経営者が、その思想や行動方針を社内外に示すものとして「社是」がある。社是は、経営方針を端的に示した言葉でもある。今回は、会社が大切にしている想いのひとつ「社是」について、社訓などの言葉との違いや具体的な社是の事例について紹介し、社是を作成する際のポイントについて解説する。
目次
社是を理解しよう
社是とは?
「社是」という言葉の「社」には「会社」という意味が、「是」という言葉には「道理にかなっている、正しい」という意味がある。すなわち、「社是」とは、会社の正しい在り方を示す「経営上の方針・主張」であり、それを言葉にしたものだ。
社是と社訓の違いは?
「社是」と似た言葉に「社訓」がある。「社訓」とは、従業員が会社で働く上で守るべき会社の理念や心構えなど、基本的な行動指針を示したものだ。
社是と社訓の大きな違いは、示すべき対象が異なる点だ。社訓は従業員などの内部に向けて示す教訓なのに対し、会社の経営方針を示している社是は、外部に対しても示していくものである。
社是と経営理念の違いは?
「経営理念」とは、企業の経営や活動における基本的な価値観や精神、信念、考え方、企業の存在意義などを示している。どのような目的を持ってその企業を経営しているのか、何のために経営しているのかなど、経営者の考え方を表現しているものだ。
社是、社訓、経営理念をまとめると次の表のようになる。
社是の具体的な4つの事例
「社是」を掲げている企業が「経営理念」などをどのように記載しているかを知ることで、よりイメージが具体化でき理解が深まると考えられる。実際には、「経営理念」や「社訓」などと区別していないような例もあるが、あえて一緒に取り上げて紹介する。
社是の事例1:ライオン㈱
①社是
わが社は、「愛の精神の実践」を経営の基本とし、人々の幸福と生活の向上に寄与する。
②経営理念
- われわれは、人の力、技術の力、マーケティングの力を結集して、日々の暮らしに役立つ優良製品を提供する。
- われわれは、創業以来の伝統である「挑戦と創造の心」を大切にし、事業の永続的発展に努める。
- われわれは、企業を支えるすべての人々に深く感謝し、誠意と相互の信頼をもって共栄をはかる。
【参考URL】ライオン㈱HP:https://www.lion.co.jp/ja/company/management.php
社是の事例2:㈱セブン&アイ・ホールディングス
①社是
「私たちは、お客様に信頼される、誠実な企業でありたい。私たちは、取引先、株主、地域社会に信頼される、誠実な企業でありたい。私たちは、社員に信頼される、誠実な企業でありたい。」
②企業行動指針基本方針
- 安心で高品質な商品・サービスの提供
- 公正で透明な取引の確保
- 地域社会・国際社会との連携
- 人権の尊重
- 多様性の尊重と働きがいの向上
- 会社の資産や情報の保全
- 持続可能な社会実現への貢献
- ステークホルダーとの対話
- 社会課題への取り組み
【参考URL】㈱セブン&アイ・ホールディングス:
https://www.7andi.com/library/dbps_data/template/_res/csr/pdf/2008_01.pdf
社是の事例3:キユーピー㈱
①社是
“楽行偕悦”
②経営の基本方針
キユーピークループは、人が生きていく上で欠かすことのできない食の分野を受け持つ企業集団として、「おいしさ・やさしさ・ユニークさ」をもって、世界の人々の食生活と健康に貢献し続けることを使命としています。今後もグループの理念を大切に共有し、創業以来受けついできた品質第一主義を貫くとともに、“キユーピーグループならでは”のこだわりある商品とサービスを、心を込めてお届けすることを全ての役員および従業員が実践していきます。
③社訓
道義を重んずること
創意工夫に努めること
親を大切にすること
【参考URL】キユーピー㈱:https://www.kewpie.com/company/philosophy/
社是の事例4:京セラ㈱
①社是
“敬天愛人”
②経営理念
全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献すること。
【参考URL】京セラ㈱:https://www.kyocera.co.jp/company/philosophy/index.html
社是の具体的な事例には、独自の四字熟語を示すなどさまざまなスタイルがあるが、経営者の「言霊」ともいうべき哲学や信念を感じられるのではないだろうか。
社是を掲げる際に押さえるべき5つのポイント
ここでは、社是を定めたい経営者にとって参考になる、5つのポイントを紹介する。
1.経営方針の最重要キーワードをコンパクトにまとめるべし
社是は、その会社の主義主張を内外に示す重要なものである。そのため、会社にとって欠かすことのできない想いを反映させる必要があるが、社内外にその想いを伝えるためにも、シンプルな表現で端的にまとめることが重要だ。
また、シンプルが故に、時代が変わっても不偏なものとして承継されていくことにつながるであろう。
2.組織に浸透させる仕組みを作るべし
経営者の伝えたい思いを、社是として社内外へ浸透させるためにも、会社が目指す方向性をあらかじめ明確にする必要がある。その際には、ドラッガーの5つの質問の利用をお勧めする。
次の項目について自問自答することで、ヒントとなるキーワードが見えてくるであろう。
- 我々のミッションは何か?
