ビジネス界をリードする経営者は、今の時代をどんな視点で見ているのか、どこにビジネスチャンスを見出し、アプローチしようとしているのか。特集『次代を見とおす先覚者の視点』では、現在の事業や未来構想について上場企業経営者にインタビュー。読者にビジネストレンドと現代を生き抜いていくためのヒントを提供する。
北海道に拠点を構え、オリジナルブランドの健康食品や化粧品などを自社ECサイト「北の快適工房」で販売する、株式会社北の達人コーポレーション。機能性表示食品「カイテキオリゴ」など34商品(2021年8月末現在)を扱い、売上の7割は定期購入、20年2月期の売上は約100億円、営業利益約29億円を記録した。
18年連続増収と驚異的な成長を遂げた同社だが、その背景はどこにあるのか。代表取締役社長の木下勝寿氏に伺った。
(取材・執筆・構成=大正谷成晴)
無一文の中、北海道が日本で最も可能性を秘めた土地であるという判断をし、パソコン1台で乗り込み移住。コネもツテも一切無い状況から1人で起業、社員数70人で東証一部上場を成し遂げ、一代で時価総額1000億円企業に。広告運用や商品開発、顧客サポート、システム開発に至るまでを内製化することにより利益最大化を実現。東洋経済ONLINE「市場が評価した経営者ランキング」1位。日本国政府より紺綬褒章8回受章。1968年神戸生まれ。著書『売上最小化、利益最大化の法則─利益率29%経営の秘密』(ダイヤモンド社)はAmazonの3部門を始め、ビジネス書ランキング各種7部門で1位となる。
3つの理由から北海道の特産品販売サイトを立ち上げ
――現在は自社ブランドの健康美容食品などを「北の快適工房」で販売しています。
創業自体は2000年で、立ち上げたのはカニなど北海道の特産品を販売するサイト「北海道・しーおー・じぇいぴー」です。その2年後に法人化し、株式会社北海道・シーオー・シェイピーを設立しました(09年に現社名に商号変更)。当時はインターネットが世の中に普及し始めていたころで、eコマースを選んだ理由は3つあります。
1つ目は「ネットビジネス」であるということ。私は坂本龍馬の大ファンですが、なぜ龍馬が活躍できたかというと、時代の変わり目だったことが大きいと考えています。そういったタイミングにはチャンスがあり、インターネットの到来は明治維新にも並ぶほどのインパクトがありました。今までの重厚長大な産業から一気に変わると思い、その波に乗るネットビジネスを選んだのです。
2つ目は「BtoC」だったからです。2000年ごろと言えば、サーバ運営やホームページ作成などBtoBのネットビジネスが花形でしたが、あえて対一般消費者を選びました。それは、私自身が社会人になったタイミングでバブル崩壊を経験したからです。景気が悪くなると企業は経費を引き締めますから、BtoBで回る生産財を扱うと景気循環の中で共倒れするというリスクを実感していました。他方、生活必需品を一般消費者に届けるBtoCのビジネスは、販売価格が高すぎなければ長期的に安定すると思ったのです。
3つ目の「物販」も外すことのできない理由です。ゲームやアプリもBtoCのネットビジネスですが、技術革新や法改正の影響をどのように受けるかわかりません。例えば、ガラケーの時代には着メロが流行りましたが、スマートフォンに移行すると一気に下火になりました。インターネット内で完結するビジネスはリスキーなので、販売の部分では活用するものの、マネタイズの部分は距離を置く必要があると考えました。インターネットが使えなくなっても破綻しない基盤を作りたいことから、カタログなどで代替できる物販を選んだのです。
――北海道の特産品を扱ったのではなぜですか。
今でこそ当社は北海道に本社がありますが、私は関西で生まれ育っています。縁もゆかりもないのですが、サイトの立ち上げに当たり「何かに特化しないといけない」との観点から日本中で最もチャンスのある場所を検討した結果、海産物や農産物など、全国屈指の特産品や素材がある北海道にたどり着きました。
実際、特産品のマーケットは郵便局の「ふるさと小包」などがeコマース前からあり、北海道の特産品は圧倒的な人気です。百貨店で開催される北海道フェアも、長蛇の列を作ります。アジアでの知名度も高く、海外展開も視野に入れると北海道は有力だと考えました。
ネットショップから自社ブランドメーカーへ転身
――2011年には「北海道・しーおー・じぇいぴー」など特産品サイトの運営を譲渡し、「北の快適工房」による健康美容商品の販売に軸足を移しました。
eコマースを取り巻く環境が激変したことが関係しています。創業当時はオンラインでモノを買う習慣が今ほどなく、詐欺などトラブルに遭うことを恐れる消費者も多い時代で、信用されるサイトを作るかが重要課題でした。
状況が変わったのは、楽天がプロ野球に参入した2004年。一気にネットショップが一般化し、楽天市場とAmazonが市場を席巻しました。これにより、ゼロからサイトを立ち上げるのではなく、楽天などのテナントになったほうが信用があり、使いやすいという流れになったのです。ただし、出店すると競合との価格競争にさらされ、当社としてはビジネスの岐路に立たされました。
