世界的なカーボンニュートラルの流れや、「持続可能な開発目標(SDGs)」のような環境に配慮した経済活動の拡大により、環境ビジネスが注目されている。この記事では、環境ビジネスの定義やそのトレンド、環境ビジネスの事例や日本が世界をリードする水素技術などについて紹介する。
目次
環境ビジネスとは何か
「環境ビジネス」に明確な定義はないが、一般的には環境に優しい製品やサービスを世の中に提供するものだとされている。
環境省によると2012年度より前は、OECDの「The Environmental Goods & Services Industry(1999)」における環境産業の定義・分類に準拠し、環境ビジネスに関しては以下の3分類を用いていた。
- 環境汚染防止
- 環境負荷低減
- 資源有効利用
2012年度以降は、日本国内の企業数の分布を踏まえて、以下の4分類に組み替えている。
- 環境汚染防止
- 地球温暖化対策
- 廃棄物処理・資源有効活用
- 自然環境保全
SDGsを踏まえた環境ビジネスのトレンド
さらに、2018年4月に閣議決定した第五次環境基本計画では、国連「持続可能な開発目標(SDGs)」や「パリ協定」などの国際的な環境配慮への流れや、複雑化する環境・経済・社会の課題を踏まえて「地域循環共生圏」を提唱した。
「地域循環共生圏」とは、地域でのSDGs(ローカルSDGs)の実践を目指すものとも言えるものである。それぞれの地域特有の美しい自然景観など、地域資源を最大限に活用しながら、環境・経済・社会をうまく循環させることで、地域の活性化を目指すという考え方である。
環境省は、「地域循環共生圏」の実現に向けて、以下の5つの軸を据えている。
- 自律分散型のエネルギーシステム
- 人に優しく魅力ある交通・移動システム
- 健康で自然とのつながりを感じるライフスタイル
- 災害に強いまち
- 多様なビジネスの創出
環境ビジネス(地域循環共生圏)の地域主体の事例
ここからは、環境ビジネス(地域循環共生圏)の具体的な事例を見ていこう。まずは地域主体の環境ビジネスの具体例として、栃木県宇都宮市を紹介する。
人口約50万人の宇都宮市は、分散している地域資源を有機的に連携させる手法を模索していた。そこで、各拠点や集落間の連携を強化する「ネットワーク型コンパクトシティ(NCC)」構想を掲げたまちづくりを進めている。
NCC構想の目玉は、既存の鉄道軸に加えて基幹交通として導入する「LRT(Light Rail Transit)」という次世代軌道系交通システムだ。「低床式車両(LRV)」や軌道・電停の改良によって、これまでの鉄道と比べて、乗り降りがしやすく、時間に正確で快適性に優れている。道路交通の補完も進み、人と環境にやさしい公共交通として再評価されている。
宇都宮市では、このLRTを動かす電力にも再生エネルギーを活用する。具体的には、新規に設立する「地域新電力会社」がFIT切れを迎える廃棄物や下水汚泥発電施設から電力を購入し、LRTや公共施設などに販売する。
利用客にとって乗り換えのハブとなるトランジットセンターも整備して、ラストワンマイル交通を整えつつ、観光地区の整備によって地域内外の往来を活性化する狙いだ。
環境ビジネス(地域循環共生圏)の企業主体の事例
続いて、環境ビジネス(地域循環共生圏)の企業主体の具体的な事例を見ていこう。企業主体の事例は、交通・ライフスタイル・防災の3視点から紹介する。
交通:でんき宇奈月
一般社団法人でんき宇奈月は、富山県黒部市に本社を置き、大高建設や地元の商工会議所、さらには旅館組合などが協力して立ち上げた社団法人である。
富山県黒部市は日本海に面しており、黒部川には北アルプスからの豊富な水が流れ、峡谷にある黒部ダムも有名である。また、北陸地方でも有数の温泉地である「宇奈月温泉」がある。
しかし、宇奈月温泉は、黒部の豊富で美しい自然に溢れる温泉街としてアピールできておらず、ピーク時に58万人だった宿泊者数は、2014年には半分以下の26万人程度にまで減少していた。
そこで、黒部川・温泉地・山林地といった富山という土地柄を活かした豊かな水資源・地熱資源・木材資源を活用して、エコ温泉リゾートやエネルギーの地産地消を実現しようとしている。具体的には、小水力発電を活用した「低速EVバス」、温泉の熱を活用した「無散水融雪システム」、流木などを利用た「薪ボイラー」といったものを導入している。
ライフスタイル:ノオト
兵庫県丹波篠山市の一般社団法人ノオトは、古民家など、その土地特有の歴史文化を体験できる施設にリノベーションする「NIPPONIA」という活動を行なっている。
