父親の交通事故をきっかけに、交通安全・事故解析の改革に乗り出した。「必ず事故をなくす」。決意を固めた笠原一さんは2009年、ジェネクスト株式会社を設立。以降も交通事故鑑定を重ねて、「最大要因は道路交通法違反である」との結論に行きついた。これを受けて2018年にクラウド型交通安全管理システム「AI-Contact(アイコンタクト)」をリリース。走行車両の交通ルールの遵守を“見える化”したこのサービスは、モバイルプランの実装によって加速度的に利用者を増やし、2020年12月時点で47社5,081台が導入。笠原さん、そしてジェネクスト株式会社は事故減少への大きな一歩を踏み出した。

(取材・執筆・構成=安田勇斗)

プロフィール

笠原 一(かさはら・はじめ)
ジェネクスト株式会社 代表取締役 CEO
1971年福島県生まれ。青山学院大学卒。
株式会社第一興商、会計事務所を経て、2009年にジェネクスト株式会社を設立。「人々が安全に過ごせる、事故のない社会へ」との誓いを立て、交通事故鑑定事業に積極的に取り組み、2018年に革新的なクラウド型交通安全管理システム「AI-Contact(アイコンタクト)」を開発し、リリースした。ジェネクストは2018年2月 総務省「I-Challenge!」採択、2019年4月 MUFG「第6回Rise Up Festa」優秀賞、2020年8月 大阪市「大阪市スタートアップ支援プログラム(OSAP)」第9期採択など、さまざまな受賞歴、採択歴があり、2020年10月には「かながわSDGs」のパートナー企業に登録された。

父親の交通事故をきっかけに起業

ベンチャー企業最前線,ジェネクスト株式会社
(画像=ジェネクスト株式会社)

――2009年にジェネクスト株式会社を設立されたきっかけは?

起業したのは、父の交通事故がきっかけでした。ドライブレコーダーでその事故を見ると、父が悪いように見えなかったのですが、当時はドライブレコーダーが証拠としてきちんと認知されていませんでした。加えて、意見の聴取(処分前に警察に対して意見を述べること)まで時間がなかったこともあり、弁護士などにお願いせず、私自身が意見書を作ることにしました。父が悪くなかったことを自分が証明しようと。そして無事に私たちの意見が認められ、父はもともと違反点数15点と判定されていたのですが、覆って0点となり、免許も取り戻すことができました。こうした経験から、事故をなくしたいと強く思い、会社を設立しました。

――株式会社第一興商、会計事務所を経て交通関連の会社を起業されましたが、キャリアチェンジにあたって難しさはなかったのでしょうか?

なかったです。方法さえ見つければ難しいことはありません。私は父の事故以降、いくつかボランティアで事故鑑定をさせていただきました。その後事業として進めていくにあたっていろいろと調べ、単眼カメラで距離を計測する方法を見つけだし、それを中学1年生の数学がわかれば誰でもできる形にしました。ちなみに今、その計測方法は特許申請しています。また、2018年にリリースしたクラウド型交通安全管理システムの「AI-Contact」も私が企画しました。

――「AI-Contact」は人工衛星「みちびき」を用いて走行データを取得しているそうですが、この形はどうやって見出したのでしょうか?

「みちびき」の前に事故についてお話ししますと、交通事故には当事者双方の過失割合というものがあります。それは、優先道路がどちらかなどの道路状況によって基本過失が決まり、そこに過失修正要素がプラス、またはマイナスされて確定します。その過失修正要素こそ道路交通法違反なんです。私たちが鑑定する事故の原因にはたいてい道路交通法違反があって、それがなければ事故にならなかったケースがほとんどです。また、警察の発表によると、事故発生から24時間以内に亡くなっている方が年間3,000人ぐらいいるのですが、そのすべてで道路交通法違反が認められています。つまり、道路交通法違反がなくなれば大半の事故はなくなり、亡くなる方もいなくなるはずなんです。それで道路交通法違反を“見える化”しようと、「AI-Contact」の開発に着手しました。

