ゲシュタルト心理学は、人間を取り巻く世界をバラバラなものとしてではなく、全体として捉える心理学である。今回は、ゲシュタルト心理学の基本的な説明と具体的な活用事例を紹介する。また、ゲシュタルト心理学を利用した心理療法による自己成長の進め方についても解説する。
目次
ゲシュタルト心理学とは?
「ゲシュタルト(Gestalt)」とは、ドイツ語で「形象」「良いかたち」または「豊かな全体性」を意味し、もの事を一部ではなく「全体」として捉える言葉である。
ゲシュタルト心理学は、心理学者であるマックス・ヴェルトハイマーが中心となって研究された。人間を取り巻く外部世界を、異なるものの寄せ集めとしてではなく全体として捉え、自身が意味のあるまとまった全体像であると認識する考え方である。
ゲシュタルト心理学は、カール・ロジャーズの傾聴に関連した『ロジャーズの三原則』や、アブラハム・マズローの『欲求段階説』と同じ「人間性心理学」に分類されている。
ゲシュタルト崩壊とは?
同じゲシュタルトを使った言葉で「ゲシュタルト崩壊」があるが、ゲシュタルトの「全体性」の法則から外れており、物事の全体像がイメージしにくい状態にあることを指す。
ゲシュタルト心理学の「プレグナンツの法則」の5つの要因
ゲシュタルト心理学は、一見すると法則性のないものの集まりを見た時に、人間が自らまとまった「グループ」として知覚してしまうという「プレグナンツの法則」が基本となっている。
ゲシュタルト心理学は、ものを目で見た時の知覚に関する法則ではあるが、記憶や思考などにも同じようなことが起こると考えられている。ここでは、群化・体制化とも呼ばれる「プレグナンツの法則」に関する5つの要因について解説する。
1.「接近(近接)」の要因
「接近(接近)」とは、近くにあるもの同士ほどまとまった一つとして知覚されるというものである。事例の図の場合は、2つの青丸の集合が3つあると知覚される。逆に、「BとC」や「DとE」など、距離が離れたもの同士は一つのグループと認識されない。現在頭にある記憶に関しても、近い期間に発生したことはまとまった経験として錯覚されやすい。
2.「類同」の要因
「類同」とは、形状や色などが同じもの同士をまとまった一つの集まりとして知覚することである。たとえ距離が近くとも、類同では黄色と青の物体を同じグループとは認識しない。図の事例の場合、「黄色丸」同士と「青丸」同士を同じまとまりとして知覚する。人間の感覚に置換すると、似たような経験に対しては、同じような行動や感情の動きがあったと判断しやすい。
3.「閉合」の要因
「閉合」とは、図形の線が閉じられておらず不完全な形状であるのにも関わらず、閉じた完全な形状をイメージして群化してしまうことである。図のように、全て点線で構成されている楕円と一部連結していない楕円を、同じグループとして知覚する。たとえば、「( )」や「< >」などの記号も、2つで一対のものだと認識されやすいという特徴がある。
4.「よい連続」の要因
「よい連続」とは、図のように、黒い波線と赤い直線が交差しているだけのものであっても、2つの線が繋がっていて一つの図形になっていると知覚してしまうことである。図の事例では2つの線が交差しているが、2つの線が離れている場合でも、繋がっていると認識することがある。
5.「共通運命」の要因
「共通運命」とは、同じ方向に動いているものは、多少形状が異なっているとしても、同じものであると知覚することである。たとえ静止したものであっても、矢印が同じ方向を向いている図形など、同一方向への動きと認識できるものは、同じグループとして知覚する。共通運命は、近接や類同よりも強く認識される。
ゲシュタルト心理学の活用事例
ゲシュタルト心理学は、イラストやアプリケーションなどの見た目の印象が重要視されるデザインや、ボタン操作ミスが許されないような装置などに意識的に活用されている。
近接(接近)の活用事例
- クーラーのリモコンの「温度設定」の上下ボタンを近接させて並べる
- プレゼンテーションでデータを表示する際に、関連度の高い数値を近くにまとめる
類同の活用事例
- 製造ラインの制御盤で緊急停止ボタンは全て「赤色の丸形状」に統一する
- プロジェクト企画書の中で特に注目して欲しいポイントを「赤太字」に統一する
閉合の活用事例
- ロゴデザインに幾何学模様を入れる際に、全てを線で結ばないことで、柔らかい印象を与える
- 操作ボタンを「□(四角)」の中にまとめることで、そのボタンの制御対象が同じであるように認識させる
共通運命の活用事例
- パソコンで使用するアプリケーションの「プルダウンメニュー」に使用するマークを全て「↓」にして、ウィンドウの表示方向を推測させる
- Webブラウザの戻るボタンを「←」にし、進むボタンを「→」にする
ゲシュタルト心理学の心理療法への活用