- 我々の顧客は誰か?
- 顧客にとっての価値は何か?
- 我々にとっての成果は何か?
- 我々の計画は何か?
頭の中で考えるだけでなく、文字にして書き出すことでさらに考えが深まり、少し時間をおいて見直すことで新たな発見も得られることがある。
可能ならば、「社是」の創作プロセスを社内のメンバーと共有してみてもいいだろう。経営者たる自身が「社是」を創作し、伝えたほうが体裁はよいかもしれないが、大事なことは「社是」として社内外に浸透させていくことである。
社是は、“誰か”が言った“言葉”ではなく、会社に所属する“我々”が常日頃から重要であると考える“想い”である。
参考事例でも「社是」や「経営理念」には、“我々”や“私たち”という言葉が使われている。これは、他人事ではなく、自分事と捉えた上で自分の想いとして欲しいという経営者の想いがあるからに他ならない。
社是で伝える内容が経営者の自己満足だけで終わらないように、社是の構築に社員が参加できる環境を創ってみてはいかがだろうか。
3.見えるところに掲げるべし
「社是」を定めた後は、できるだけ社内外の関係者の目に留まるところに掲載する必要がある。
会社のエントランスなど、来社した人の目に止まる場所はもちろん、自社のウェブサイトに掲載することで不特定多数の人々に広くその想いを伝えることができる。社是を新入社員の研修材料として利用することもよいだろうし、少し昔風ではあるが、朝礼や会議の冒頭などに「社是」を唱和するなども有効な手段だ。
重要なのは広く浸透させることであるし、何よりも経営者自身が「社是」に込められた想いを普段の業務で伝え続けるということであろう。くれぐれも、社是として掲げていることと、会社としての行動が異なるという“羊頭狗肉”になることは避けたいところである。
4.外部の社外関係者にも広く伝えるべし
「社是」を伝えるべき対象は、社内関係者に限ったことではない。もちろん、社内に浸透させて組織風土となることで外部に漏れ伝わることもあるだろう。しかし、重要なのは自ら社外関係者にも社是を発信することで、会社の存在意義や大切にしていることを伝えることである。
ある銀行担当者が、「融資を行う際に重視していることは、財務数値だけではなく、経営者の人柄を確認すること」と言っていたことを今でもよく覚えている。融資という取引を行うに値する信頼関係が構築できるか否かの確認が、経営者の人柄判断まで及んでいるのである。
「財務数値だけでは足りないのか?」と思う経営者もいるかもしれないが、もし、経営者が信頼に値しない人物ならば財務数値自体も信用が置けず、結果として信頼関係が構築できない。そのため、「経営者の人柄まで見る必要がある」と、その担当者は教えてくれた。
取引の基本は信頼関係であり、「社是」には経営者の思いが込められているため、信頼関係の構築にも関わってくる。経営者に会わなくとも、従業員や組織風土に触れることで経営者への信頼感が増すこともあるだろうし、「社是」を通して経営者の人柄すらも見えるのである。
5.必要に応じて見直すべし
創業者が作成した「社是」に手を入れるのはなかなかハードルが高いかもしれない。しかし。刷新するのではなく、その時代にあわせるために「社是」の解釈の範囲を広げ、経営理念を拡充することも、「社是の見直し」ということである。
会社を取り巻く環境変化が著しい時代であっても、常に「社是」にその事業の在り方や行動方針を照らし続ける行為こそが重要である。
「社是」が持つ力
「創業者の想いをどのように伝えていくか?」のヒントのひとつが「社是」にはあるだろう。
「社是」としてシンプルな言葉で創業者の想いが受け継がれていくことで、社内外に安心と信頼を生み出し、そのことでより会社を盛り上げていくという良い循環が生みだされる可能性を秘めているように思う。
文・風間啓哉(公認会計士・税理士)