優秀な部下の退職は、経営者にとって大きな痛手である。しかし、たとえ部下の退職が手遅れであったとしても、連鎖的な退職を防ぐことが重要だ。今回は、退職してしまう理由や予兆となる行動、退職をなるべく防ぐための対策などについて解説する。
目次
部下が退職を決断する理由とは
雇用流動性が高まっている現代では退職することは珍しくなく、貴重な人材が何の前触れもなく退職することもある。
優秀な部下の退職は会社にとって大きな損失だが、優秀な社員ほど自身の判断によって行動するため、退職の相談を受けた時には手遅れであることも多い。
それでは、どういった理由が退職を決断させてしまうのだろうか。
部下の退職理由は待遇や職場環境への不満が上位
「雇用動向調査」には、転職者が前職を退職した理由についての調査結果が掲載されており、2019年度の結果は以下の通りである。なお、男女の平均値を算出し、「定年退職や派遣期間切れ」「ライフイベント」を起因とする退職理由は除外している。
退職理由の中で特に多いのは、「給与収入」などの待遇面や残業・休日出勤などの「労働条件」起因である。働き方改革によって、2020年度以降は中小企業でも残業規制が進んでいるが、それに伴い残業代が減少するなど、給与面での不満を持つ社員は今後増加するだろう。
また、全年齢で2、3番目に位置している退職理由は「人間関係が好ましくなかった」という職場環境への不満である。組織である以上は全ての人間関係が良好とは限らないが、会社側からのケアが必要なことが分かる。
業務内容に対する不満は、会社側が社員の適性を見極めた上で適切な業務分担をできていない可能性もあるため、社員だけの問題とは限らない退職理由である。
部下が退職する兆候4つ
部下が退職する際には、その前に何らかの予兆が確認できることもある。退職の相談を受けた際には、既に手遅れであることがほとんどであるため、経営者や職場の管理職層は退職の予兆を見逃さないことが重要だ。
ここでは、社員が退職をする前に見られる兆候を4つ紹介する。
1.業務への積極性が以前より薄れてきた
業務内容に不満がある社員が退職を考えている場合、仕事の手を抜いたり積極性が薄れたりするなどの兆候が出てくる。
社員によって業務適性や仕事に対する価値観は異なるが、部下への接し方や業務依頼時の以下のような行動は注意が必要であり、働きぶりをチェックしてケアしなければならない。
・経験豊富な社員にレベルの低い仕事を依頼する
・新入社員への教育を蔑ろにしたままレベルの高い仕事を任せる
・これまで経験したことがない業務を任せる
・定時で帰宅する社員に業務平準化を目的にサポート業務を依頼する
・部下の自主的な提案などを否定し続ける
2.不満や愚痴を発する頻度が増えた
部下が自身の評価に対する不満を抱えている場合、他の社員の業務内容を否定したり、自分の成果を過度にアピールしたりするなどの行動を取ることがある。
部下の不満や愚痴の対象が何なのか明確にしなければ、退職につながってしまう恐れがある。部下の話を聞いて、表情の変化などに注意しながら傾聴しなければならない。
3.他者との会話が減り攻撃的な言動が増えた
職場の人間関係、対人コミュニケーションに対する不満が蓄積している場合に、退職の兆候として現れることがある。場合によっては、人間関係がうまくいっていない社員に対して、会議など複数の人がいる場で攻撃的な発言をすることもある。
人間関係の構築がうまくいっていないだけでなく、たとえば他者に比べて仕事量が多かったり業務進行が遅い社員のフォローが増えたりなど、優秀な社員への業務負荷が増えた結果、同じような兆候が現れることもある。
4.遅刻や欠勤、有給休暇が増えてきた
メンタルヘルス上の問題を抱えている社員など、複数の要因が重なっている場合に発生しやすい退職の兆候である。出社後も表情が以前に比べて曇っていることが多いなど、外見面でも変化がわかる場合はかなりのストレスを内包している可能性が高い。
会社に出社したくないと思うほどの状態になるには、業務の負荷や人間関係などさまざまな原因がある恐れがあるため、注意深く経過観察する必要がある。
部下の退職を防ぐための対策5つ
部下が会社を辞める場合は、会社に対して何らかの不満を持っているからである。会社への不満は社員によって異なるが、一人の社員が退職することで連鎖的に退職者が増える可能性もある。ここでは、部下の退職が手遅れにならないための予防方法を5つ紹介する。
なお、日本公庫総研レポートでの人材定着促進に関するアンケート結果を参考までに掲載する。
1.コミュニケーションを定期的に取る
退職する部下は、予兆となる言動を取っている可能性がある。部下の変化を見極めるには、定期的なコミュニケーションによって不満点を把握する必要があり、退職という決断をする前に改善する必要がある。
そのためには、以下のようなコミュニケーションを取りながら、上司や経営者が常に見守っている職場環境を構築しよう。
・笑顔で名前を呼びながら挨拶をする
・ねぎらいの言葉をかける
・部下の具体的な行動を褒めて自己効力感を高める
・失敗しても「この部分はよかった」と成長点を伝える
また、入社して間もない若手社員への対応としては、チューター制度やメンター制度などを導入するなど、部下の成長促進や良好な人間関係構築をフォローアップする組織構築が有効であろう。
2.ストレスチェックなどの定期診断の実施
部下とコミュニケーションを取っていても、精神状態については第三者の主観的な判断は難しい。ストレスチェック制度を導入するなどして、部下のメンタルヘルスに役立てることも重要である。
ストレスチェック制度は、2015年から「労働者が50人以上の事業所」での実施が義務付けられている。労働者が50人を下回る事業所では実施義務はないが、厚労省のマニュアルなどを参考にして導入に取り組んで欲しい。
3.キャリア相談室などを設ける
部下の中には、以下のように自身のキャリア構築に不安を抱える者もいる。
・昇進・昇格するために必要とされる能力は何か?