そこで掲げたのが、「買いやすいショップ」から「ここでしか買えないプロダクトを持つ」への戦略転換です。早速、当時扱っていた北海道特産の天然のオリゴ糖を改良した「カイテキオリゴ」を皮切りに自社ブランドの商品を立ち上げ、ネットショップからプロダクトメーカーへの転身を図りました。振り返ると、もっとも経営判断を迫られた場面でした。
特産品サイトの運営を譲渡したのは、自然な流れでした。07年に健康美容商品の販売総合サイト「カイテキフレンドクラブ」(11年に「北の快適工房」に変更)を開設以降、売上の比重はどんどん大きくなり、1つの事業に集中すべきと決めました。結果、事業を伸ばしやすい体制ができました。
少数精鋭のニッチなプロダクトでファン層を拡大
――現在はヘルスケアやスキンケアなどに関する商品を扱っていますが、特徴をお教えください。
商品開発力は大きな特徴です。一般的なメーカーでは商品サンプルを作り理論データを検証して商品化しますが、当社は理論データの検証後に社名や商品名を隠した状態でモニター体感調査を実施し、「効果を実感するか」を確かめます。そのうえで結果がかなり良かった場合のみ商品化するのです。
当初はOEMメーカーに頼っていた成分の処方設計も、経験を積み、今では自社で企画するようになりました。750項目に上る独自の商品開発基準も設けていて、100のアイデアがあれば実現するのは1つくらいで、アイテム数が少ないのはそのためです。
また、大手企業が参入するには市場が小さく、中小企業が挑むには品質的に敵わないという、ニッチな商品を扱っているのも特徴です。多くの消費者に興味を持ってもらうよりは、ニッチかつ競合しない商品であれば利益率を保つことができます。どういった商品を作ると、どれだけクリックされるかがある程度わかるなど、自社でマーケティングを行い市場のニーズを把握して商品を開発しているからこそ、実現することです。
健康美容商品に特化しているのも理由があります。商品とマーケティングがよければ売上はあがるのではありません。例えば、どれだけ内容がよくてもダイエット向けのDVDを買うのは一度きり、同じ食品でもスイーツなどは美味しかったとしても「次は別のものを食べてみたい」という欲求になります。
対して健康食品や化粧品は1回試して質が高いとリピーターが醸成しやすいのが強みです。当社の商品は基本的に1ヵ月でなくなる定期購入向けのアイテムで、現状では売上の7割はサブスクリプションが占めています。定期購入に向いた商材であることを前提に開発しています。
広告最適化システムを自社開発し広告を効率的に運用
――データを活用したマーケティングも御社の強みです。
当社では自社開発した広告最適化システム「アドマネ」で、常時5000本出稿している広告を効率的に管理しています。広告媒体や広告原稿、キーワード、時間帯など、さまざまな項目ごとに1日当たりのCPO(COST Per Order:1件当たりの顧客獲得コスト)を算出・管理し、上限CPOを超えるとアラートが立ち、半自動的に広告配信を停止するというものです。
具体的には、GoogleやYahoo!など広告媒体ごとのデータから月間単位LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を算出し、商品ごとにかけることができる広告費の上限コスト(上限CPO)を各媒体や施策ごとに決めています。例えば、Yahoo!に比べるとGoogle経由のユーザーはネットリテラシーが高くECサイトで買い物をする傾向があり、LTVは高くなります。通常のプロモーションとオマケ付きのオファーでもリピート率は変わります。こうしたデータをもとに広告媒体や広告原稿ごとに上限CPOを設定することで、赤字にならないように運用するのです。
――経営で重視していることは何ですか。
話題ではなく、実績になることを重視しています。企業は売上が上がると注目されますが、eコマースの分野では、広告費を投入すればするほど売上が上がるのは当然のことです。小売店が店舗を増やすと売上がアップするのと同じ理屈です。ただし、投資分のリターンがあるかどうかは別の話しで、実際は採算が合わず赤字になることは珍しくありません。
ですから、話題になるかは関係なく、計算できることはしっかり数字に落とし込み、実績として利益が出ることが大切です。テレビCMを打った場合は、どれだけ売上につながったのか数値化しにくいですが、幸いなことにeコマースはクリック数やクリック単価、コンバージョン率などがデータで収集しやすく、これらを活用すると効果的なプロモーションを実現できます。
――2012年に札幌証券取引所のアンビシャス市場、翌年に本則市場、14年に東証二部、15年には東証一部と、史上初の4年連続上場を果たし、17年には時価総額1000億円を達成しました。
