ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集『次代を見とおす先覚者の視点』では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者にインタビュー。読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。

2004年6月に大学発ベンチャーとして誕生して以降、人・ロボット・情報系を融合した新領域「サイバニクス」を駆使し、深刻化する少子高齢化社会における様々な社会課題の解決を進めているCYBERDYNE株式会社。日本のみならず、世界中から注目される同社の代表取締役社長/CEO 山海嘉之氏に話を伺った。

(取材・執筆・構成=菅野陽平)

CYBERDYNE株式会社
山海 嘉之(さんかい・よしゆき)
CYBERDYNE株式会社代表取締役社長/CEO
人・ロボット・情報系が融合複合した新領域【サイバニクス】を創成。超高齢社会が直面する社会課題解決のため、2004年6月、医療・福祉・生活・労働等の分野における研究開発・製造・販売を行う「CYBERDYNE」を設立。脳神経・身体系の機能改善・再生のための世界初の装着型サイボーグ「HAL®」の研究から社会実装を達成。「医療用HAL®︎」をはじめとする革新的サイバニックシステム(バイタルセンシング、個別化医療、サイバニック化ロボット、ヒューマンビッグデータ集積、スパコンでのAI解析・統計処理など)の展開と、「重介護ゼロ®︎社会」「Society5.0/5.1」の社会・産業変革の実現に向けた取り組みを推進。

これまで社会になかったものを社会に投入し、推進していく

――山海代表は様々な活動をされていらっしゃるかと思います。まずは簡単に自己紹介をお願い致します。

私は、当社のコア技術となる「サイバニクス」という新領域を創生し、CYBERDYNE株式会社の代表取締役社長と同時に筑波大学サイバニクス研究センターの研究統括をしています。サイバニクスとは、人・ロボット・情報系を中心として、脳・神経科学、人工知能、ロボット工学、情報技術(IT)、などの異分野を融合した新しい学術領域です。

『人』と、ロボットや自動車などが利用される場としての「物理空間」と、コンピュータやデータという急激に発達してきた場としての「情報空間」を繋ぐことによって、ロボット産業、IT産業に続く新産業「サイバニクス産業」を創り出す状況に、社会は動き始めていると言っていいでしょう。そのために、CYBERDYNE社を上場させ、関連企業との連携も強化しながら国際的に事業展開を進め、サイバニクス産業の創出に注力しています。文部科学省が最も強化する教育研究拠点として「サイバニクス研究センター」を設立し、センター長としてサイバニクス分野の人材育成を推進するとともに、内閣府のFIRST/ImPACTプログラムで最先端/革新的な研究開発の責任者として役割を担い、現在、トヨタ自動車が筑波大学に設置した未来社会工学開発研究センター(F-MIRAI)のセンター長もしています。

こうした背景の中で、新産業創出のためには、研究開発活動はもちろんのこと、人材育成、世界展開・連携、知財戦略、革新技術の社会実装・事業推進など様々なことを同時展開しながら取り組んでいく必要があります。また、国際規格の策定にも取り組む必要があり、国際標準化機構(ISO)のエキスパートメンバーとしても活動してきました。

超高齢社会における問題が大元にあって、あるべき姿の未来を描き、その未来に立って現在を見据え、課題を明確化し、その未来の実現のためにやるべきことをやる。このバックキャスト法で、研究開発、実用化、認証取得、国際連携、事業推進など一連の未来開拓を全方位的に行っているのです。

――御社の特徴や事業展開の状況も教えて頂けますでしょうか。

弊社はサイバニクス技術を駆使して、『人』+『サイバー・フィジカル空間』の融合を目指しています。CYBERDYNEの社名には、「Cybernics(サイバニクス)」と、ギリシャ語で「力」を意味する「Dyne」を組み合わせ、「サイバニクスによる力」という意味が込められています。

