ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集『次代を見とおす先覚者の視点』では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者にインタビュー。読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。

約70年の歴史を持ち、建設機械用油圧フィルタでグローバルトップシェアを誇るヤマシンフィルタ株式会社。2019年からM&Aによりエアフィルタ事業にも着手し、2020年からは医療用レベルのマスク開発など、時流に合わせた事業の拡大を進めている。

きめ細かい「ナノファイバー」の高い技術と、フィルタメーカーとしての情熱と使命感を持つ同社の代表取締役社長執行役員・山崎敦彦氏に、フィルタビジネスの現在地と未来を伺った。

(取材・執筆・構成=落合真彩)

ヤマシン
(画像=ヤマシンフィルタ株式会社)
山崎 敦彦(やまざき・あつひこ)
ヤマシンフィルタ株式会社代表取締役
1953年生まれ。東京大学卒業後、小松製作所を経て、1980年、山信工業株式会社(当時/現・ヤマシンフィルタ株式会社)入社。1990年、代表取締役社長就任。先代の意思を継ぎ、同社を建機用油圧フィルタの分野で世界トップシェアのグローバルニッチなフィルタ専門メーカーへと成長させ、2014年には東証二部上場、2016年には同市場第一部銘柄指定を果たす。2020年、代表取締役社長執行役員就任(現任)。

3本柱で事業を支える。昨年からはマスク生産・販売にも着手

―まずは御社の特徴や強みをお聞かせください。

ヤマシンフィルタは、私の父が昭和31(1956)年に東京都大田区で創業しました。戦後のどさくさの中でテントの布の縫製加工事業を始めて、その後、味噌や醤油の生産に使う濾布(ろふ)の開発・販売を行いました。

戦後の復興期から時代が高度成長期に入ると、自動車用のフィルタと建設機械(建機)用の油圧フィルタを作り始めました。そのうち、建機用の油圧フィルタ開発に絞って成長し続け、トップシェア(国内約70%、世界約50% ※国内:富士経済調べ、世界:自社推計)を頂戴するメーカーになりました。

2019年に株式会社アクシーというエアフィルタメーカーと経営統合(子会社化)をしたことにより、エアフィルタ事業が第二の事業となりました。近年はおおよそ、油圧フィルタの事業が100~120億、エアフィルタ事業は28~30億弱程度の規模となっています。

この2つの事業に加え、2020年からはフィルタ専門メーカーならではの技術を生かし、マスク開発にも取り組んでいます。まったくの新規事業でしたが、コロナ禍のマスク需要増に伴い、売上は約10億。開発・生産体制も整い、早期の収益化を見据えています。

初めてのtoCビジネスも1年で軌道に。政府要人も使う高品質マスクを提供

ヤマシン
(画像=ヤマシンフィルタ株式会社)

―2020年1月の段階でマスク開発に着手されています。感染拡大より比較的早い段階での判断だったかと思いますが、どのような経緯で決断されたのでしょうか。

当時、国内で突如発生したマスク供給不足によって多くの方々が困っているのを目の当たりにし「マスクも(当社が得意とする)フィルタの一種ではないか?」とひらめきました。

当社はこれまでBtoBビジネスに専ら従事してきたメーカーでしたが、「有害物質を漏れなく捕集し、空気をスッと通す」特性を有した自社開発の素材を応用して、他社がつくれないホンモノのフィルタとしてのマスクを供給できれば、多くの皆様に喜んでもらえるのではないか。そう考えて、当社初めてのBtoCビジネスでしたが、マスクの開発を決断しました。

もう少し詳しくお話しすると、当社は、3、4年前に、200ナノという非常に繊維径が細かく、かつ厚みも持たせることができる「ナノファイバー」の濾材(ヤマシンナノフィルタ®)を自社開発し、製法特許を取得しました。最近、「ナノファイバー」という名前は世間でも一般的になってきましたが、「ナノファイバー」と謳って一般販売されている繊維で、実際にナノレベルの細かさを実現できているものは意外に多くないのです。

実はフィルタメーカーの中で、一番大切な「濾材(ろざい)」を自社で開発・生産している会社も、世界でもあまりありません。一方で当社は創業以来、技術・開発志向の強い会社であり、1ミクロン以下の繊維シートをつくれる技術があります。

