自動車や住宅におけるキー、セキュリティ装置の開発・販売を行う株式会社アルファは、1923年創業で、まもなく100周年を迎える。自動車や住宅の部品だけでなく、1964年には日本で初めてコインロッカーを導入し、日本の駅やレジャー施設の利便性に寄与してきた。

開発一筋、ものづくりの最前線でキャリアを築いてきた代表取締役社長・塚野哲幸氏に、創業100周年とその先の成長戦略について伺った。

(取材・執筆・構成=落合真彩)

株式会社アルファ
(画像=株式会社アルファ)
塚野 哲幸(つかの・てつゆき)
株式会社アルファ代表取締役社長
福島県郡山市出身。 1987年大学卒業後、当社入社。 入社以来、自動車部品の開発設計に携わり、主にシリンダ錠やロック装置全般を手掛けた。その後はドアハンドルなど自動車関連すべての部品設計・開発・生産技術・品質保証など責任範囲を広げ従事。 高校、大学野球一筋で身に着けた組織力・チームワークと設計部門で培った緻密な観察眼と現場力を活かし、まずは創業100年、その後の成長戦略を描くことを使命としてアルファグループをけん引していく。

約100年で築いた「世界初」や「日本初」へのこだわりとプライド

―御社はこれまでどのように事業を展開されてきたのでしょうか。

「1923」「1933」「1955」「1964」。これらは当社のターニングポイントになった年です。1923年に建築金物およびシリンダー錠の製造販売で創業し、10年後の1933年に初の国産自動車業界に参入しました。次の1955年には、住宅用の南京錠の生産を始めました。1964年は東京オリンピックの年。このとき日本で初めてのコインロッカーを駅に設置しました。当時の日本人には「荷物を預ける」ことに馴染みがありませんでしたが、コインロッカー事業はここから成長の一途をたどっています。このように、キーとロックというコア技術を軸に、自動車・住宅・コインロッカーの分野を中心に成長してきました。

株式会社アルファ
(画像=株式会社アルファ)

―コインロッカーは御社のビジネスをきっかけに商品名が普通名詞化していったということを拝見しました。それほど先進的かつニーズのある取り組みだったということですが、「時代に先駆けた事業展開」は会社のあり方として意識されているのでしょうか。

「α」がギリシャ文字の最初の文字であるように、「アルファ」という社名も、そこを起点に世の中に様々な発信をしていくという意味合いがあります。ですから当社は創業から「世界初」や「日本初」にこだわった取り組みをして成長してきました。

―社名にはそのような意味が込められていたのですね。

1990年に社名を「国産金属工業」から「アルファ」に変更しました。当時はCI(コーポレートアイデンティティ)ブームで、企業のブランドイメージを刷新するプロジェクトに入社3年目の私も参画させていただきました。ブランドイメージとものづくりの一貫性、シンプルさを併せ持ち、何よりも従業員がプライドを持てるような名前として「アルファ」としたことをよく覚えています。

―塚野社長は技術系のご出身と伺いました。これまでどのような姿勢でお仕事をされてきたのでしょうか。

我々がカルチャーとして大事にしているのは、瞬間認知と直感操作です。たとえば、見た瞬間に鍵穴だと認識でき、そこに鍵を挿して回せばいいと直感で操作方法がわかるようなことです。現在のスマホが子どもでも使えるのは、画面上で瞬間的に認知し、タッチやスワイプという直感的な操作ができるからです。今は、物理的な鍵から生体認証やセンサーを使った形で「鍵」のアクセスの仕方が変わってきています。時代とともにそのあり方が変わっていくことも、ものづくりの基本かもしれません。

株式会社アルファ
(画像=株式会社アルファ)

―業界における御社の強みはどんなところだとお考えですか。

一貫生産ができるところです。生産の各段階でアウトソースする企業が多い中で、製品の企画から開発、設計、生産、販売、アフターサービスまでほぼすべてを内製で賄っている会社はなかなかないと思います。

2030年に向けて、今はコロナ禍の脱出フェーズ

―2004年に東証二部上場、2005年に東証一部銘柄に指定されました。上場前後でどのような変化がありましたか。

当時の私は、現場で一生懸命汗を流していた頃。自動車領域は大きな転換点で、スマートキーシステムと言われるシステムの開発に従事していました。1990年代終盤~2000年代初頭は、市場ニーズや取引先の変化が大きく、コスト競争力と収益基盤の確立が急務でした。いかにこの状況を脱するかについて、会社を挙げて取り組んでいて、2004年はようやく事業改革ができて営業利益率が高まったところでした。

上場したことで従業員のモチベーションになった実感がありましたし、社会的な信用が高まり、人材の採用や育成のインセンティブにもなりました。資産運用の面では、同年中に中国に、2007年にはメキシコの新工場を設立し、新規事業の拠点としました。

―現在は11か国23拠点とグローバルに展開されていますが、コロナ禍での影響はいかがでしたか。

2つの側面で影響があり、それぞれ対策を講じています。
1つはものづくりに関する影響です。今世間をにぎわせている半導体不足や、テキサス州の大寒波による樹脂材料の供給不足、高騰などの問題が起こっています。これらに対して、アルファグループは23拠点で連携を取り合い、予測をしながらサプライチェーン全体での供給量を確保しています。これはコロナ禍だからということ以上に、中期経営計画の基本方針の1つである「収益基盤の強化」への取り組みとして位置付けています。