主なプロダクトとしては、身体機能を改善・補助・拡張・再生することができる世界初の装着型サイボーグ「HAL®(Hybrid Assistive Limb®)」があります。人が体を動かそうとすると、微弱な「生体電位信号」が体表に漏れ出してきます。HAL®︎は、装着者の「生体電位信号」を皮膚に貼ったセンサーで検出し、意思に従った動作を実現します。「右足を動かしたい」と脳が指示するだけで、HAL®︎が反応してくれるというわけです。

HAL®︎は医療分野の機能改善治療、福祉分野の介護・自立支援、工場での重作業支援、災害現場での復興支援活動など、幅広い応用が期待されています。映像でご覧になったほうがイメージしやすいと思いますので、読者の皆様におかれましては、一度動画などでご確認頂けますと幸いです。

サイバニクスという産業体を作っていく

――「サイバニクス」という言葉は、一般的にはあまり聞き慣れない言葉だと思います。

例えば小学校のときは、理科は理科という科目しかありませんでした。しかし、中学校や高校になると生物、化学、物理などに分かれます。大学になれば、もっと細かく分かれます。研究者レベルになれば、極めてニッチになります。このように学術分野を細かくわけることは、ある程度のものをもっと効率的にするときは便利だったと思うのですが、今や科学技術も社会も大きな転換期に差し掛かっています。

CYBERDYNE株式会社
(画像=CYBERDYNE株式会社)

原始の時代から私達は物理空間を活動の場としていましたが、情報空間というものを手にした近年は、経済活動の中心がそちらに移っています。しかし、私達は物理空間で生きていく生き物です。また、ロボットのようなものが実際に登場する時代になってきています。

そうしたことをひとつの塊として捉えて、経済活動に落とし込むところまでを視野に入れ、新しい領域なので倫理的なプロセスも加味しつつ、次の時代のソーシャルイノベーションを起こしていこうというのがサイバニクスであり、サイバーダインのひとつの役割だと考えています。

――医療と非医療の結合を進めていると伺いました。

医療というのは病院で完結するものです。しかし、患者の生活は退院したあとも続きます。また、病院が必要ない健康な人もいますが、その人も人生のどこかのタイミングでは病院へ行くことになります。病院に行く前、病院での生活、退院した後の3ステップにおいて、境界線がきちっと組まれているのが今の医療です。これはどこの国でもそうです。

しかし、世界的な高齢化によって、このクリアだった境界線がどんどんグレーゾーン化しています。このグレーゾーンを産業にしていくことが、CYBERDYNEのひとつの狙いです。「医療と非医療を繋ぐ技術」をひとつの分かりやすい出口として捉えているわけです。病院の中で脳神経・筋系疾患の治療のための医療用HAL®︎(下肢タイプ、単関節タイプ)、病院内外で使えるHAL®︎(自立支援用下肢タイプ、単関節タイプ)、家庭で使用できるHAL®︎(腰タイプ、単関節タイプ)、そして病院の内外で使える小型バイタルセンサー、データを集積・管理・還元するサイバーダイン・クラウドなど、個別技術の実用化を終え、次の段階へ当社事業は動き始めています。全体が動き始めたので、今後が楽しみです。

――思い描いている未来構想、新事業や既存事業の拡大プランなどについて教えて下さい。

プロダクトのひとつひとつは、国や当局の許認可を取る必要があるため、実現に時間がかかります。例えば、メディカル分野で言えば、治験を病名ごとに行っていき、評価されてOKがでても、さらに数年間におよぶ使用成績調査が必要です。

大変と言えば大変なのですが、言い換えれば、完全なブルーオーシャンで事業を展開できるとも言えます。今後どこかのタイミングで市場が確立することはほぼ間違いないのですが、世界中どこの会社も参入できていません。

大変と言っても、かなり前に進みました。許認可を得るプロセスで様々なデバイスを開発することにも成功し、何よりも我々(CYBERDYNE)に、難しい案件を進めていく力(突破力、開拓力、連携力など)がものすごく付きました。気がつくと、多くのプロダクトを世界中に展開できるようになりました。コロナ禍の中でも、着実に許認可を取れています。スピード感で言えば、日本より海外のほうが早いですね。

