人手不足で採用難な上に、部下が育たない――そんな悩みを抱える企業オーナーも多いのではないでしょうか。実はこれらの悩みの解決策の根っこは一緒です。
つまり、教育が制度として組織に定着し、正しく評価されれば部下は育ち、会社の売上は上がり、ひいては「いい採用」につながる。少子化でますます労働人口が減少していく日本国内において、離職を防ぎつつメンバーを成長させるには「教育」と「評価」の一連の仕組み化が鍵を握っています。
全3回の当連載記事では、マクドナルドの育成部門「ハンバーガー大学」で学長を、「ユニクロの育成部門「ユニクロ大学」で部長を務めた有本均氏に話を伺います。
有本氏は現在、グローイング・アカデミーという法人向け人材育成のサービスを中心に展開する株式会社ホスピタリティ&グローイング・ジャパン(以下、H&G)の代表です。
マクドナルドとユニクロ、ともにサービス業を代表する企業で人材育成部門において「仕組み」を作ってきた経験から導かれた彼の人材育成メソッドとはいったいどのようなものでしょうか。
連載第2回目は、マクドナルドとユニクロでの経験を元に有本氏が編み出した人材育成術「グローイング・サイクル」の考え方の概要について伺いました。
(執筆:山岸裕一、編集構成:上杉桃子)※本インタビューは2021年5月に実施
2003年、株式会社ファーストリテイリングの柳井正会長(当時)に招かれ、社員教育機関「ユニクロ大学」部長に就任。社員・アルバイト教育の基礎を創った。その後、株式会社バーガーキング・ジャパンの代表取締役など外食・サービス業の代表、役員を歴任。2012年、ホスピタリティ&グローイングジャパンを設立
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マクドナルドとユニクロに共通する他社との圧倒的違いが「要求する」
――日本中で今、深刻な人手不足が課題になっています。その課題解決の1つに「人が辞めない会社にする方法」が挙げられるかと思います。具体的な人材育成術の基本の考え方から教えてください。
当然かもしれませんが、ざっくり言うと「人を大切にする」ということです。これは、前回お話したマクドナルドの基本的な教えでもありました。「人を大切にする文化」を常に創ろうとしていました。
というのも、マクドナルドは世界中で展開していますから、さまざまな人種やバックボーンを持った方々が在籍していて、いわば多様性の塊なんです。そのため、一人ひとりの違いを認めながら、メンバーが持つ力を最大限発揮してもらい、一生懸命取り組んでもらう必要がある。その考えがビジネスの根底にあるし、崩れればマクドナルドの事業は成立しないのです。
――人を大切にする組織にする際の具体的な方法は?
重要なのは「労働環境」「教育」「評価(制度)」の3本柱です。この3本をどう充実させていくかを考えて、会社内に浸透させていけば「人が辞めない会社」に近づいていきます。
3本柱を重点的に強化することで「採用」にも間違いなくいい影響が出てくる。求人で人が集まりやすくなり、より選ばれる会社になっていきます。
現在の人手不足の時代では、最も大事なのは会社自体が選んでもらうことです。選ばれるためには、労働環境と教育と評価を充実させていく。全てはつながっています。
――3本柱の改革に着手する際、まずどこから始めるのがいいのでしょうか。
当社の人材育成のコンセプト「グローイング・サイクル」が役に立ちます。「人を大切にする企業文化」を育む前提のもとに、4つの項目
1、基準を示す
2、教える
3、要求する
4、評価する
を途切れることなく回していくことが大切だと私たちは考えています。自社の基準を示し、その通りにできるよう教え、実践を要求し、結果を正しく評価する。「人が育たない」と幹部が嘆いているような企業は、一見当然に見えるこのサイクルがどこかで途切れてしまっているケースが多いのです。
グローイング・サイクルの考えを頭に入れた上で、私たちが企業コンサルタントを行う際はまずその企業の現状分析から始めます。基準を示す、教える、要求する、評価するーーこれら一つひとつに対して、今の時点でちゃんとできているのかどうかを分析するのです。
どの企業も、全てを、しかもしっかり回せていることはまずありません。また、この一連の基本的な考え方は、教育のみならず、労働環境についても当てはめて見ていく必要があります。
――労働環境の場合、具体的には?
