1 ―― はじめに
バイデン大統領の就任から1月20日で1年が経過した。バイデン政権は追加経済対策や超党派のインフラ投資法案を成立させたほか、21年に統計開始以来最高となる645万人の雇用を創出するなど一定の成果を挙げた。
一方、新型コロナ対策では新型コロナ感染者数の抑制に成功していない。また、党内対立から社会保障改革や気候変動を盛り込んだ大型歳出法案(ビルドバックベター法)成立の目途が立っていない。さらに、足元でインフレが高進に伴い国民の不満が高まるなど、バイデン政権は多くの課題を抱えている。
本稿ではバイデン政権の1年を振り返り、バイデン政権の成果とバイデン政権が抱ええる課題について整理するほか、バイデン政権の評価や22年11月に予定されている中間選挙の見通しについて論じた。バイデン政権と与党民主党の支持率が低迷する中、中間選挙に向けてバイデン政権は政権運営の立て直しを図りたい所だが、支持率回復の糸口はつかめておらず、中間選挙に敗北して「ねじれ議会」となる可能性が高まっている。その場合、バイデン政権は早くもレイムダック化しよう。
2 ―― バイデン政権の成果
(追加経済対策)3月におよそ1.9兆ドル規模の追加経済対策が成立
バイデン大統領は就任当初に最優先の政策課題として新型コロナ対策と並び、追加経済対策を掲げ、21年3月11日におよそ1.9兆ドル規模となる「米国救済計画」を、財政調整措置を活用して上下院の民主党議員の単独過半数で成立させた。
「米国救済計画」には所得制限を付した上で1人1,400ドルの直接給付や失業保険の週300ドルの追加給付、州・地方政府に対する支援に加え、新型コロナ対策のためのワクチン接種プログラムや学校再開支援策に対する予算などが盛り込まれた(図表 - 2)。
「米国救済計画」に対する有権者の支持は高く、ピューリサーチが21年3月上旬に行った世論調査(※1)では米国成人の7割が好意的に評価していることを示した。
(インフラ投資)11月に総額1.2兆ドル(新規投資分:5,500億ドル)のインフラ投資法案が成立
バイデン政権が実現を目指す成長戦略のうち、インフラ投資では上院超党派で作成された今後5年間で総額1.2兆ドル規模(新規投資分:5,500億ドル)の「インフラ投資と雇用法」(以下、IIJA)が11月15日に成立した。IIJAの採決では上院の賛成は69票(民主党50票、共和党19票)、下院の賛成は228票(民主党215票、共和党13票)と一部野党共和党議員も賛成にまわっており、超党派の支持により成立した。
インフラ投資では、当初2.6兆ドル規模の実現を目指していたが、議会審議の過程で研究開発・製造業支援(5,660億ドル)、公共住宅支援や公立学校の近代化(3,870億ドル)、在宅、地域密着型ケアサービス労働者の待遇改善(4,000億ドル)、クリーンエネルギー税額控除(3,630億ドル)などが削除されたほか、全般的に予算規模が縮小された。
一方、IIJAの新規投資分である5,500億ドルには道路や橋の整備(1,100億ドル)、電力インフラ整備(730億ドル)、鉄道インフラ整備(660億ドル)、ブロードバンド網整備(650億ドル)などが盛り込まれた(図表 - 3)。
IIJAの財源としては、新型コロナの経済対策として確保された予算のうち、未使用分(2,100億ドル)や失業保険の追加給付の未使用分(530億ドル)、メディケアの余剰金(510億ドル)などを活用し、財政均衡を目指すとしている。もっとも、議会予算局は同法の実現に伴って、今後10年間に▲2,561億ドルの財政赤字が拡大するとの試算を示しており、財政均衡にはならない見通しだ。
IIJAも有権者の支持は高く、11月下旬に行われた世論調査(※2)では有権者の65%が支持しているほか、民主党支持者の88%、無党派層の60%が支持している。
(雇用者数・失業率)21年の雇用増加数、失業率の低下幅ともに統計開始以来最高
非農業部門雇用者数は1月から12月までの年間累計でバイデン大統領が就任した21年が645万人と、新型コロナの影響で▲942万人減少した前年の反動もあって1950年以降で最も増加した年となった(図表 - 4)。
また、失業率の1月から12月までの増減も21年が▲2.5%ポイントと、こちらも前年に新型コロナの影響で+3.2%ポイントと1950年以降で最大の上昇幅となった反動もあって、最大の低下幅となった。
一方、労働市場は堅調な労働需要に対して、新型コロナに伴う家族の介護や新型コロナ罹患リスクへの懸念などを背景に労働供給の回復が遅れており、人手不足が深刻化している。この結果、労働需給の逼迫から賃金上昇がインフレ高進の要因となる懸念もでているため、労働市場の回復が必ずしもバイデン大統領の評価に繋がっていない。
3 ―― バイデン政権の課題
(新型コロナ対策)ワクチン接種の進捗が進まない中、変異株の拡大で感染者数が急増
バイデン政権は就任翌日の21年1月21日にワクチン接種の推進、マスク着用や検査拡大による感染対策、学校再開などを盛り込んだ国家戦略を発表し、就任100日目までに1億回のワクチン接種を実現するとした。その後、ワクチン接種が順調に進捗したことから、3月下旬にはワクチン接種目標を就任100日目で2億回に引き上げた。ワクチン接種は20年12月中旬の接種開始から21年の春先まで順調に進捗し、バイデン大統領の公約を達成したものの、21年夏場以降はワクチン接種に消極的な共和党支持者のワクチン接種が進まなかったことから、ワクチン接種のスピードは大幅に鈍化した。その結果、足元でワクチンの2回接種率(※3)は62.4%に留まっている(図表 - 5)。これは、8割近い日本を大幅に下回っているほか、G7諸国で最低である。