また、サイバーダイングループで対応できる範囲を超える技術と提携したほうが良い場合は、積極的に提携を進めています。例えば再生医療との組み合わせや医薬品との組み合わせなど。それに対する事業軸として、試作してきた再生医療細胞を培養する装置の製品化や事業化を進めている最中です。

2020年12月には、羽田空港のすぐ近くに、医療・バイオ系を中心とした全室ウェットラボ仕様の研究拠点の建設も始まりました。新興企業の集積地を作り、入居するベンチャーへの出資もしていきます。ひとつひとつの会社にできることは限られていますが、サイバーダイングループとして、サイバニクス産業創出のための産業体を作っていきます。

自宅と病院施設が繋がる遠隔オンラインサービス(サイバーダイン・クラウドシステム)も既に事業として始まっています。病院、介護・福祉施設、在宅、職場、その他生活空間を細かく繋ぎ合わせて、サイバニクス・クラウドとしてデータを収集、分析しています。このデータは現在進行形でどんどんと集まっています。当初の予定では、もっと後にやろうと思っていたのですが、コロナ禍で実現が早まりました。

CYBERDYNE株式会社
(画像=CYBERDYNE株式会社)

2050年代に入ると、国民の約4割が65歳以上になります。そうなれば医療にかかる患者が増えます。また、色々な病気や障害を抱える人も増えます。さらに、少子化も進みますので、健康を守る予防策も進めないと、生産者人口の減少に直結します。

この事実に対して、今からどう準備しておくかによって、事業の規模が変わってきます。大きな産業になっていくはずですので、今のうちからトップランナーとして走り続けたいと思っています。そうすることで、社会に対しても貢献できますし、株主の皆様に対しても貢献できると思っています。

2008年にロボットを作っている自分を見て「未来に立っている」と実感

――御社は普通株式とその10倍の議決権を持つB種類株式で上場した日本では珍しく種類株式を発行している上場会社です。「技術が人の殺傷や兵器開発など、平和的な目的以外で利用されることを防ぐため」とのことですが、資本市場の反応について教えて頂けますでしょうか。

種類株式を発行していることで、資金調達するときに何かしらの影響が出るかなと思っていたのですが、種類株式も普通株式も経済的には同じ価値であり、株式投資家の皆様からは何もネガティブな反応はありませんでした。

むしろ、革新的なサイバニクス技術を創出した私自身が安定して経営に関与し続けることによって、社会還元と企業価値向上を両立させるという目指す姿に向かって邁進できるメリットの部分が評価されることが多かったように思います。IPOした際は、トムソン・ロイター・マーケッツ社が最も優秀な新規公開株式(IPO)の発行会社を称える「IPO of the year」(2013 年度)にも選出されました。

IPOの約8ヵ月後には400億円を超えるエクイティファイナンス(資金調達)をしたのですが、こちらもひと工夫した内容が評価され、トムソン・ロイター・マーケッツ社から「Innovative Equity Deal of the Year」を受賞しました。これは東証がクローズした後のオーバーナイトの取引として、ほとんどを海外の投資家から調達しましたが、1日で目標額を達成することできたことからも、種類株式がネックになっているということはなく、むしろ高評価に繋がっていると感じています。

珍しい存在ではありますよね。私は年に2回ほど、ハーバードビジネススクールの授業に参加して講義も一部担当させて頂いているのですが、CYBERDYNEの取り組みはハーバードビジネススクールのケーススタディのテキストにもなっています。海外から見ても、興味深い企業として捉えてもらっているのだと思います。