その濾材の開発が完了して、油圧フィルタやエアフィルタのいろいろな用途を考えているときに、新型コロナウイルスの第一波が起き、マスク不足が全国的に発生したのです。

マスク生産に最適な濾材が手許にあり、それを応用できる高い技術があり、その上で切迫した社会的な要請がある。この状況で私は「マスクをつくらなければ、フィルタ専門メーカーの名がすたる!」と強く思いました。

そこで「医療用レベルを日常へ」をコンセプトに、自社開発ナノファイバーでつくったマスクは、コロナウイルスも通さない細かさを誇ります。特に、ハイエンドモデルの「ゼクシード」では、幾重にも深いプリーツ(ひだ)を織り込んで、ナノファイバーの表面積を増やし、他に例を見ない特殊な立体形状を実現することで、皆様のお顔にピタッと密着してなおかつ息苦しくない設計にしました。

「いいマスクとはなんぞや?」を突き詰めて考えた結果、「捕集性」「密閉性」「息のしやすさ」という「いいマスクの3要素」を高いレベルで両立させるために、このようなオンリーワンのマスクとなったのです。特徴的なフォルムなので「まるで仮面ライダーみたいだ」とおっしゃる方もいますけれど(笑)、お蔭様で数多くの政府要人や著名人の方々にも、ご愛用して頂いております。

マスクはフィルタの一種。ゴミや塵はもれなく取って、息はすっと通す。それをつけるのが建設機械か人間かという違いがあるだけで、ユーザーのニーズに最適化された製品をつくるのがフィルタメーカーの技です。私が自ら経営判断を下した後、当社の営業・開発・生産・品証の各部門が高速でPDCAを回した結果、3ヶ月程度でマスクの生産供給を始めることができました。

―社会に対する使命感と素早い判断で、生産を始められたのですね。

マスクを生産することはできましたが、そこからが困難でした。当社はいわゆるBtoBビジネスをしてきた企業ですから、マスクの一般販売というBtoCビジネスの知見がない。だから流通チャネルの開拓や広告宣伝といった部分にはこの1年間苦労しました。

―どのように乗り越えられたのですか?

BtoCとしては無名のメーカーでしたので、まずは認知度を上げていく必要がありました。1つ大きかったのは、麻生(太郎)副総理や加藤(勝信)官房長官など、政府の要人が口コミで当社の「ゼクシード」マスクを着用されて記者会見などに臨まれるケースが増えてきたことです。

先ほどお話ししたように、当社のマスクはコロナウイルスを通さない質の高いものになっていますから、その評判をどこかで耳にされたのだと思います。それによって「あの仮面ライダーマスクは何だ?」ということで世間の目を引くことになりました。

毎日新聞さんが取り上げてくださったり、2020年に日経新聞社が選ぶ「日経優秀製品・サービス賞」を受賞したり、注目を集めることができました。

社長1人が世界を飛び回るより、組織としての総合力を高めていく

―2014年に東証2部上場、2016年に東証1部への銘柄指定をされています。上場を目指されたのはいつ頃だったのでしょうか。

2005年頃から準備を始めました。当時は、社長である私が1人で司令塔として各部門に指示を出していました。ワントップで指示していった方が、組織はクイックな動きができますし、そのやり方が効率的だと思っていたのです。

フィリピンとタイに生産工場、上海とシカゴとブリュッセルに営業拠点を抱えておりましたが、そこにも毎月のように足を運び、見てまわっていました。世界中を飛び回る生活でマイレージは貯まりましたが、人は誰でも歳を取ります。1人で切り盛りしていく経営は、それにつれて難しくなっていくことを直感しました。

会社組織として、役割分担しながら総合力で勝負する路線にシフトする必要性がある。そう感じて、内部管理体制の整備の意味合いも含めて、上場準備を始めました。ですから上場の動機は、資金を得たいということよりもむしろ「会社としての体制を整え、安定感のある経営ができるようになる」ということでした。

―上場されて、社内外の変化はありましたか?

