目次

  1. 要旨
  2. 感染拡大の中で増加するキャッシュレス決済
  3. キャッシュレス決済浸透の背後で進む、少額硬貨とATMの減少
  4. 今後は利便性の向上による利用者の拡大と繋ぎ止めが鍵に
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(画像=Nattakorn_Maneerat/Shutterstock.com)

要旨

  • 新型コロナウイルスへの感染防止を目的とした接触機会の減少を背景に、民間消費支出に占めるキャッシュレス決済の割合が増加している。
  • 感染拡大に伴う外出手控えが、EC(電子商取引)を拡大させ、その決済手段として最も利用されているクレジットカードの決済金額が大きく増加したものとみられる。
  • QRコード決済は民間消費支出に占める割合は1.1%と小さいが、事業者によるキャンペーン に加え、コロナ禍における非接触ニーズの高まりを受けて急速に浸透し、2年前と比較して10倍以上の決済額となっている。
  • 決済金額別にみると、これまで現金が大部分を占めていた少額決済の領域についても、キャッシュレス決済のウエイトが急速に高まっている。
  • コロナ禍においてキャッシュレス決済が浸透することで、少額硬貨の減少やATMの減少といった動きが勢いを強めている。
  • ポイント制度等の政策的な後押しやコロナ禍における現金忌避を背景としたキャッシュレス需要の増加は続かない。今後の更なる浸透のためには、利便性向上による利用者の拡大と繋ぎ止めが課題になる。

感染拡大の中で増加するキャッシュレス決済

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、民間消費支出に占めるキャッシュレス決済割合が増加している。日本国内におけるキャッシュレス比率は、主要国と比較して低い水準にあり、キャッシュレス決済の浸透が課題となっていたが、感染防止を目的とした接触機会の減少を背景に、キャッシュレス決済比率は29.7%(2019年:26.8%)と、2.9%pt上昇するなど、キャッシュレス決済の普及がみられた。2019年には経済産業省が実施したキャッシュレス・ポイント還元事業を背景にキャッシュレス決済比率が大きく上昇したが、2020年においてもキャッシュレス決済の浸透が進んでいる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

内訳をみると、クレジットカード決済が25.8%(2019年:24.0%)と、キャッシュレス決済比率の中で最も大きなウエイトを占めている。クレジットカード決済が増加した理由として、EC(電子商取引)の伸びが挙げられる。ECの市場規模はこれまでも拡大を続けてきたが、今般の感染拡大を受けた消費者の外出手控えを背景に、電子商取引は一層増加したものとみられる。家計消費状況調査をみると、インターネットを利用した支出は一回目の緊急事態宣言以降、前年比での伸び率が大きく上昇している(※1) 。通信利用動向調査によると、インターネットを使って商品を購入する際の決済手段(2019年)は「クレジットカード払い(代金引換時の利用を除く)」が75.7%と突出して高く、コロナ禍でのECの伸びがクレジットカード決済を増加させた可能性が高いことを示唆している。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

また、ウエイトこそ小さいもの、QRコード決済の急激な成長も注目される。民間消費支出に占めるQRコード決済の内訳は2020年では1.1%に過ぎないが、その普及速度は非常に早く、2年前と比較すると実に10倍以上にまで決済金額が増加している。この背景には、事業者による積極的なキャンペーンが打ち出されたことに加え、コロナ禍において非接触決済へのニーズが高まったことなどがある。ただし、若年層への普及は進んでいるものの、年代が上がるにつれて決済手段としてQRコード決済が利用されていない傾向がある。特に70歳以上の普及率は低く、伸びも他の年代と比較して鈍いものにとどまっており、今後の課題となっている。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

