資産の新しい投資対象として、デジタル証券(Security Token:セキュリティ・トークン)が注目されている。2021年4月に、SBI証券が国内初の一般投資家向けSTO(Security Token Offering:デジタル証券を活用した資金調達手段のこと)を実施。2021年8月には三菱UFJ信託銀行が不動産をデジタル証券化し、個人投資家に販売することを発表した。この動きは、他の金融機関にも広がると見られている。国内でのSTOが本格化する前に、その仕組みやメリット、デメリットをしっかり押さえておこう。

目次

  1. 1. デジタル証券とは?概要と歴史を確認
  2. 2. デジタル証券のメリット
  3. 3. デジタル証券の利回り
  4. 4. デジタル証券を取り扱う証券会社・銀行
  5. 5. デジタル証券の今後の商品展開と世間への浸透の可能性
  6. まとめ:デジタル証券は、ブロックチェーンで管理されるデジタル金融商品のこと

1. デジタル証券とは?概要と歴史を確認

デジタル証券とは? 資金調達方法の違いとメリット、注意点
(画像=PIXTA)

デジタル証券は、ST(Security Token:セキュリティ・トークン)とも呼ばれる金融商品だ。デジタル証券を利用した資金調達はSTO(Security Token Offering)といわれる。デジタル証券は、株式や債券といった従来の有価証券とは、どのような違いがあるのだろうか。ここではまず、その特徴と歴史を確認しよう。

1.1. デジタル証券と従来の有価証券の違い

デジタル証券と従来の有価証券の主な相違点は、以下の4点である。

・従来型とデジタル証券の違い1:有価証券の内容と保有者の権利の記載場所

従来の証券とデジタル証券の違いの1つめは、証券の内容や保有者の権利が記載される場所だ。従来の株式や債券では紙媒体の証券に記される。一方、デジタル証券は、デジタル証票である「トークン」に記録される。

・従来型とデジタル証券の違い2:証券の管理場所

従来の証券とデジタル証券の違い2つめは、証券の管理場所だ。従来の株式取引では、株券は“ほふり”(証券保管振替機構)で一括管理される。以前は株主が株券を保管していたが、2009年に株券が電子化(ペーパーレス化)されて以降、ほふりで管理されることになった。

対してデジタル証券は、ブロックチェーンで管理される。ブロックチェーンとは、分散型台帳技術と呼ばれるネットワーク上のデータベースだ。暗号通貨(仮想通貨)であるビットコインの開発時に、取引を記録する技術として誕生した。ブロックチェーンはすべての参加者が同じ情報を共有・活用できる仕組みのため、取引記録の改竄(かいざん)が不可能で障害が発生しづらく、さまざまな分野で活用されている。

・従来型とデジタル証券の違い3:流通場所

従来の証券とデジタル証券の違い3つめは、流通場所だ。従来型の株式は証券取引所で取引されるが、デジタル証券はデジタル証券取引所で取引される。デジタル証券の取引量は年々増加しており、2019年に4.5億ドルだったSTOの市場規模は、2025年には8兆ドルに達するとの予測もある。

なお、急拡大するデジタル市場の取り込みを巡る競争は世界規模で激しくなっており、スイスやシンガポールを中心に市場の整備が進められている。世界に後れを取ることなく日本のデジタル証券市場を成長させるには、国内の取引所の整備が不可欠である。

1.2. デジタル証券のこれまでの経緯

日本での注目が高まっているデジタル証券(ST)だが、有価証券のデジタル化は突然始まったわけではない。デジタル証券についてより深く知るためにも、誕生に至った経緯を押さえておこう。

・ICOの発展と問題点
デジタル証券の成り立ちを考えるには、ICO(Initial Coin Offering)の発展と問題点についても知る必要があるだろう。ICOは2017年~18年にかけて急速に広がった新しい資金調達方法だ。事業者が電子的に発行したトークンを投資家が購入することで、資金を集める。トークンやブロックチェーンの技術を活用した仕組みは、デジタル証券と同様である。

ICOの問題点は、発行にルールがなく、トークンの権利に裏付けがなかった点だ。そのため、詐欺的な商品が販売されるなど、信用力が低く、ハイリスクな資産調達手段となってしまったのである。

