はじめに
資産形成は自助努力が求められる流れになってきた。2019年6月に、金融庁の金融審議会で報告された「老後資金の2,000万問題」が世間で大きな物議を醸した。
資産形成の手段には預貯金、債券、株式、投資信託、不動産などがある。しかし、現状、預貯金は安全性が高いが、低金利環境で収益性はゼロに近い。個人向け国債も元本割れリスクがないものの、低金利で収益性が低い。一方で、株式は価格変動リスクがあるが、収益性が高く、分散や長期投資等でリスクを抑制することもできるため、長期の資産形成に向いている。
株式に投資する方法はいくつかある。まず、株式の個別株に投資する場合は、一定以上の金融知識が求められ、リスク軽減のために多くの銘柄へ分散投資するには相当な金額が必要となり、投資の初心者にはハードルが高い。
一方で、投資信託を活用すれば、少額から手軽に投資できる。投資信託にはアクティブ型投資信託とインデックス型投資信託があるが、主要な市場インデックス型投資信託はニュース等で報道される有名な株式市場の動きと連動しており、値動きが把握しやすい。また、インデックス型投資信託は、一般的にアクティブ型投資信託よりコストが安く、数多くの銘柄を組み込んでおり、少数の株式に投資するよりもリスクが分散されており、リスクが小さい。以上のことから、株式インデックス投資は、資産形成の手段として初心者に適していると思う。
ただ、日本では1,000種以上*1のインデックス投信商品があり、どれを選んだらいいのか戸惑ってしまう方もいるだろう。そこで、主要な株式インデックスについて紹介し、過去のデータに基づいて、どの株式インデックスを選択すべきだったかについて説明してみたい。
代表的な株式インデックスの紹介
ニュースなどを通じて情報を簡単に入手でき、値動きが把握しやすいという観点から、本稿では図表1に挙げた株式インデックスを分析の対象とする。
代表的な日本株式インデックスにはTOPIXと日経平均株価がある。TOPIXは時価総額が東京証券取引所上場企業全体の96.3%*2を占めており、株式市場全体の動向を示す指標である。日経平均株価は高い指標性を持っており、一般に広く知られている。
代表的な米国株式インデックスにはS&P500、ダウ平均株価とナスダック100がある。S&P500の時価総額は米国株式市場全体の約80%を占めており、米国の株式市場動向を広く反映している。ダウ平均株価は米国を代表する企業の株価動向を示しており、ニュース等でよく報道される。ナスダック100はITやバイオテクノロジーなど最新技術を持つ企業と米国に上場している海外企業が含まれている。
世界の各国・地域を代表するインデックスもある。日本の投資信託によく採用されているMSCIコクサイは米国、イギリス等の先進国株式が組み入れられているが日本株式は除かれている。一方で、MSCIWorldはMSCIコクサイと異なり、日本株式が組み入れられている。MSCI EM(新興国株式)は中国、韓国、インド、ブラジルなどの新興国株式が組み入れられている。先進国と新興国の両方の株式を組み入れているのがMSCI ACWI(全世界株式)である。
株価下落直前に100万円を投資した場合、その後どうなる?
実際に、上記の株式インデックスを使って長期投資をする場合はどうなるか?
仮に100万円を日本バブル崩壊直前、ITバブル崩壊直前、リーマン・ショック直前、コロナ・ショック直前に一括投資し、2021年9月末まで保有していたら、100万円がいくらになったかを見てみよう。
図表2を見ると、金融・経済危機直前という最悪のタイミングで株式インデックスに投資を開始したとしても、長期保有をすると、最終残高が元本100万円を大きく上回ることが分かる。例えば、日本バブル崩壊直前の1990年年初にナスダック100に100万円投資し、2021年9月末まで31年9カ月持ち続けたとすると最終残高は5,967万円と60倍近くになっている。実際は各種コストがかかるので、多少はこれよりは少なくなるが、極めて大きな金額となっている。ITバブル崩壊直前の2000年3月にダウ平均株価に100万円投資し、21年6カ月持ち続けたとすると最終残高は563万円、リーマン・ショック直前の2007年11月にナスダック100に100万円投資し、13年10カ月持ち続けたとすると、最終残高は730万円になっている。
一方、ITバブル崩壊直前に日経平均株価に100万円投資した場合で、最終残高は206万円と21年間も投資して2倍くらいにしかなっていない。リーマン・ショック直前に日経平均株価に100万円投資した場合はおよそ13年で最終残高が228万円に増えているが、米国株式には見劣りする。
まとめ
家計の金融資産構成について日米を比較すると、2021年3月末時点の現預金(日:54.3%、米:13.3%)と投信・株式(日:14.3%、米:51.0%)の比率がまさに正反対である*3。特に日本は家計の預貯金額は総額1,000兆円を超えており、リスク回避傾向が非常に強いことが分かる。
しかし、低金利環境が続いている中、預貯金以外の資産形成手段として、株式インデックス投資が非常に有効である。
過去のデータを見る限り、結論として以下のことが言える。
〇投資後に価格が下がっても慌てて売ることなく、辛抱強く持ち続け、価格上昇を待つ長期投資が良い。但し、老後が近くなった段階で、価格が上がり、十分満足できる資産が形成できたら、躊躇なく売却することもとても重要である。
〇株式インデックスとしては、米国株式(ナスダック100、S&P500、ダウ平均株価)、米国株式が7割以上を占める先進国株式(MSCIコクサイ)などをはじめ、収益力、成長力が期待できるインデックスが良い。尚、インデックス投資ではリターンは同様なので、コストが安いものを選ぶべきである。
〇当然ながら、投資においては分散投資が重要だが、最近の傾向として各種株式インデックスの値動きの連動性が高まってきており分散投資のメリットは小さい。一方、国内債券投資は利回りが低すぎるため、投資するメリットは小さい。長期的な資産形成のための資金であれば、株式インデックス投資をメインに投資するのが良い。
尚、株価下落直前という最悪の条件に一括投資していた場合でも株式インデックス投資メインが良いのだから、最悪期に限らず、株価下落後の最良期にも投資する積立投資ならばなおのこそ、株式インデックス投資をメインに投資することをお勧めする。
加えて、これから人生100年時代の資産形成を考えて株式インデックスに投資する場合には、税制上の優遇措置がある「確定拠出年金(企業型や個人型のiDeCo)」や「つみたてNISA」を利用すべきである。さらに余裕がある場合は特定口座で株式インデックス投資から始め、慣れてきたらアクティブ型の投資信託に投資するのも良い。まずは、手元に資金があれば、勇気を出して、株式インデックスに投資してみてはどうだろうか。
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1 投資信託協会ウェブサイトより、公募株式投信のインデックスファンド数が1,079(2021年8月末時点)。
2 日本取引所グループウェブサイトより、東京証券取引所上場企業全体の時価総額は東証一部、東証二部、マザーズとジャスダックの時価総額(浮動株ベース、円単位)で計算した(2021年9月末時点)。
*3 いずれも2021年3月末のデータ。2021年8月20日の日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」より。
熊 紫云 (ゆう しうん)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 研究員
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