キャッシュレス決済浸透の背後で進む、少額硬貨とATMの減少

キャッシュレス決済が浸透する中、現金の決済手段としての存在感が弱まっている。キャッシュレス決済のウエイトが高まることで、現金の資金決済手段としての役割が徐々に衰退していく動きはこれまでもみられたが、コロナ禍の中で決済手段が現金からキャッシュレスへと変化する流れは急速に勢いを増している。特に、少額決済においてその動きが顕著である。金融広報中央委員会が公表する「家計の金融行動に関する世論調査」によると、1,000円以下の少額決済について、現金を主な決済手段として挙げる割合は約85%で推移していたが、2020年にはその割合が70.8%と急速に低下したことが示されている。コロナ禍の中で接触回避の動きが強まったことにより、これまで現金が大部分を占めていた少額決済の領域にまでキャッシュレスが浸透したものとみられる。1万円を超える高額決済については従前よりクレジットカードの比率が高く、そのウエイトも年々高まっていたが、コロナ禍の中でそのペースはより早まっている。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

キャッシュレス決済の浸透に伴い、現金決済のウエイトが低下していく中で、少額硬貨が減少する動きもみられている。1円硬貨や5円硬貨についてはこれまでも流通高の減少が続いていたが、コロナ後には10円硬貨や50円硬貨も減少に転じ、100円硬貨については増加幅が大きく鈍化している(※2) 。

また、ATMやCD(キャッシュディスペンサー)の設置台数も同様に2013年以降減少が続いていたが、足もとでは減少スピードが加速している。ATM・CDの減少要因には銀行のコスト削減やコンビニATMの増加など複数の要因が重なっており、その全てがキャッシュレス決済の浸透によって説明できるわけではないが、コロナ禍における接触を避ける動きが現金の利用機会を減らし、ATMやCD減少の流れに拍車をかけたものと考えられる。

『第一生命経済研究所』より引用
(画像=『第一生命経済研究所』より引用)

今後は利便性の向上による利用者の拡大と繋ぎ止めが鍵に

新型コロナウイルス感染拡大に伴う現金忌避や、キャッシュレス・ポイント還元事業やマイナポイントといった政府による後押しを受けて大きく上昇したキャッシュレス決済比率だが、2025年までにキャッシュレス決済比率を40%に高めるという政府目標までには依然として大きな距離がある。キャッシュレス決済の浸透は、現金取扱いコスト削減等による事業者の業務効率化や消費者の利便性向上のみならず、購買データの活用や将来のインバウンド需要取込みなど、多くのメリットがあることから、今後も一層の浸透が求められる。コロナが終息し、政府による支援が無くなった後においても、キャッシュレス決済が拡大・浸透していくためには、利便性の向上による利用者の拡大と繋ぎ止めが求められる。これまでは、キャッシュレス決済利用によるポイントの取得や感染予防のための現金授受を回避する動きからキャッシュレスが浸透してきたが、政策的な後押しが無くなった後については、利便性向上によってキャッシュレスの優位性を訴求し、更に顧客を拡大していく必要がある。特に、QRコード決済については、複数サービスが乱立しており、ユーザーが利用しにくい状況となっている。大手事業者がQRコード連携を行うなど、統合の動きは続いているものの、規格の統一を行うシンガポールなど海外と比較すると集約は進んでいない.上述のようにATMの減少や硬化流通高の減少がみられる中、いかにキャッシュレスを身近なものとして利用者に有効性を訴求できるかが今後の更なる浸透の鍵となるだろう。(提供:第一生命経済研究所


(※1) 2020年7~9月については、前年に生じた駆け込み需要の裏が出たことや、比較的落ち着いた感染状況の中で実店舗での購買機会が増加したことなどから、前年比の伸び率が縮小している。

(※2) なお、500円硬貨については紙幣同様に高い伸び率を維持している。これは、現金貯蓄としての用途で用いられているなど、キャッシュレス決済手段以外で用いられており、キャッシュレス化に伴う決済手段の減少の影響が少額硬貨と比較して軽微であったことが理由であると考えられる。


第一生命経済研究所 経済調査部
主任エコノミスト 小池 理人