実は当社は、上場までに“二浪”しているのです。1回目は2008年。リーマンショックがあってタイミングを逃しました。2回目は2011年。これも準備を進めていた中で3月に東日本大震災、さらに同じ年の10月に生産工場があるタイのアユタヤで大洪水が起こりました。

そして3度目の正直でようやく2014年に東証2部に上場することができました。上場して、やはり社会的な信用は上がったと実感します。一番変わったのは、株主・機関投資家の皆様に対する責任感です。

また、経営として長期視点を一層意識するようになりました。現状の売上・利益だけでなく、今後のビジョンと戦略を描き、それを第三者に納得していただけるような説明をしていく。そこは上場する前にはなかなかなかったところですので、大きく変わりました。

フィルタ×IoTでSDGsに貢献する

―山崎社長は1日のルーティンなどはお持ちでしょうか。

もう数十年続いていることですが、朝型の生活をしています。午前2時くらいに起きて、まず15分から20分間お風呂掃除をするのが日課です。3時くらいから犬の散歩に出て、帰ってきたら体重や血圧を測って記録をします。夜明け前に外へ出ると、折々の季節の花の香りをふと感じ取ったり、視覚以外の感受性が研ぎ澄まされる気がします。

その後パソコンを開いてメールとニュースをチェック。バイアスを避けるため新聞は複数紙に目を通していますが、今はネットで読んでいます。それから食事をしてシャワーを浴びて6時頃には出社します。これが定番の日課ですが、家内には「変態だ」と言われます(笑)。

―インプット方法はインターネットが多いのでしょうか。

本や雑誌は紙でよく読みます。中でも月刊誌『致知』は10年以上購読しています。ビジネス分野だけではなく、スポーツ分野の方も寄稿されていたりするので勉強になりますね。『致知』に出ている方とビジネスが始まることもあって面白いですよ。

―最後に、今後の展望をお聞かせください。

建設機械のエンジンは電動化されていきますが、油圧はなくならないと思っていますので、今後もベースになるのは建設機械用の油圧フィルタです。これからはそこにIoT技術などを盛り込んでいきます。

油圧フィルタはこれまでは約1000時間で交換しなければなりませんでした。使い捨てなので、環境にも良くありません。まずはその使用可能期間を1000時間から3000時間に伸ばし、環境負荷も少ない新濾材のナノファイバーを活用したフィルタ開発をしています。

現在は、大きさもよりコンパクトになった油圧フィルタを、各建機メーカー様に紹介しているところです。

―環境に優しい濾材の使用や、フィルタの使用期間が伸びてゴミの量が減るというのはSDGsにもつながる取り組みですね。

それが狙いです。当社の企業理念は「仕濾過事(ろかじにつかふる)」。フィルタビジネスで社会のお役に立つということが基本です。もともとフィルタというのは環境に貢献できるビジネスですから、まさにSDGsの文脈につながります。

当社の理念と一致していた「横浜型SDGs金融支援制度」という制度にもすぐ手を挙げ、受託第1号として活用させていただいています。

ヤマシン
(画像=ヤマシンフィルタ株式会社)

―IoT技術はどのように活用されるのでしょうか。

これまで設定してきた1000時間での交換というのはあくまで目安でしかありません。とてもクリーン環境で建設機械を使うお客様もいれば、トンネルの切削現場や、砂漠、ツンドラ地帯など厳しい環境で使うお客様もいらっしゃいます。

そうすると使い方によってゴミの溜まり方は違いますから、使用可能期間も違ってくるわけです。用途による汚れの程度は今までわからなかった。だから一律1000時間での交換と設定していたのです。今後はここをIoTで効率化しようと考えています。

建設機械にセンサーを付けて、フィルタの交換時期が来たらアラームを出すようにする。GPSで位置情報もわかるので、世界中の建設機械のフィルタ交換時期がわかるようになります。これ以外にも、IoTやICTの力で、よりきめ細かなサービスができる時代がくると思います。

プロフィール

氏名
山崎 敦彦(ヤマザキ アツヒコ)
会社名
ヤマシンフィルタ株式会社
ブランド名
ヤマシンナノフィルタ®
受賞歴
2020年度日経優秀製品・サービス賞(究極のヤマシン・フィルタマスク®シリーズ)
役職
代表取締役社長執行役員
出身校
東京大学