兵庫県の丹波篠山市は、少子高齢化が顕著に進行しており、丸山集落では集落消滅の危機に瀕していた。そのような状況下でも、里山に残されている古民家などの歴史ある景観を保護することが求められていた。
これに対してノオトは、歴史ある経験の核である古民家を、宿泊施設やカフェレストラン、ショップなどに改修するという取り組みを専門家らと行った。複数の古民家を改装し、まち全体を観光資源にすることで、「まちに暮らす」という体験を提供することで、観光客を惹きつけている。
防災:小松マテーレ
石川県能美市の小松マテーレ株式会社は、事業基盤は染色であるが、その技術を活用してファッションや建築材料に至るまで幅広い事業展開をしている富山のファブリックメーカーである。同社は、染色工程において必要とされるエネルギーや水資源に関して、以前より環境負荷に対する問題意識を持っていた。
小松マテーレは、石川県南部に古来から伝わる九谷焼の窯業のノウハウを、活用することを検討し、染色工程の排水処理時に発生する余剰汚泥を原材料とした保水性ブロック「greenbiz(グリーンビズ)」を開発した。
「greenbiz」は、水を蓄える能力に優れるため、ゲリラ豪雨による水災害の対策に役立つことが期待される。また、給水した水が蒸発した際に周囲の気温を下げる「打ち水効果」もあるため、一週間近い冷却効果を維持でき、ヒートアイランド現象の抑制にも貢献できる。他にも、断熱性・吸音性・不燃性といった特長も持ち合わせている。
脱炭素で注目が集まる「水素」事業
多くの消費者にとって馴染みのある環境ビジネスというと「電気自動車(EV)」だろう。しかし、EV業界において日本勢は大きく出遅れているという指摘も多い。
実際に2020年のEV/PHV/PHEVのメーカー別年間販売ランキングは、「EV SALES」によると以下のようになっている。
1位:テスラ
2位:フォルクスワーゲン
3位:BYD
トップ10の中に日本勢は1社もなく、日産が14位、トヨタ自動車が17位となっている。EV市場は始まったばかりとはいえ、上位陣とは「販売台数が1桁違う」というのが現状だ
水素が「究極のクリーンエネルギー」と呼ばれる理由
そんな日本勢が、「世界をリードしている」と言われる環境技術が「水素」だ。水素を用いた技術は「究極のクリーンエネルギー」と呼ばれるが、それはなぜだろうか。
第一の理由は、CO2排出がゼロであることだ。水素は酸素と結びつくことで発電され、発電後には水しか残らない。
第二の理由は、水の惑星・地球において、水素はほぼ無限に存在していることが挙げられる。水素は石油やLNGだけではなく、バイオマスや汚泥などさまざまな物質から取り出すことができる。
第三の理由は、溜められたり運べたりすることだ。一般的に電気は、発電した後に溜めたり遠くに運んだりすることが難しいエネルギーだ。しかし、電気で水を分解して水素を作っておけば、夏に作った水素を冬に使ったり、南で作った水素を北で使ったりすることが可能になる。
水素技術をリードする日本企業
水素技術をリードする日本企業として真っ先に挙がるのが、トヨタ自動車だ。トヨタ自動車は、原動力として水素を用いる「燃料電池自動車(FCV)」の「MIRAI(ミライ)」を発売している。 2020年発売の新型MIRAIは、「ゼロエミッション(CO2、排気ガス排出ゼロ)」を達成している。さらに、走行時に発電のために吸い込んだ空気をフィルターでろ過して排出するため、走ることで空気を綺麗にする「マイナスエミッション」を実現している。
FCVの普及に欠かせないのが、ガソリン車におけるガソリンスタンドのように、車に水素を供給するためのスポットである「水素ステーション」だ。
水素のインフラ構築として注目される企業が岩谷産業だ。1958年に設立した岩谷産業は、水素ガス製造の関係会社を持つ水素産業の草分け的な存在だ。岩谷産業は2021年6
月時点で、国内で49ヵ所の水素ステーションを運営管理し、今後も水素インフラを拡充して国内No1の水素サプライヤーとなることを目指している。
水素技術はリードを守りきれるか
ここまで、環境ビジネスの定義や事例、日本が世界をリードする水素技術などについて紹介してきた。環境ビジネスにおいて脱炭素は世界的なメガトレンドであり、逆行することはないだろう。今後はより一層、環境ビジネスが注目されることになる。
環境ビジネスのなかで、日本が先行している水素技術だが、過去を振り返ると、半導体や携帯電話、家電など日本勢が当初はリードしながら最終的には世界に逆転された事例は多い。このリードを守りきるためには、官民連携によるオールジャパン体制が求められるだろう。
文・菅野陽平(ファイナンシャル・プランナー)