これも当然ですが、労働時間や残業時間などがコンプライアンス、法律に基づいて事業が運営されているのかどうかを見ることです。
労働環境に関しては労働基準法などの法律があるので、法律自体がマニュアルのようなもの。法を守り、法の範囲内で事業運営がなされていることは絶対です。今後はより一層コンプライアンス意識が高まり、どの企業も取り組まざるを得なくなるでしょう。
一方、3本柱のうちの「労働環境」以外、「教育」や「評価」は、コミュニケーションそのものに関する部分です。これ自体には改善に取り組まなくても法律で罰せられるわけではなく、また、緊急性が低いので、どの企業も後回しにしてしまう。極論、教育と評価はなくても商売としては回り、売上も立つ。そうやってどんどん後回しになっていく。
仮に課題感に気づいていても、教育と評価制度の改革にはお金と気合と根性が必要なので、優先度を下げてしまう。しかしこの状態を放置していては決して「人が辞めない会社」にはなりません。現場の力だけでは難しく、経営層が改革に向けて動かないことにはどうしようもないんですね。
――ところでグローイング・サイクルはどのように編み出したのでしょうか?
H&Gを起ち上げた後に自著『どんな人でも一流に育つしくみ』を出版ました。その際に、もっと自分の考えをシンプルに分かり易くしたい、H&Gのビジネスのベースとなる考えをしっかり作りたいと考えたことが発端です。
それで、マクドナルドとユニクロでの私の経験を改めて洗い出したら、重要なことが4つの項目に分かれることに気づいた。『どんな人でも〜』の時点では、元々3つだけだったんです。
そこへ新たに増えた要素が「要求する」で、要求することがマクドナルドとユニクロに共通していた強みだと気づいたんです。これこそが他社との圧倒的な違いなんです。
教育の成果をマネージャー自身の評価に反映させる「要求する」
――「要求する」とは具体的にはどのようなことでしょうか?
要求する、とは会社側、マネジメントする側から見た言葉です。グローイング・サイクルの2、教える はマネージャーが部下やメンバーに対して「教えたことはちゃんとやってよ」ってことなんですね。これが「要求する」です。
一見すると当たり前のようですが実はこれ、ほとんどの会社がやれていません。だから、教えたつもりだけどメンバーが成長しない。教えた考え方やスキル、習慣などがメンバーの身に着いているのかどうかをマネージャーがあと追いしていない。または身についていない状態を部下のせいにする。
グローイング・サイクルは全て上司側、マネジメント側の目線なのです。つまり「教えたのにメンバー・部下がやってくれない」のは、グローイング・サイクルでは会社、マネジメント側の責任だと言っているんです。それはそうです。メンバーを放っておけば、教えられたからというだけでは誰もやりません。そもそも新しいことを取り入れるのはめんどくさいことですから。だから、定着するまでマネージャーがフォローしましょうね、というのが3、要求する です。
マクドナルドやユニクロはこれができている。サービス業以外の一般企業にも当てはまります。これができていなければ企業内の教育体制として不十分で、構造変革に成功したとは言えません。
――「要求する」を組織に組み込んでいく際のポイントはありますか?
「要求する」を店長や部長クラスなどのマネジメント層のミッションにする必要があります。「教えっぱなしでは人はやらない」との前提に立ち、サポートやフォローをする。「要求することをマネジメント層のミッションにする」とはすなわち、マネジメント層がミッションを要求されていることと同義です。その結果がマネージャーとしての評価にも関わってくる。これが仕組み化です。教育と評価の仕組みを組み込む。やってもやらなくてもいいことは、やらない人のほうが圧倒的に多い。そうならないためには、マネジメント層自身の教育も必要で、その結果を評価することを仕組みの中に入れることが大きなポイントになります。
――グローイング・サイクルはマネジメント層に対しても必要なんですね。ありがとうございました。次回の最終回第3回は、グローイング・サイクルを運用するコツや、評価者の教育の重要性などを伺います。