題
このような背景から、科学技術や一般産業の技術が優れていることで、世界的に評価の高い日本だが、近年の世界的な宇宙開発の加速を受け、産業・科学技術基盤の再強化が重要課題となっている。
日本政府は2020年に改正された「宇宙基本計画」の中で、「小型・超小型衛星のコンステレーション構築が進み、宇宙産業のゲームチェンジが起こりつつある」と、自国の宇宙機器産業が欧米などに遅れが出てきている点を指摘した。将来的なビジョンの欠落や先進技術への挑戦が停滞する日本とは対照的に、中国やインドといった宇宙開発急進国の台頭にも危機感を示している。
宇宙関連の来年度予算、過去最大に引き上げ
対応策の一環として、2021度の宇宙関連の来年度予算が、過去最大の5,400億円にまで引き上げられた。2021度の予算から約1,778億円の増加だ。予算宇宙情報把握(SSA)システム、NASAが主導する「アルテミス計画」やH3ロケット、先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」などの開発研究に投じられる。2013年の「はやぶさ2」の開発予算は約164億円だった。
独統計データサイトStatistaによると、2018年の宇宙関連予算は米国410億ドル(約4兆2,385億円)、中国58.3億ドル(約6,027億360万円)、ロシア41.7億ドル(約4,310億8,454万円)、フランス31.6億ドル(約3,266億7,317万円)、ドイツ21.5億ドル(約2,222億6,120万円)となっている。
これまで、欧米や中国、ロシアなどと比較して、日本の研究開発資金や市場規模の小ささが指摘されてきたが、今回の予算引上げが国際競争力の強化に貢献すると期待が高まる。
急進する中国の宇宙開発技術
一方、中国では技術革新が急伸している。「嫦娥5号」は11月24日に打ち上げられた、質量8.2トンの大型月探査機だ。12月17日、モンゴル自治区の北に位置する四子王旗にある草原地帯で、サンプルを詰めたカプセルが回収された。
中国は宇宙開発の歴史が最も長く、原点は人類歴史上初の火薬が開発された1000年以上前にさかのぼる。同国の伝説によると、14世紀初頭に椅子と火薬を使って空を飛ぼうと試みた高級官吏ワン・フー(王冨)が、人類史上初めてロケットによる宇宙旅行を試みた人物とのことだ。
本格的な宇宙開発が始まったのは、1956年、旧ソ連の支援を受けて毛沢東政権下で実施された、核技術および宇宙技術の同時開発プロジェクト「両弾一星」だ。1970年の長征1号による衛星東方紅1号打ち上げを皮切りに、2007年に嫦娥1号で月の周辺を探査、2018年に4号で月面着地に成功した。
中国は、多数の宇宙開発プロジェクトを同時進行させているが、中国宇宙開発機関(CNSA)や中国航天科技集団(CASC)など複数の行政機関や国有企業が携わっており、その組織構造は他国と比べ物にならないぐらい複雑化している。公式情報が開示されていないため、あくまで推測の域に留まるが、前述のデータが示すように開発予算は欧州をはるかに超える規模と推定される。
壮大な未来ビジョン 国際協力にも積極的
嫦娥5号によるサンプルリターンは、月の南極地域に設置予定の国際月面研究ステーション(LIRS)計画の一環だ。今後は6号~8号のミッションを経て、2036~2045年に月の南極に長期的に人が滞在可能な環境の構築を目指すなど、壮大なスケールの未来ビジョンを描いている。この辺りは、まさに現在の日本の宇宙開発の弱点と対照的という印象だ。
また国連宇宙局や露国営宇宙機関ロスコスモス、欧州宇宙機関など、複数の国際宇宙機関と協力枠組み協定を締結するなど、国際的な協力体制を強化する一方、国際的な月面研究基地を建設するための協力を呼びかけるイニシアチブの設立も検討していることを、中国国家航天局(CNSA)月探査宇宙プログラムセンターのペイ・シャオユ副所長が明らかにした。
他国でも月面探索が再び活発化しており、米国は10年以内に宇宙ロボットを月に送り込む計画、英国ではスタートアップSpacebitが、惑星探査機の打ち上げを2021年1月に予定しているという。宇宙開発競走の本格的な激化を予感させる潮流である。(提供:THE OWNER)
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)