ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集『次代を見とおす先覚者の視点』では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者にインタビュー。読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。
2011年創業以来、他社にない独自のSaaS型不正検知サービスを提供し、今では国内で圧倒的な認知度を誇るかっこ株式会社。精緻なアルゴリズムで、ECサイトからの悪質な注文や、金融機関のウェブサイトの不正ログインを見抜くサービスが、まだまだセキュリティ対策が甘い日本で求められている。
「多くの人が使いやすいリスクヘッジやデータサイエンスのサービスを提供することで、チャレンジの壁を低くし、『未来のゲームチェンジャー』を増やしたい」と語る同社の代表取締役社長CEO・岩井裕之氏に、事業にかける思いや描く未来像について伺った。
(取材・執筆・構成=丸山夏名美)
1971年、東京都生まれ。大学卒業後、CD・DVD商社を経て、決済関連会社に転職。2011年かっこ株式会社を創業。『未来のゲームチェンジャーの「まずやってみよう」をカタチに』という経営ビジョンに掲げ、データサイエンスの技術とノウハウをもとにSaaS型アルゴリズム提供事業を展開。なかでもクレジットカードのなりすまし注文、不正転売・悪質転売、後払い未払い等の不正被害の防止及び審査業務の自動化を実現するクラウドサービス「O-PLUX」は国内シェア導入No1に。デジタルリスク協会理事も務める。
ビジネスモデルを模索するなかで気づいた、不正対策へのニーズと自分たちの道
―まずは、御社を立ち上げられたきっかけをお聞かせください。
2010年にビジネスククールに通っていた時、前職の決済会社から転職を考えていました。クラスメイトであるヘアサロングループのオーナーの友人にそのことを話すと「岩井君は、次は起業すると思っていた」と言われて、衝撃を受けたんです。
実は、大学を卒業する時にも起業を考えましたが、まずは社会を知ろうと就職の道を選びました。そこから約15年、そんなことをすっかり忘れていた私にその言葉が響き、「なぜ今まで起業しなかったのか」とさえ思いました。
そこで、今までの自分を振り返り「チャンスは自然と目の前に来るもの」という受け身の考え方をしてきたことに気がつきました。本来なら当たり前なのですが、チャンスは自分から掴みにいかないと、物事は動かせないし、起業もできません。
期限を2011年1月に決めて、立ち上げの仲間探しを始め、結果、私を含む4名で会社をスタートすることができました。
―そこからどのように、現在のビジネスモデルに至ったのでしょうか。
当初は不正対策やセキュリティ系のことは頭になく、教育系のビジネスを考えていました。ただ実際に始めてみると、儲けの仕組みなど課題が多く、2週間ほどで諦めました。
新しいビジネスモデルが定まらない中、コンサルティング会社の知人から「炎上している不正対策系のプロジェクトを手伝って欲しい」と依頼を受けたんです。決済会社に勤めていた自身の知識や経験を生かしプロジェクトマネージャーを担ったところ、なんとか上手く火を消すことができて信頼も得られました。その流れでEC会社向けの不正対策の仕事に関わる機会があり、「世の中の多くの人は不正対策について意外と知らない」ことに気が付いたんです。
その気づきから、これは自分たちの得意分野だし新しい道を作れるはずだと事業案を練り始めました。アイデアについて知人にヒヤリングをするとニーズがあることが分かり、1年ほどかけてビジネスを開発しました。
競合にはない精緻な不正検知サービスが、被害が増大するEC市場でこれから必要とされる
―競合他社に比較して、御社のサービスの強みを教えてください。
事業の主軸であるセキュリティ事業は、主にECサイトからの悪質な注文や、金融機関のウェブサイトの不正ログインを見抜く不正検知サービスです。同種のソリューションは、大手ITベンダーも手がけていますが、彼らはグローバルのブラックリストを所持していて、それを検知する方式を採用しています。
弊社は、リストだけではなく日本語の解析を丁寧に行うことで、精緻な不正検知のサービスを作っています。また日本語は表記のゆれが非常に多い言語なので、例えば「サイトウ」の漢字だけで複数パターンがあります。この表記ゆれを許容し名前や住所の悪用を検知することができる仕組みにしています。加えて、過去の不正の行動パターンをロジックにしているため、国内No.1として利用件数が多いことも差別化になっています。
細かい検知ができるサービスでありつつ、比較的に低い価格設定なので、より幅広いお客様に使っていただける。結果、多くのデータが貯まるため、さらに精度を高めることができます。
―主にターゲットとされているEC市場の現状と今後についてお聞かせください。
中国やアメリカなど海外ではEC市場の不正被害が山ほどありますが、日本での発生件数は少ない環境でした。だからセキュリティへの意識も低いまま。日本EC市場の被害は年々増えていますが、被害者のうち対策をしているところが非常に少ないです。
EC市場は国境線がありませんから、近年はセキュリティの低い日本がターゲットとなり始めています。だからこそ、私たちのサービスを必要とする潜在顧客がたくさんいると考えています。
データサイエンスを軸にした、リアルとつながる新しいSaaS型サービスへの挑戦
―2020年12月のマザーズの上場をどのように決められたか、また上場を機にどんな変化があったか教えてください。