・ST(デジタル証券)の発展とこれから
デジタル証券が誕生するきっかけになったのは、ICOのリスクの高さを議論すべく2018年に開かれた「仮想通貨交換業等に関する研究会」だ。研究会でICOは、投資性ICOとその他のICOに分けられることになる。この投資性ICOが、デジタル証券を対象とした現在のSTOだ。

投資性ICOは信用力の高い取引をするために、金商法関連の規制を遵守することが決定された。これに伴い、投資性ICOは一般的な株や債券などと同じ「第一項有価証券」、投資性ICOの売買は「第一種金融商品取引業」と位置付けられた。

そしてICOの取引は、内閣総理大臣の申請・登録を行った金融商品取引業者(証券会社)が行うこととされたのである。このため、同様のトークン化技術を使いながら、有価証券の価値をトークンにもたせたデジタル証券へ急速に移行したというわけである。

厳格なルールのもとに取引を行うことになったデジタル証券による資金調達「STO」は、安心して取引できる金融商品として世界中で広がった。デジタル証券の取引は海外で先行しており、ドイツやスイス、シンガポールではすでに取引所が開設され、売買がスタートしている。

・日本でも今後STOによる売買が加速
日本ではSBIホールディングス主導のもと、三井住友フィナンシャルグループ、野村ホールディングス、大和証券グループが資本参加し、「大阪デジタルエクスチェンジ(ODX)」を設立することが決まった。ODXには、三菱UFJ信託銀行の自社システム「プログマ」が提供される予定だ。 2022年春から上場株の取り扱いを開始し、2023年にはデジタル証券の売買をスタートしたいとしている。

主要証券会社が先頭に立ってデジタル証券取引所が開設されることで、日本における今後のSTOはさらに加速するのではないだろうか。

2. デジタル証券のメリット

取引が電子化されたデジタル証券には、従来の株式や債券にはないメリットがある。ここでは、デジタル証券特有のメリットを4つ紹介したい。

2.1. デジタル証券のメリット1:24時間365日取引ができる

メリットの1つめは、24時間365日取引ができる点だ。デジタル証券は、1つのサーバーで管理するのではなく、ブロックチェーン技術により複数のコンピューターで取引を記録しているため、時間や曜日にかかわらず、いつでも好きな時に取引ができる。

2.2. デジタル証券のメリット2:コストを削減できる

メリットの2つめは、投資コストを削減できる点だ。デジタル証券は、プログラムの埋め込みによるカスタマイズが可能である。そのため、資産の証券化や配当の支払い、売買決済など幅広い業務を自動化できるようになる。手続きにかかっていた時間や、人件費といったコストを大幅に削減できるだろう。

投資では、コストはできるだけ抑えるべきとされる。コストがかさむと、獲得した利益を相殺してしまうからだ。取引コストが低いデジタル証券での投資は、利益の相殺が比較的少なく、効率のよい投資を目指せる。

2.3. デジタル証券のメリット3:ベンチャー企業が資金調達しやすくなる

デジタル証券の3つめのメリットは、実績が少なく規模の小さい企業でも、資金集めがしやすい点だ。通常、株式を発行して資金を集めるには、取引所に上場する必要があった。そのためにまず、事業実績や継続年数などを基準とした審査に通過しなければならなかった。そのため、設立間もないベンチャー企業などは、株式による資金集めは簡単ではなかった。

デジタル証券は、規模の小さな企業や設立したばかりの企業が資金調達を行う有効な方法と考えられる。それは、STOを活用することで、「事業への投資(プロジェクトファイナンス)」が可能になるからだ。

投資家が魅力を感じられる事業を持っている企業なら、規模や設立年数によらず幅広く資金を集められるようになる。このようにSTOは、ベンチャー企業や中小企業でも資金を集められる新たな方法としても期待が寄せられている。

2.4. デジタル証券のメリット4:資産を小口化して取引しやすい

デジタル証券のメリット4つめは、資産を小口化して取引しやすい点だ。証券の発行や管理、決済にかかる時間とコストを大幅に削減できるデジタル証券では、これまで難しかった資産の小口化も容易に行えるようになる。資産を小口化する仕組みを見てみよう。