上場を意識し始めたのは、2007年ごろです。会社の先々を考えたとき、次の世代の社長業を担える人材を道内だけはなく、首都圏を含め広く全国から探す必要があると思ったのです。未上場の地方中小企業では魅力に乏しく、首都圏からの採用は難しいため、上場してパブリックカンパニーになることを目指しました。だから事業の存続というのが、大きな理由です。まずは、採用の面だけでも有利にしようと考えアンビシャスに上場し、そのたびに証券会社から「次を目指せます」といわれ、連続上場を実現しました。
上場は私自身に変化をもたらしたと思います。私は創業当初から「売上最小化、利益最大化の法則」を実践し、売上の高さではなく利益率を重視した経営を行ってきました。他にも、固定資産はなるべく持たない、借入はしないといった方針もありますが、なかなか周囲から理解を得られず、「売上を上げたほうがいい」「銀行から融資を受けて投資すべき」という声があったことは事実です。そうした声が上場によりなくなりました。すべての企業がならうことはありませんが、私の唱える法則を一つの正解として捉えていただくようになり、自信を深めることができました。
ニッチ特化型からマスマーケット商品にも拡大
――2020年2月期には売上約100億円、営業利益約29億円を実現しました。営業利益率29%は、上場している主なEC企業平均の12倍の利益率です。
売上100億円の壁を超えることができたのはうれしい反面、21年2月期は約92億円に落としています。新型コロナウイルスの影響もありますが、企業体としての踊り場を迎え、次の段階に生まれ変わる時期だと捉えています。今後は売上高1000億円の企業を目指していますが、その中でプロダクトや組織を刷新して再構築を進めているところです。
プロダクトはニッチ特化型に加えて、今年8月からはより大きな売上高を見込めるマスマーケット向け商品の販売を始めました。これまでは、ニッチなマーケットを切り開き1商品で10億~15億規模の売上を積み上げてきましたが、仮にシャンプー市場が1000億円規模だとすると、10%を取るだけで100億円です。ニッチとマスにはそれぞれよいところがあり、両方を意識した商品展開を進めていきます。
組織の部分では、各メンバーが自律的に判断できる体制づくりを始めました。現状の規模だとトップが直接見て指示を出すことができますが、1000億円規模になるとそうはいきません。行動指針的なところでKPI設定の優先順位を明確にして、動きやすい組織にしたいと思います。
プロモーションに関しても、現状は上限CPOに合わない時間帯などに広告を停止していますが、そうするとクリックの件数自体は減少します。当然ながら採算の合わない広告は未来永劫許されませんが、採算が合わないからといって単に止めるのではなく、「なぜ合わないのか」「この時間帯に合わない理由は何か」まで掘り下げ、全時間帯で合うようにするアイデアを考えていきたいです。
――普段の学びについてお教えください。
ビジネスマンを30年続け、おおよその原理原則は学んだと思います。一方、ここ数年でスマホアプリで生活が激変するなど、世の中の変化は速くなるばかりです。私自身、1年前は現金ベースだったのが、今は週1回くらいしか使わず、ほぼキャッシュレス決済になりました。人類が生きてきた中でこれだけ早い変化はなく、過去の原理原則が当てはまらないケースが増えていると思います。過去の原理原則を知らない若い社員の生活スタイルやトレンドを積極的に聞き、そこにマーケットがあった場合は、これまでの原理原則が当てはまるのかどうかを考えるようにしています。
eコマースの現状を見渡すと、Amazonの偉大さを改めてかみしめています。創業に近いころからずっと見ていますが、創業者のジェフ・ベゾス氏はSFのような夢物語を形にしてきました。1人の人間が世界中の人の暮らしを変えたわけで、その行程を見ることができたのは素晴らしい経験です。思いが世界を変えられるとわかりました。日本でも私と社歴・年齢の近い起業家がたくさんいて、私もおごることなく前に進もうという気にさせてもらっています。
――最後に、今後の展望をお聞かせください。
プロダクトや組織に磨きをかけると同時に、これまでは自社ECサイトが中心でしたが、Amazonなどのモールを使って国内だけではなく海外にも打って出ることを検討しています。M&Aや新規事業でチャネルを多角化するなど、高い利益率をキープしたまま売上1000億円を目指していきます。
プロフィール
- 氏名
- 木下 勝寿(きのした・かつひさ)
- 会社名
- 株式会社北の達人コーポレーション
- 役職
- 代表取締役社長
- 受賞歴
- ・日本国政府より紺綬褒章(※1)8回受章
・社長在任期間中の株価上昇率ランキング 第1位(日経ヴェリタス 2020年10月25日発行)
・市場が評価した経営者ランキング 第1位(東洋経済ONLINE 2019年)
・Japan Venture Awards 2017(※2)「eコマース推進特別賞」受賞
・EYアントレプレナー・オブ・ザ・イヤー 2015ジャパン 日本代表候補ファイナリスト
(※1)公益のために私財を寄付し、功績が顕著な個人または法人・団体に対し、日本国政府より授与
(※2)革新的かつ潜在成長力の高い事業や、地域の活性化に資する事業を行う、志の高いベンチャー企業の経営者を称える表彰制度