世界各国が「CO2(二酸化炭素)排出ゼロ」の実現を目指し取り組む中、実際には国際企業による石油や天然ガス、LNG(液化天然ガス)などへの投資が加速しているという。その背景には、したたかな世界のエネルギー戦略が見え隠れする。脱炭素への取り組みで主要国に出遅れた日本は、どのように関わっていくべきなのか。
脱炭素社会に向けた世界の動き
「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」日本、韓国、米国、欧州連合(EU)が掲げる気候変動対策のスローガンだ。中国は2060年までのカーボンニュートラル(植物や再生可能エネルギーの導入によりCO2排出量を相殺する気候中立)達成を目標にしている。世界最大の天然ガス輸出国、そして世界第二の石油輸出国であるロシアも、2030年までに排出量を1990年より30%削減を目指す。
世界的な脱炭素社会への流れを受け、企業間でもCO2排出量の削減や再生エネルギーへの投資、クリーンエネルギーへの移行をESG戦略に組み込む企業が増えている。英BPや英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル、仏トタルといった、石油大手も例外ではない。
いずれの企業も2050年までのCO2排出ゼロという目標達成に向け、段階的に100%クリーンエネルギーへ移行する戦略を打ち出している。米大手であるエクソンモービルやシェブロンも控えめではあるが、気候温暖化汚染を減らすという目標を発表した。
自然エネルギー社会の「裏側」
しかし、「近い将来、世界から石油やガスが消える!」と考えるのは性急だ。脱炭素社会実現に向けた動きが高まっている反面、欧州やロシアの石油大手間では、石油やガス開発の継続や大型投資が相次いでいるのだ。
たとえば、ロイヤル・ダッチ・シェルは自然エネルギーへの移行を加速させると同時に、今後数年にわたりガス事業を20%以上拡大する意向を明らかにしている。また、2021年5月にオランダ・ハーグ裁判所が同社に対し、CO2排出量を2030年までに2019年比で45%削減するように命じた判決を巡り、上訴する構えだ。
一方、ロシアの国営石油大手ロスネフチは、2020年12月に北極海のタイミル半島にある巨大な油田の権利を購入した。情報筋がロイターに語ったところによると、この油田の埋蔵量は推定73億3,000万バレルと予想されている。世界最大規模の石油鉱床開発を支援する意図で、出資してくれる企業を物色中だという。
トタルは引き続き石油とガスの生産に焦点を当て、そのキャッシュでLNGおよび電力事業の成長に投資する戦略を打ち出している。
大手が石油・ガス開発をやめない理由
このような動きから、石油大手による「クリーンエネルギーと化石燃料の共存戦略」が伺える。矛盾が生じる理由は、主に二つ指摘されている。
一つ目は、「CO2排出量ゼロ=化石燃料ゼロではない」という本質的な問題だ。これらの企業の「ネットゼロの野心」はカーボンニュートラルを軸としており、たとえば「今後10年以内に石油・ガス生産量を削減する」などとは宣言していない。
また、石油からの排出の大部分は自動車や飛行機により燃焼された燃料から発生するが、ほとんどの石油大手のネットゼロ誓約は石油・ガスの生産、精製、処理で発生するCO2にのみ適用される。
二つ目は、「自然エネルギー分野で中国に覇権を握られる」という焦燥感だ。スマホからEV(電気自動車)、住宅などでも使用されている蓄電池は、再生可能エネルギーの需要が増えるにつれ、注目が高まっている分野だ。
そしてこの分野において、原料・技術・生産能力などさまざまな点で世界をリードしているのが中国である。世界の蓄電池市場が拡大すれば、中国が市場を支配する可能性は十分に考えられる。他国でこれを阻止する動きが高まるのは、当然のことだろう。石油大手は対応策として、天然ガスから水素やアンモニアを作るための、よりクリーンで効率的、かつ低コストの製造法を模索している。
今後、石油価格が上昇する?
一方、急速にクリーンエネルギーへの移行が進み石油不足が生じた場合、石油価格が急上昇する可能性も指摘されている。
ロスネフチのイーゴリ・セーチンCEOは2021年6月に開催されたサンクトペテルブルク国際経済フォーラムで、「世界のエネルギーミックスにおけるシェアが低下しているのに対し、石油消費量は増加し続ける」と予測した。そして断言したのは、「これから石油の価格は上がる」ということだった。
「石油とガスの深刻な赤字のリスク」に直面しており、「世界は石油を消費し続けているにも関わらず、それに投資する準備は整っていない」とも述べた。
さらに、「重要なのは石油そのものを拒否することではなく、環境に悪影響を及ぼすプロジェクトからの原油を拒否することだ」と、急激なクリーンエネルギーへの移行に警鐘を鳴らしている。
日本にも「したたかさ」が必要?
日本においても、省エネルギーの促進や再生可能エネルギーへの移行が加速している。しかし、やみくもに従来の化石燃料依存の廃止を目指すだけでは、需要と供給のバランスが崩れ、逆に世界から取り残されてしまうかもしれない。
このようなリスクを回避するためにも、世界の動向を注視し、かつ自国の資源やエネルギー環境を十分に踏まえた上で、独自の脱炭素戦略を講じるべきだろう。SDGsやESGが経営戦略として重視されている今、企業にとっても意識すべき重要課題である。
文・アレン琴子(オランダ在住のフリーライター)