最初はドライブレコーダーを使用しようと考えたのですが、朝昼晩、天候、春夏秋冬といった状況によって、同じ標識でも見え方が変わってくるんです。それこそ雨や雪だと道路標識は見えにくいですよね。そのためドライブレコーダーの活用は早々にやめて、GPSを使うことにしました。そのときたまたま「みちびき」のニュースを見て、これを活用したいと考え、サブメータ級の商用第一号として導入させていただくことになりました。またドライブレコーダーからGPSに変更した理由として、映像データの重さやモニターする時間の長さもありました。GPSであればデータ量は抑えられますし、モニターは位置情報で管理した方が効率が良く、ドライブレコーダーは事故のエビデンスとして使うのが最適だろうとの結論に至りました。

ベンチャー企業最前線,ジェネクスト
(画像=ジェネクスト株式会社)

10年以内に1,200万台の導入を目指す

――2020年9月30日には「AI-Contact」のスマホアプリをローンチし、現在、社用車を中心に利用数は47社5801台まで増えました。現在どのような運営規模で、今後どう事業展開していきたいと考えているのでしょうか?

現在の社員数は8人です。この人数で仕事が回るのかとの懸念があるかもしれませんが、HRテックを活用して求める人材を確保できるようになり、効率的に成果を出すことができています。一時期は30人弱まで増やしたものの、会社にマッチしない人も増えてしまい失敗したのですが、現在の採用方法によって今後は大きくしていける実感があります。また新しい事業として、2021年6月リリースを目指して開発を進めているサービスがあります。

――新しい展開が待ち受けている中で、経営者として課題に感じていることは?

やっぱり人ですね。「AI-Contact」の事業、交通事故鑑定の事業、さらに新しいサービスを展開していく上で、ここからは他業界の企業とのアライアンスを考えています。「AI-Contact」は四輪車だけでなく、飲食デリバリーの企業に導入していただいていることもあり、二輪車のデータも保有しています。このビッグデータをいろいろな業種に活用できるのではないかと。例えば、道路交通法違反が多いところを特定してインフラ整備に関わったり、走行データをもとに会社の人事評価や、保険の評価に関わったり。ただこうしたことは私たちだけでは難しいので、ほかの企業とアライアンスを組んでいければなと。こうした事業に対して関心高く熱意を持った方に来てほしいと思っています。

――2020年10月に融資支援なども行う「かながわSDGs」のパートナー企業に登録されました。事業を推進していくために今後は積極的に資金調達も行なっていくのでしょうか?

現在はあまり積極的には考えていません。株主さまの多くは、交通安全強化を応援してくださっている個人の方々で、VC(ベンチャーキャピタル)にも入っていません。これから人を増やしていくにあたって資金調達をしていくステータスにはありますが、我々は事業会社かCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)でできればと思っています。またIPOも、現在出資していただいている方々に対しての義務として考えています。資金調達の面でもそうですし、世の中の事故を削減するために、我々が引っ張っていく立場になっていかないといけないですし、社会的信用を得ていくためにもIPOすべきだと思っています。

――今後数年を見据えての目標は?

交通事故削減を目指していく中で、SGDsの3.6「2020年までに世界の道路交通死傷者を半減させる」というものがあり、2020年での達成はできなかったですけど、引き続きこの目標の一助になっていきたいと思っています。また、内閣府が新たに発表する第11次交通安全基本計画で目標達成のために我々もお役に立てればなと。

ドライブレコーダーが加速度的に普及したのは、導入率が15%に達してからでした。そこを出発点としてメディアでもたくさん取りあげられ、多くの方々が搭載するようになりました。我々が掲げる道路交通法遵守、そのためのサービスでもある「AI-Contact」の利用率も10年以内に15%まで伸ばせればと考えています。車の台数で言うと、国内車両8,200万台の15%ですので1,200万台、それが達成できれば、道路交通法遵守も徹底されていくと思います。