ワクチンで景気回復は順調も、利上げ前倒しの可能性低く
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米債需要と金融緩和で、ドルは下値が堅く上値も重い

明治安田アセットマネジメント チーフストラテジスト / 杉山 修司
週刊金融財政事情 2021年8月24日号

 コロナ禍においても力強い景気回復がグローバルで見られる一方、各国中央銀行は金融緩和を続ける姿勢を鮮明にしている。欧州中央銀行(ECB)は、物価目標を従来の「2%を若干下回る水準」から「2%」へ引き上げて金融緩和の継続姿勢を強調した。量的緩和の縮小(テーパリング)を決めたオーストラリア準備銀行(RBA)も「今後3年間利上げしない」と繰り返している。こうした世界的な低金利環境の長期化見通しを背景に、主要国で最も利回りの高い米債(図表)は、日本をはじめ各国の年金基金など長期運用の機関投資家からの需要が根強い。ドルは下値を堅くしそうだ。

 4カ月前を振り返ると、10年や30年など長めのゾーンの米債利回りは上昇(スティープ化)していたが、本欄で筆者は「スティープ化は長続きしそうにない」との市場の声を記した。果たしてそのとおりとなり、各国の長期投資家の米債需要が根強いことを示している。

 一方、ドルは上値も重そうだ。米連邦準備制度理事会(FRB)は、リーマンショック時に自らのバランスシートを6年かけて3.6兆ドル拡大させた。だが、コロナ禍ではわずか1年半で資産規模を4兆ドル増やし(総額は足元で8.2兆ドル)、今も国債等を市場から大量に買い続けている。これにより、米債利回りが押し下げられ、ドルの上値も抑えられている。ドル高方向のリスク要因は、ガソリン、中古車、食料品、住宅等の物価高で米国民の不満が高まり、これを受けてFRBが早期利上げにかじを切ることだ。バイデン米大統領が国民の苦痛を認める発言をするなど、FRBに利上げを求める政治的圧力も高まりつつある。

 他方、FRBの忍耐強い緩和姿勢は新戦略「2%の平均物価目標」に基づく。これは、すでに金利が低い状況のなか、期待インフレ率の低下を防止するため、好況期であっても一定期間平均して物価が2%を上回るまで利上げしないというものだ。だが、「どうやって2%超の物価高を容認し続けられるのか、FRBには大きな試練」(シカゴ連銀エバンズ総裁、7月15日)と、FRB内でも忍耐強い緩和姿勢に異論がある。今年末ごろとみられるテーパリングの開始だけで国民の苦痛を解消できるかは不透明だ。

 ドル安方向のリスク要因は、感染力の強いコロナ変異株「デルタ」の世界的な急拡大だ。ワクチン未接種者だけでなく接種完了者の感染も報じられている。行動制限が再び強化されれば景気拡大の勢いを弱める。市場心理を悪化させ逃避的な円高圧力となり得る。もっとも、前述の根強い米債需要に係るドル買いで円高は一時的となりそうだ。先行き今年度末までを展望すると、ドル円相場はおおむね1ドル=108~113円前後のレンジ推移とみている。

ドルは「下値が堅く上値も重い」米債需要と金融緩和で
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(提供:きんざいOnlineより)