パワハラなどのハラスメント行為は、社員の退職やメンタル不調の原因となっている。そんな中、部下が上司に対して行う「逆パワハラ」も発生している。今回は、パワハラの発生状況や逆パワハラの定義、逆パワハラを防ぐために経営者が取り組むべきことについて解説する。
目次
パワハラと逆パワハラの定義とは?
パワーハラスメント(以下、「パワハラ」)とは、職場におけるハラスメント行為のひとつである。都道府県労働局などへの職場の問題に関する相談項目の調査によると、2009年以降パワハラは増加傾向にあり、2018年には相談件数が8万件を超えている。
また、2022年4月1日からは「パワハラ防止措置」が義務付けられ、中小企業であってもパワハラの発生を防ぐための社内の環境整備が必要となる。
ここでは、パワハラと逆パワハラの定義について解説する。
パワハラの定義
パワハラは、具体的に該当する言動が定められているわけではなく、以下の「3要素」や「6類型」類型を参考にしてそれぞれの事案ごとに該当判断する。
・パワハラの3要素
職場で発生したハラスメント行為がパワハラに該当するか否かは、以下の3要素の全てを満たしているかどうかが判断材料となっている。
(1)優越的な関係を背景とした言動
(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動
(3)労働者の就業環境が害される
つまり、業務を行う上で適切な指導や発言であれば、パワハラには該当しない。
・パワハラの「6つの類型」
パワハラに該当するか否かの判断においては、以下の「6つの類型」が典型例として用いられる。
(1)身体的な攻撃:社員を叩く、物をぶつけるなどの行為
(2)精神的な攻撃:人格否定的な発言や長時間の人前での叱責など
(3)人間関係からの切り離し:社員を無視する、個室に隔離するなどの行為
(4)過大な要求:教育なしにレベルの高過ぎる仕事を任せるなどの行為
(5)過小な要求:仕事を与えない、レベルの低すぎる仕事を任せるなどの行為
(6)個の侵害:社員の私物を調べるなどプライバシーを侵害するような行為
職場で発生するパワハラは、これらのいずれかに該当することが多いが、事案によってパワハラ認定の判断は異なるためあくまで参考として欲しい。
逆パワハラの定義
逆パワハラは、部下が上司に対して行うパワハラ行為のことである。
パワハラの3要素には「(1)優越的な関係を背景とした言動」があるが、「優越的な関係」は、必ずしも上司と部下という役職上の地位だけを指すものではない。部下から上司への言動や行為の中で、以下のようなものはパワハラに該当することがある。
・豊富な経験や人脈がある部下が上司の発言や要望を一方的に否定し続けるなどの行為
・集団で上司が抵抗や拒絶することが難しい発言や要求を行う行為
逆パワハラが起きてしまう3つの原因
逆パワハラは、部下からの攻撃的な言動だけでなく、集団での無視行為などさまざまなものがある。それでは、逆パワハラはどうして起ってしまうのだろうか。
【1】部下への負担が大きい職場環境
逆パワハラは、部下の直接的な上司への不満はもちろん、職場環境への不満から発生することがある。
上司が部下の業務量をうまくコントロールできていないなど、部下のマネジメントを上手くできていなければ、部下は軽んじられていると感じて不満を募らせてしまうだろう。
また、普段のコミュニケーションが少なく、社員が上司と直接関係ない業務などで不満を蓄積していることに気づかなければ、ケアが遅れて上司に対するパワハラに発展してしまう恐れがある。
【2】上司と部下の間に能力や年齢の差がある
部下の方が上司よりも年齢が高かったり、所属部署での業務経験などが豊富だったりする場合にも、逆パワハラ発生の原因となることがある。
たとえば、マネジメント業務が多い上司の方が最新技術に疎い場合は、経験やスキルが豊富な部下に実務を頼らざるを得ないが、部下は知識がない上司を軽んじてしまうことがある。
また、部下の年齢が高い場合は上司が指示を遠慮することがあり、部下が年下の上司を軽んじた言動を取ってしまう恐れがある。
【3】逆パワハラについて社員が認知していない
パワハラの3要素である「優越的な関係」について、社員は「上司と部下」などの職位による立場の差と考えている場合が多く、「パワハラは上司や先輩が部下や後輩に行うもの」と思い込んでいることも少なくない。
また、パワハラに該当する具体的な言動や行為が明確ではないため、個々人でパワハラに該当する行為の考え方もさまざまである。そのため、意図せずに逆パワハラになるような言動を取ってしまうこともある。
部下からのパワハラの具体例
パワハラには「三要素」などの定義があるが該当判断は事案ごとに行われるため、逆パワハラと明確に指摘される基準はない。しかし、部下が行う以下のような行為は逆パワハラに該当する可能性がある。
・部下同士が示し合わせて上司を無視する