・自らが望むキャリア設計を実現できるのか?
・スキルアップの支援を受けられるのか?
このような個々の社員の悩みを把握して対策をするには、「キャリア相談室」の導入によって定期的に相談を受け付ける体制を構築することが重要である。
また、「セルフ・キャリアドック」や「CDP(キャリア・デベロップメント・プログラム)」など、社員のキャリア設計や能力開発を支援する制度や仕組みの導入も効果的だ。
4.業務評価基準の明確化や待遇改善
社員が退職する理由では、待遇面への不満が上位となっている。自主性の高い部下は、自身の評価や待遇に満足できなければ転職する可能性もある。また、目標管理制度を導入している会社ならば、設定した目標外の他者フォロー業務などが増えるなどすれば、評価につながらないとやる気を無くす可能性もある。
部下の評価基準を明確にして、昇進・昇格などによる待遇改善を行うことも重要である。
5.退職者が出た場合には悪口などを言わない
部下が退職すれば、在籍している社員にも少なからず影響がある。退職相談した部下を恐喝まがいに引き留めたり悪口などを言ったりすれば、その話が社内で拡散し、優秀な社員が会社に対しての信頼感を失って連鎖退職する可能性もある。
退職する部下の今後の活躍を祈る言葉を贈ったり、送別会を行なったりするなど、部下への配慮ができる会社であることを在籍社員に示す必要がある。
部下から退職相談を受けたときの対応
部下からの退職相談は、直属の上司はもちろん経営者に直接申し入れてくることもある。ここでは、退職相談を受けた時の対応についての注意点を解説する。
過度な引き留めは厳禁
退職の相談を行う社員は既に心に決めていることが多いのはもちろん、転職先が決まっていることもあるため、過度な引き留めをしても効果は薄い。また、退職に対して損害賠償請求を盾にして恐喝的な引き留めをすることは厳禁である。その事実が社内で広がれば、在籍している他の社員の信頼も失いかねない。
部下の退職は手遅れかもしれないが、自社にとって社員が必要な理由を伝えるなどして、慰留を行おう。
退職理由について確認する
退職相談を受けた場合は、慰留を行いつつ退職理由を質問して、今後の会社の改善に活かす姿勢も必要である。ただし、部下に退職の理由を尋ねても本音を語ってくれるとは限らないため、以下のような質問をしながら推測し、社員が辞めない会社作りの糸口を探ろう。
・退職を考えた時期や、きっかけとなる出来事は何か?
・この会社をより良くするためには、何が足りないと思うか?
・今後も退職者が出るとしたら、何を理由に辞めると思うか?
・退職した後はどうするつもりなのか?
就業規則などに則って退職手続きを進める
部下の退職の決意が固く慰留が難しいと判断した上で、会社を辞めたい理由などが確認できれば、就業規則などの社内規定で取り決められている退職手続きを実施する。
民法第627条では「退職2週間前」までに社員が雇用解約を申し出ることで、退職は認められることとなっている。たとえ、社内の就業規則が「退職1ヵ月前までに申し出る」と記載されていても、裁判では強行法規として無効になる恐れもあるため、退職延長の相談をする際には慎重に行わなければならない。
まとめ
部下の退職は予兆行動を発見して対処しても、必ずしも防げるとは限らない。部下の退職理由を把握した上で、今後同じような退職が起こらないように、社内の環境整備を行う姿勢が重要である。
社員の定着率を向上させるための取り組みに関しては、会社側と社員側とで考えが異なる部分もある。社員の不安や不満を定期的に聞くための懇談会を行うなど、労使一体となった取り組みが必要である。
文・隈本稔(キャリアコンサルタント)