▽デジタル証券で資産が小口化される仕組み      

デジタル証券とは? 資金調達方法の違いとメリット、注意点

小口化とは、投資対象となる資産を多数の持分権に分割した金融商品だ。投資家は小口化された証券を購入することで、共有資産から発生した利益を、持分に応じて得る仕組みとなっている。このデジタル証券ならではの小口化の仕組みを利用することで、そのままでは高額で売買がしづらい資産でも、より多くの投資家から資金を募ることができるようになる。その特徴を生かし、資産の小口化は特に不動産や美術品といった高額資産で多く利用されてきた。

また投資家の立場から見れば、通常では投資できない高額の資産に、小額から投資できるようになる点が小口化の魅力といえるだろう。

3. デジタル証券の利回り

デジタル証券の利回りは投資する商品や値動きによって異なるため、一概には言えない。一例を挙げると、2021年4月にSBI証券が販売したデジタル社債の利回りは、0.35%(税引後0.278%)だった。1億円の募集枠は発売から2時間で完売しており、注目度の高さがうかがえる。

ちなみに、2021年11月16日時点において、SBI証券で取り扱っている他の社債の利回りは、0.42~1.02%(税引後0.33~0.812%)である。利回りだけ見れば、デジタル社債は特別高いとは言えない。今回販売されたデジタル社債が短時間で完売したのは、特典として額面10万円につき10XRP(リップル)が付与されたことも1つの要因だろう。

リップルは、仮想通貨の1つだ。2021年11月19日時点では1リップル120円程度で推移している。そのレートで考えると、10リップルは1,200円ほどだ。この特典も利益として加味すると、利回りは1.55%となるため、その他の社債と比較して魅力がある商品として人気が集まったのではないだろうか。

4. デジタル証券を取り扱う証券会社・銀行

2021年11月時点では、一般の投資家がデジタル証券を購入できる機会はまだそれほど多くない。デジタル証券の取引をいち早く進めているのは、SBI証券だ。3で紹介したデジタル社債を発行したほか、2021年12月には不動産のデジタル証券の販売を予定している。その他の金融機関では、2020年にみずほFG、2021年に大和証券でデジタル社債の実証実験が行われており、今後一般に向けたデジタル証券の販売の広がりが期待される。

なお、デジタル証券の取引にかかる手数料は、種類によって異なる。ちなみに、SBI証券が先に発売したデジタル社債は、手数料はなかった。一方、12月発売予定の不動産のデジタル証券では、信託受託者への信託報酬やアセット・マネジャーに対する運用報酬などの手数料が必要である。なお、当該デジタル証券の手数料額は一般的なREITと同程度に設定されている。

通常の株や投資信託の取引では、野村證券といった対面型の証券会社よりもSBI証券のようなネット証券の方が手数料は低い。デジタル証券の取引では、対面型とネット証券で手数料に違いが生まれるのかも注視していきたいポイントである。

5. デジタル証券の今後の商品展開と世間への浸透の可能性

個人投資家に向けたデジタル証券販売の第一弾では、小口化しやすいメリットを生かし、居住用不動産を対象とした商品が販売された。今後は、映画やゲームを制作するファンド、飛行機やスタジアムなどもデジタル証券化の対象となりそうだ。飛行機やスタジアムを対象としたデジタル証券には、利用・観覧の権利を付帯することができる。

まとめ:デジタル証券は、ブロックチェーンで管理されるデジタル金融商品のこと

デジタル証券は、証券の内容や投資家の権利がトークンに記され、ブロックチェーンで管理される金融商品だ。デジタルで管理可能なため、投資のコストを抑えやすいこと、資産を小口化しやすいといった特徴がある。

海外で先行しているデジタル証券市場だが、日本でも大阪デジタルエクスチェンジの設立が決まるなど、徐々に広がりを見せている。規模の小さな企業の資金調達にも向いているため、独自性のある面白い商品も発売されそうだ。デジタル証券がどのくらい個人投資家に浸透するのか、今後の動きを注視したい。

山本希美
山本希美
中央大学法学部を卒業後、都市銀行に就職。ファイナンシャルプランナーとして、経営者や資産家といった富裕層の資産運用に携わる。退職後は、銀行で得た知識を活かし資産運用情報を発信。自身も20代より、株や投資信託・保険商品などを組み合わせた資産運用を続けている。