――どのようなきっかけで今のキャリアを歩もうと思ったのでしょうか。

子供のときに読んだアイザック・アシモフ著『われはロボット』という本が大きなきっかけです。小学3年生のときだったでしょうか。母親が20冊くらい本を買ってきてくれて、そのうちの1冊が『われはロボット』でした。様々な表紙が存在しており、今では海外の書店を回って収集することがひとつの趣味になっています。

1ページめくりますと、「ロボット三原則 1.ロボットは人を傷つけていけない」などと書いてあり、「変わった本だな」と思いながら、辞書を片手に読み進めていました。大人向けの漢字ばかりの難しい本でしたので。

一番気に入っているのが序文です。2003年にコロンビア大学を卒業し、2008年に博士号を取った女子大学院生が、ロボットを開発してまだ時間が経っていない会社に就職して、その会社を人類史上稀有な発展に導き、研究者として、そしてトップマネジメントとして活躍していくことが書かれています。

この本を読んで、私も「大きくなったら、自分で開発したものを世に送り出していくことをやりたいな」と強く感じました。小学校の文集にも「大きくなったら科学者になろうと思う。自分の研究所でロボットを、よりすぐれた物にしようと思う」と書いています。

『われはロボット』を最初に読んだとき、2008年は40年以上先の話でした。子どものときは40年後の未来なんて全くイメージできないものですが、当然ながら、2008年は13年前に実際に来たわけです。

CYBERDYNEは2004年6月に大学発ベンチャーとして誕生し、2006年から資金調達と人材採用を開始しました。2008年というと、そこからまで2年しか経っていないので、大した規模ではなかったですが、コロンビア大学の女子大学院生と同じような立場になっており、2008年にサイバーダインでロボットスーツを創り出している自分を見て、少年期には遥か未来だったその「未来に立っている」と不思議な気持ちになりました。「未来はこうして開拓されるのか」ということを強く感じた瞬間でもありました。

――最後に、読者や株主、その他ステークホルダーに向けたメッセージをお願い致します。

「人」と「情報空間と物理空間」を融合させるサイバニクスは、次の産業体の中核になると思います。弊社はその先発隊として、勢いよく、激しく挑戦し続けている企業です。

現在、地球規模で、旧来の産業構造が変わろうとしています。パラダイムシフトが起きようとしている。業界や業種、そして国境を超えて様々な人が弊社に関心を持ち、コンタクトしてきてくれる理由は、まさにそこにあると思います。今後、各方面との連携がますます進むでしょう。

手前味噌で恐縮ですが、弊社はとても素晴らしい取り組みをしている企業です。弊社のことを知って頂くと、「これから社会をどんどんと変えていく新産業を作り出す会社なのだな」と実感して頂けると思います。

一方で、既存株主の皆様には、時間がかかっていることを申し訳なく思っています。医療・介護福祉等の社会制度関連の規制など、どうしても時間がかかるものもありますが、並行していくつかのことを進めながら着実に進めています。応援して頂いていることに対し、しっかりとお応えしていきたいと思っています。

とても素晴らしい未来が待っていると私は信じていますし、他メンバーもそう思っています。皆様と一緒に新しいドアを開けながら、素晴らしい世界を作っていきたいですね。

プロフィール

氏名
山海 嘉之(サンカイ ヨシユキ)
会社名
CYBERDYNE株式会社
ブランド名
装着型サイボーグ「HAL」
受賞歴
2020年 「知財功労賞 経済産業大臣表彰」、2019年 「文部科学大臣賞」(技術経営・イノベーション賞)、「市村産業賞 貢献賞」、「紫綬褒章」、2017年 「内閣総理大臣賞」(日本ベンチャー大賞)、2015年 「文部科学大臣表彰 (科学技術賞)」
「DealWatch Awards 2014,Innovative Equity Deal of the Year(トムソン・ロイター)」、「経済産業大臣賞」、「経営者賞」、「全国発明表彰(21世紀発明賞)など他多数。
役職
代表取締役社長/CEO
出身校
筑波大学大学院工学研究科博士課程修了
学位
工学博士(筑波大学)