ゲシュタルト心理学は、ものをグループ化して「全体」として捉えることを利用した心理学である。この考えを心理カウンセリング療法に活用したものが「ゲシュタルト療法」だ。これは、精神科医のフレデリック・パールズらが提唱したもので、「言葉にしがたい身体感覚(フェルト・センス)」に焦点を当ててカウンセリングを行う「フォーカシング」を提唱した、ユージン・ジェンドリンの影響を受けている。
対人カウンセリング手法にはさまざまなものがあるが、ゲシュタルト療法は、病気などの治療目的というよりもクライエント(相談者)の「気づき」による自己成長を目的としている。
「今、ここ」の自分に焦点をあてて「気づき」を促す
ゲシュタルト療法は、「未完結」の問題や悩みに対して、その場で再体験を促しながら「今・ここ」で、以下の点に着目して自分に意識を向けてもらう。
- 今話している自分が何を考えているか
- 今何を感じているか
- 今自分がどういった行動をしているか
その際に、カウンセラーは精神分析や解釈といったものは行わない。
記憶などの無形のものに対しても、「プレグナンツの法則」の近接や類同などが働くため、未完結の問題に目を向ける際にも、別々の経験にもかかわらずひとまとめに判断してしまう。その結果、当時動いた感情などが混じり合ってしまい、怒りや悩みが生じた根本の原因が把握しにくいという事態に陥り、問題の本質を見失ってしまう。
そのため、ゲシュタルト療法では、過去の自分とは切り離して、怒りや悲しみといった感情「今・ここの自分」が感じていることに集中する。そうすることで、感情の動きの本質的な要因に自らが「気づき(アウェアネス)」を得る。そして、未解決な問題から離れて将来を見据えることで、精神と身体を「統合(ゲシュタルト=全体として捉える)」して自己成長に活かしていく。
ゲシュタルト療法で重要な「気づき」とは? 3つの自覚領域に着目
ゲシュタルト療法を行い、自らの「気づき」によって成長するためには、「気づき」のメカニズムを理解しなければならない。「気づき」には3つの自覚領域があるとされ、これらに着目することで、気づきを得るきっかけが得られる。
(1)内部領域
「身体と精神」が実際に感じている気づきである。
乾燥した部屋に長時間滞在すれば喉が乾く、夏の夜の部屋は暑くて寝苦しく感じるなど、身体の変化に気づく。身体と精神は連動しているため、精神的なストレスを感じる状況下では、頭や胃が痛くなることもある。逆に、冬に薄着で外出して肉体的な寒さに震えている時は、精神的にリラックスはできないだろう。身体に起こっている変化は、気づきの入口として重要な要素なのである。
(2)中間領域
「思考」による気づきである。これまでの自身の経験や知見などによって、状況を分析して判断する。過去の出来事を思い出したり、将来の自分について想像したりすることよって気づきを得る。たとえば、「身体が重たい」ならば、過去の自身の経験から風邪や疲労の蓄積ではないかと考えて、改善のためにとるべき行動という「気づき」を得られる。
(3)外部領域
「現実世界」とも言い換えられる領域であり、自らの五感を通して体感することで気づきを得る。
たとえば、夏に「身体が熱い」と感じた時に「クーラーが動いているシーン」を想像しても体感温度は下がらない。その場合は、実際にクーラーのスイッチを入れて冷風を浴びなければ、涼しくなったと感じないのである。
エンプティーチェアーによる自己対話療法
ゲシュタルト療法を用いて、経営者や社員が自らの悩みや課題に向き合う際には、「エンプティーチェアー(空の椅子)」という方法を用いるとよい。
自らが座る椅子の対面に誰も座っていない椅子を置き、自分の「今、ここ」での気づきを、空の椅子に誰かが座っていると想定して対話を行う。自分一人では感情を表に出せない人でも、空想の相手に実際に言葉に出して話すことで自身を見つめ直し、そこから「気づき」を得て自己成長を促すことができる。
ゲシュタルト心理学の考え方を人材育成に活用
ゲシュタルト心理学は、目で見たものをグループとして捉える「プレグナンツの法則」が基本となっており、ロゴなどのイラストや装置の操作ミス防止などを意識したデザインなどにも活用されている。プレグナンツの法則については5つの要因を解説したが、他にも「面積」や「対称性」など10個の法則があるとされている。
事業の目標達成に向けて働く中で、経営者自身はもちろん、社員も「未解決な問題」に直面することがあり、自己成長のためには、それらの未解決な悩みと向き合う必要がある。
ゲシュタルト心理学を利用したゲシュタルト療法は「今、ここ」に着目することで、「気づき」を得て自己成長の糧にできる。エンプティーチェアーのような自己対話を活用することで、定期的に「今、ここ」と向き合うことを意識して欲しい。
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)