コロナ禍で巣ごもり需要が増え、ECは今までにないほどの特需の状況です。ターゲットとしている市場が伸び、人々の生活に浸透したこと。そして今後も市場の伸張が予測されることから、セキュリティを提供する自分たちの存在意義に自信を持つことができました。
上場が理由か、社会のニーズなのか、リスクや不正購入が増えたからかは明確ではありませんが、弊社へのご依頼やお問い合わせは予想以上に増えています。ユーザーだけでなく、企業からの提携の話なども出てきたので、新しいことをするチャンスと捉えています。
―提携といえば、ローカル検索マーケティングの株式会社リカバリーと資本業務提携をされました。どのような狙いがあったのでしょうか。
弊社は今まで培ってきたAI・統計学・数理最適化といったデータサイエンスの知見をもとに、企業の課題解決や戦術提案をする事業も行なっています。現在のメイン事業はEC市場の不正検知ですが、データサイエンスを軸に、新規分野でSaaS型サービスを作りたいと考えていました。
リカバリーさんは、位置情報を使ってユーザーを近くの飲食店・小売店に呼び込む「uberall」というサービスを提供しています。いわゆるローカルエリアマーケティングに強く、リアル店舗とのネットワークや、リアルとネットをつなぐ技術や実績をお持ちです。
リアル店舗での取引は、今でもネットの10倍ありますから、新規参入には非常に魅力的な市場。弊社のデータサイエンスの知見と、リカバリーさんのローカルエリアマーケティングの知見を組み合わせれば、新しいSaaS型サービスの可能性が広がるはずです。
最悪の事態を想定することで冷静に乗り越えた、資金ショートの危機
―現在に至るまで、どのような困難がありましたか。また、どのように乗り越えたかお聞かせください。
2015年に資金難に陥ったことがあります。弊社は2013年にエクイティファイナンスで資金調達をしたのですが、そこから急激にメンバーを増員して固定費が膨らみました。
弊社のようなビジネスモデルを展開した事例が今までないので、スピード感や規模感が描けない部分が多かったためです。売上も伸びていましたが、費用が計画通りかそれ以上という運営になっており、2015年には残り8ヶ月で資金ショートしてしまうという状況に陥りました。
状況を社員にも話して、経費の削減などに協力してもらいました。現状を知って辞めていく社員もいたので、結果として固定費が下がり1年後ぐらいに単月黒字が出せるようになりました。その経験で、会社として筋肉質になったと思います。
そんな時も冷静に対応できたのは、いつも最悪の事態を想定して、そうならないように対策を考えるようにしているためです。「死ぬよりマシ」とよく言いますが、それと同じで最悪の事態を想定していると気持ちを楽に保つことができます。
業界問わず、先輩経営者の言葉や経験に学ぶ
―日々の情報のインプットとしてされていることがあれば教えてください。
経営者が集まる団体や、関心のある分野のセミナーに参加して、出会った先輩経営者に業界を問わずたくさん会うようにしています。その企業がどのように作られていったか、ビジネスモデルの強みは何か、上場の準備やその後の戦略はどうしているかなど、貴重なお話が聞けます。
本は少なくとも月に1冊は読んでいます。知り合いの経営者に勧められたビジネス書が多いですが、特にジャンルを絞っているわけではありません。最近ではネットで話題になっていた「ケーキの切れない非行少年たち (宮口幸治・著 新潮新書出版)」を読みました。
リスクヘッジやデータサイエンスで「未来のゲームチェンジャー」がチャレンジできる世界に貢献したい
―かっこ株式会社として、また個人として思い描く未来像があればお聞かせください。
事業としては、前述のリカバリーさんとの提携のように、新規分野でSaaS型サービスを展開していきたいです。またセキュリティ面で課題のある国内金融機関はもちろん、製造業やHR分野でも今後求められるサービスを生み出せると思います。
また私たちがやることは、経営ビジョンにもなっている「未来のゲームチェンジャー」を増やし、より豊かな次世代の日本社会に貢献することです。
日本はここ20年間GDPが成長していません。例えばアメリカやイギリスなど、他の先進国でもまだ成長していることを踏まえると、日本はグローバルな規模で相対的に貧困に近づいていると言えます。20年後にはモノを作るにも他国から材料を仕入れるだけで難しくなるため、イノベーションも起きにくくなります。
私はここまでの人生、すごく楽しく生きてこられたとに感謝しています。でも子供の世代はどうだろうかと考えると、このままでは難しいと思います。
日本はどんな物事に関しても保守的で、圧倒的に「チャレンジする」回数が少ない国です。ビジネスをしていて感じることの一つは、決裁ひとつで時間や手間がかかること。時間も手間もかかったのに決裁が通らないこともしばしば。素早く決断する、とりあえずやってみることに慣れていないんです。
かっこ株式会社がセキュリティやデータサイエンスの技術を、多くの人に安く提供できれば、チャレンジの壁を低くできます。他の先進国並みに豊かな国になるよう、「未来のゲームチェンジャー」となる企業や人がどんどんチャレンジできる世界になるように貢献したいです。
プロフィール
- 氏名
- 岩井 裕之(いわい・ひろゆき)
- 会社名
- かっこ株式会社
- ブランド名
- O-PLUX、O-MOTION、後払いパッケージ、さきがけKPI、D2Cart
- 受賞歴
- 第14回ニッポン新事業創出大賞経済産業大臣賞、2021年働きがいのある会社ランキング小規模部門23位、Work Story Award2020入賞
- 役職
- 代表取締役社長CEO
- 出身校
- 日本大学