もう1つの側面は、キー・ロックの市場ニーズの変化です。非対面・非接触が加速しているため、その中で安心・安全と利便性を兼ね備えた開発をしていく必要があると感じています。先ほども申し上げたように、我々の製品は時代に沿って進化しています。2020年は品物を受け渡せるロッカー「STLシリーズ」を大手調剤薬局様に導入していただきました。

病院で診療を受けて処方箋をもらい、薬局で薬を受け取るまでには待ち時間がありますよね。この受け渡しロッカーはそのロスタイムをなくすだけでなく、非対面・非接触での受け渡しが可能なので、待ち時間の感染リスクも避けることができます。他にも製品ラインナップはまだまだ加速させていく必要があると考えています。

2019年に策定した中期経営計画の基本方針は「新事業・新製品開発」「収益基盤の強化」「人材育成」の3つです。この3本柱は変えず、いかに厳しい環境を脱出して2023年の100周年迎えるかをテーマとして日々取り組んでいます。

―2021年6月には、住宅玄関ドア用顔認証システムについて、YKK AP様との共同開発を発表されました。共同開発にいたった背景をお聞かせください。

メカニカルキー&ロックから、タッチ式、さらに生体認証へと変化していく中で、各種技術は常にリサーチしています。その中で顔認証の顧客ニーズがあったことと、市場に先行して導入したいというYKK APさんの強いお考えが重なったことで今回共同開発させていただきました。市場に出すことでお客様の生の声を聞くことができますので、フィードバックを吸い上げてより進化させていきたいと思います。

海外との連絡を欠かさず、従業員の健康状態は必ずチェックする

―塚野社長の日々のルーティンなどはございますか。

朝7時に会社に来て、まずは海外拠点からのメールをチェックして、状況に変化があれば返信をします。その後新聞のチェックです。日経新聞、日経産業新聞、日刊工業新聞、日刊自動車新聞の4紙は必ず目を通しています。コロナ禍で社長就任が決まり(※2021年1月公表)、まず新聞の購読頻度が上がりましたね。今は海外訪問ができない状況なので、その後はオンラインで現地スタッフとのコミュニケーションを図るようにしています。

―現地の方々とはどのようなお話をされるのでしょうか。

コロナの影響や生産の状況はもちろんですが、一番は従業員の健康状態の確認です。出勤状態や勤怠時のケアをどうしているか、ワクチンの接種状況はどうかなどを聞いています。

―他に、社長就任前から習慣にしていたインプット方法はありますか。

好きな本で言えば、「戦術」に関するものです。特に北方謙三の歴史小説はよく読みます。その頃の社会や経済情勢が克明に書かれていますし、その中で生き抜く戦略は勉強になります。また、人間関係やコミュニケーションの取り方も参考にしています。また、新聞やニュースで引っかかったキーワードを検索して調べていくことも心がけています。

実は、2000年代前半までは、本を読む習慣はありませんでした。夜な夜な図面を書く仕事が多かったということもありますが……。2009年に部長に就任してから雑学や教養の重要性を自覚して、本をはじめとして自分から情報を取りにいくようになりました。会社のフロアを歩き回って社員と話をしたり、現場に電話をしたりして情報収集することも多いです。今は生の声を拾うのが難しくなっているので、今後はより工夫が必要かもしれませんね。

足元を固めながら、未来を予測し、創造する

―今、思い描いている未来構想についてお聞かせください。

今は中期経営計画「MP2022」の遂行を第一に考えています。我々がキャッチフレーズとしているのは「予測すること」です。コロナの動向など、すべてを予測できるわけではありませんが、それでもある程度予測をした上で仕事をしようと、2023年の100周年の先、2030年について、具体的な道を示すための情報収集とプランニングに入っています。

2030年の市場動向といえば、自動車ではカーボンニュートラルへ向かってEV車が浸透している中で我々の製品はどのようなラインナップにしていくか。いかにサステナビリティ経営を実現していくか。その検討に着手している段階です。まずは収益基盤を強化して次のスタートを切るために足元のキャッシュの確保、そしてその先の未来を創造していく。これが社長を継承した私の役割だと思っています。

―就任1年目とのことですが、今後どのように経営を行っていかれるのでしょうか。

1987年に入社以来、自動車部門の開発一筋で来ましたが、住宅・セキュリティ部門を含めて今年から一気に視野が広がって、毎日が楽しいです。開発部門にいたときから、顧客のニーズをいかに的確に捉えるかという営業目線を持ち、生産現場の声を聞いて技術力を高めてきましたし、市場での使われ方や品質も意識してきました。開発、製造、市場の品質。この3つにまたがった仕事をしてきたことが社長に就任して役立っています。

今は自動車部門の開発で培った技術を住宅・セキュリティ部門に生かし、シナジーを生み出そうとしています。すごくハードルが高いことなのですが、会社として初の技術系出身社長として就任した以上、私に期待されているものづくりの現場力を発信して行きたいと思います。

プロフィール

氏名
塚野 哲幸(つかの・てつゆき)
会社名
株式会社アルファ
ブランド名
Alpha(南京錠)、edロックPLUS(住宅用電気錠)など
役職
代表取締役社長
出身校
日本大学