・上司の指示を無視して部下が独自の対応をし続ける
・パソコンやITシステムに疎い上司を無能扱いする
・直属の上司を無視して他の上司の指示を優先する
・上司の誹謗中傷を他の社員や人事担当などに伝える
部下からのパワハラの対策方法
社内で部下による逆パワハラが発生した場合には、経営者として原因究明や再発防止のための社内環境の整備が必要となる。ここでは、逆パワハラが発生した場合の具体的な対処方法と予防方法について解説する。
なお、逆パワハラも含むパワーハラスメントの対策方法については、厚労省の「あかるい職場応援団」のサイトでマニュアルなどが発行されている。是非、参考にして欲しい。
逆パワハラが発生した場合の対処法
1.パワハラ当事者への事情聴取
逆パワハラが発生した場合は、行為者である部下と被害者である上司の双方から、秘密厳守の上で事情聴取を行う必要がある。
双方の発言に対して偏った見方をせずに、公平な判断が必要である。加害者側は、自らがパワハラを行っている認識がないこともあるため、被害者に対して行った言動を注意深く確認し、動機があれば聞き出さなければならない。
被害者に対しては、発言を躊躇する可能性もあるため何度かヒアリングが必要になる恐れもある。また、客観的な証拠や第三者による目撃などがないか、確認を行う。
2.逆パワハラの当事者の措置
労働協約や労使協定、就業規則やなどの社内ルールに則った上で、逆パワハラを行った社員の懲戒処分や配置換えなどの処分を行う。
その後、逆パワハラの当事者間の関係改善のフォローや、被害者のメンタルヘルスケアなどに配慮する。
3.逆パワハラの再発防止
逆パワハラの発生原因を当事者への事業聴取などによって突き止め、再発防止しなければならない。逆パワハラの再発防止のために、厳しい行動規制を設けることは望ましくない。社員にパワハラ行為への認識を深めてもらい、行動目標を個々人に設定してもらおう。
そのためには、社内教育などでパワハラ事例を共有し、発生した原因について社員同士でなぜなぜ分析を行ってもらい、対策方法まで考える場を設けるのも効果的である。
逆パワハラの予防方法
社内での逆パワハラ発生を予防するためには、大きく2つの対応が必要となる。
1.上司のマネジメント能力の向上
管理職などの上司は、実務よりも社員に的確に業務を割り振って、組織としての成果を上げるマネジメント力が求められる。たとえ部下の方が実務能力に優れて強い立場であったり、年齢が高かったりする場合でも、上司は部下とコミュニケーションを取りながらマネジメントしなければならない。
そのため、上司が部下の能力を的確に認識し、部下に合わせたコミュニケーションを取れるように、育成する必要がある。
2.社内環境の整備
逆パワハラが発生しない職場にするためには、再発防止の際に述べたように「パワハラに対する認識」を社員全員が共有しなければならない。定期的にハラスメントに関する教育を行うなど、研修制度を整える必要がある。
また、上司が逆パワハラと疑われる行為に見舞われている際に相談ができるような「パワハラ相談窓口」の設置は必須だ。
逆パワハラが発生した場合には、社内の規律を守ために、該当社員に対する処罰も必要になる。就業規則はもちろん、労働協約や労使協定にパワハラに関する項目を盛り込むことも重要だ。
逆パワハラの裁判例
部下から上司への逆パワハラに関しては、有名な裁判事例がある。それが、逆パワハラの被害者が自殺にいたってしまった「渋谷労基署長事件」である。
この事件の時系列の流れは、以下のようになっている。
- X社の社員食堂の店長Aの推薦によりBがX社に入社
- Bが、店長Aを中傷するビラをX社に送付
- 店長Aはビラの内容と事実関係はなかったものの店長職を解任
- Bが、Aを中傷するビラをX社の親会社のY社に送付
- X社は、Y社との関係もありAを配置転換
- Aはうつ病を発症し自殺
- Aの遺族が労災申請を行ったが、渋谷労基署長が不支給決定したため遺族が提訴
判決は、Bが行ったAに対する行為がうつ病発症の原因と認められ、渋谷労基署長の不支給決定処分は取り消された。上司に関する中傷ビラを送付するという特殊な事例ではあるが、逆パワハラは上司を追い詰めるハラスメント行為であることが分かる。
逆パワハラを防ぐために社内での認識を深めよう
逆パワハラは、上司と部下の力関係によって生じることが多く、部下は自身の行動がパワハラに該当すると思っていないこともある。逆パワハラを防ぐためには、社内でのパワハラに対する共通認識を深めるために、事例を交えた研修などを行うことが効果的である。
逆パワハラをはじめとしたハラスメントに対しての法改正は、定期的に行われている。経営者が果たすべき義務を蔑ろにしないためにも、法改正に注視して社内共有を怠らないようにしよう。
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)