生活に欠かせない便利なツールとなったネット通販。新型コロナウイルス感染症拡大の影響による外出自粛など、ライフスタイルの変化によって、ネット通販は我が国でさらに確固たる地位を築いているようだ。
日本通信販売協会(JADMA)が、2020年度(2020年4月~2021年3月)の通信販売市場の売上高について調査を行ったところ、通販の売上高は10兆6300億円で、前年に比べて1兆7800億円増加したという(前年比20.1パーセント増)。20パーセント以上の伸び率を記録したのは、1982年度の調査開始以来初めてであり、直近10年の平均成長率は8.7パーセントで、マイナス成長を記録した1998年度以来、22年連続して増加中である(参考)。
中国のネットショッピングにまつわる数字はさらに桁違いに大きなものになる。今年もあと2か月にせまっている中国の年間最大のネット通販セール、11月11日「独身の日」は、消費活性化の一大イベントとなり、その盛大に開催されるイベントの模様は毎年テレビ中継され、秋の風物詩ともいえる光景となった。元来、11月11日は独身者が「自分へのごほうび」で買い物をしたのが由来とされているが、2009年からネット通販セールが開始された。2020年、最大手のアリババグループは例年よりセール期間を延長し、11月1日~11日が期間となったこともあり、アリババでの取扱高は約7.72兆円(4982億元)、前年比85パーセントと増加した(参考)。ネット通販2位の京東 (ジンドン)集団(JDドットコム)も「独身の日」セールを開催するほか、会社創立日にちなみ「618セール」も開催している。
このように、投資から消費へと移行した中国経済のけん引力は、中国の新中産階級である。モバイルインターネットコンサルティング会社クエストモバイルが発表した「2021年新中産階級インサイト報告」によると、約2億人いるとされている中国の新中産階級は、年齢が25歳から40歳の都市住民で、オンライン消費能力が1000元超えるといった基準を満たす人々のことだという(参考)。
消費拡大による中国の経済発展を象徴するように盛大に開催されるネット通販セールが“光”の部分とするなら、表舞台から姿を消すことになったアリババグループの創業者ジャック・マー氏への規制をめぐる一連の動向は“影”の部分といえるかもしれない。2020年11月、アリババグループのフィンテック企業で「アリペイ」を運営するアントは、香港と上海でのIPO(新規公開株)取引が中止された。当局による規制の強化の理由は定かではないが、マー氏がイノベーションを阻害し、発展や若者の機会を十分に尊重していないと中国の規制当局に対する批判的意見を表明していたとする説や(参考)、非主流派の江沢民元国家主席派と近いといわれ、傘下にあるメディアで江氏の近い見方を報じていたからではないかなどの憶測を呼んだ(参考)。
いずれにしても、経済発展を実現した「新しい中国」のイメージを体現するカリスマと呼ばれ、一時期、世界で最も裕福な人物となったマー氏はあまりに大きな存在になりすぎたのかもしれない。中国共産党は、社会全体にも影響力を与える存在になりつつあったマー氏が自らを越える存在になってはならないと考えたとしても不思議ではない。つまり、様々な分野に新たな規制の網をかけ始めた習近平国家主席は、中国共産党による支配体制の安定のために自身の支配を危うくする動きに神経をとがらせていると推測できる。
中国メディアは8月、中国商務部の担当者が中国は世界2位の消費市場、世界1位の貿易大国となったとした上で、「消費高度化の歩みが絶えず加速するにつれ、デジタル、文化、観光、健康など各種の消費の注目点が次々に登場し、消費の新業態、新スタイル、新シーンも絶えず生み出された」と述べたと伝えている(参考)。消費社会をめぐる環境の変化の時を迎え、新たなプレーヤーは生まれるのかといった点について、目が離せない。
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
倉持 正胤 記す