一方、新型コロナの1日の新規感染者数(7日移動平均)は、バイデン大統領の就任時点で20万人弱となっていた水準から、ワクチン接種の進捗に伴い、6月下旬には1.2万人まで低下した。このような状況を受けて、バイデン大統領は7月4日の独立記念日に「われわれがパンデミックと隔離の1年、痛みと恐怖と悲痛な喪失という暗黒の1年から抜け出しつつある、特別な祝日だ」と述べて平時の状態を取り戻した成果を強調した。
もっとも、夏場以降はデルタ株の感染拡大に伴い、新規感染者数はワクチン未接種者を中心に9月上旬には16万人台前半まで増加した。その後、10月下旬には6万人台前半に一旦減少したものの、その後は再び増加に転じたほか、12月下旬からはオミクロン株の感染拡大により、感染者数の増加に拍車がかかり、足元では80万人と新型コロナ流行以来の最高水準となっている。
バイデン大統領は、9月に連邦職員や一部の医療従事者に対するワクチン接種の義務化に関する大統領令に署名したほか、100人以上の従業員を雇用する企業の雇用主がワクチン接種または週1回の検査を確認するように要請した。このうち、企業向けのワクチン接種義務化については22年1月13日に連邦最高裁が義務化の執行を差し止める判断を示したことでとん挫した。
また、同大統領はオミクロン株の米国内での感染が確認されたことを受けて、12月2日に新型コロナの新たな行動計画を発表した。同計画には5歳以上の子供に対するワクチン接種の拡大や成人のワクチン追加接種の促進、無料検査の拡充などを盛り込んだ。
バイデン政権の新型コロナ対策は就任当初には評価されたものの、新型コロナの米国の死亡者数が、21年に46.3万人と20年の36.1万人を上回ったこともあって、足元では厳しい評価となっている。
(※3) ワクチンの2回接種が終了した人の米人口に対する割合
(ビルドバックベター法)下院通過も上院での可決の目途は立たない
インフラ投資と並び、バイデン政権が実現を目指す社会保障制度改革や気候変動を盛り込んだ大型歳出法案(ビルドバックベター法)については、財政調整措置を活用して民主党単独での成立を目指し、下院では民主党議員のみが賛成する形で歳出規模2.15兆ドルの法案を可決した。
同法案では気候変動対策費(5,700億ドル)や幼児教育無償化(3,800億ドル)、有給家族休暇(2,050億ドル)、児童税額控除(2,050億ドル)などが盛り込まれている(図表 - 6)。
同法案の財源は大企業に対する最低税率の明確化(3,200億ドル)やグローバル企業に対する課税強化(2,800億ドル)、富裕層に対する課税強化(2,300億ドル)などで2兆ドル程度の財源を充当することが見込まれている。
同法案も当初は3.5兆ドルの歳出規模を想定していたものの、1議員の反対も許されない上院で民主党のマンチン議員とシネマ議員が規模の縮小を求めて反対したため、内容の大幅な見直しに至った経緯がある。しかしながら、下院では可決したものの、両議院はさらなる削減を求めて同法案に反対しているため、上院で採決される目途は立っていない。マンチン議員は規模を縮小した場合には賛成する意向を示していることから、今後上院で規模を縮小した修正案が議論されるとみられる。もっとも、大幅な歳出規模の縮小を行う場合には、今度は下院で民主党議員の反対がでる可能性がある。一部報道では、バイデン大統領がビルドバックベター法を民主党内で合意可能な部分を分割して、法案を成立させる意向とされているが、今後の動向は非常に不透明である。
(インフレ高進)世論調査は70%がバイデン大統領のインフレ対応に不満
消費者物価(前年同月比)は総合指数が+7.0%と1982年6月以来およそ39年半ぶり、物価の基調を示すエネルギーと食料品を除いたコア指数も+5.5%と1991年3月以来およそ31年半ぶりの水準に上昇した(図表 - 7)。インフレ高進の要因はエネルギー価格や原材料価格、物流コストの上昇に加え、サプライチェーンの混乱などの供給制約もあって、財価格が大幅に上昇していることがある(※4)。
一方、1月中旬の世論調査(※5)ではバイデン政権がインフレに十分焦点を当てていないとの回答が65%に上るほか、バイデン大統領のインフレ対応への不支持が70%に上っている。また、経済が悪いと回答した人の80%が悪化の要因がインフレと指摘しており、米国民の不満が高まっている。もっとも、バイデン不支持と回答した人の63%が、インフレが低下したらバイデン大統領の評価が向上すると回答しており、インフレ抑制がバイデン政権にとって喫緊の課題となっている。
(※4) インフレの動向については、Weeklyエコノミスト・レター(2021年11月30日)「顕在化する米インフレリスク ー消費者物価は31年ぶりの水準に上昇。インフレは来年以降の低下予想も、長期間高止まりする可能性」を参照下さい https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=69499?site=nli
(※5) Biden at year one: Not enough focus on inflation leaves many frustrated - CBS News
4 ―― バイデン大統領の評価と中間選挙の見通し
(バイデン大統領の評価)大統領支持率は戦後歴代2番目の低さ
リアル・クリアポリティクスがさまざまな世論調査を集計したバイデン大統領の支持率は、就任当初の50%台半ばから低下し、足元では40%近辺で推移している(前掲図表1)。同大統領の支持率は、就任当初は比較的堅調に推移していたものの、アフガニスタンからの米軍撤退の不手際が嫌気され8月に支持率が不支持率を下回り、その後もデルタ株の感染拡大やインフレ高進、前述のビルドバックベター法を巡る党内対立もあって支持率は低迷している。就任1年目の支持率としては戦後歴代大統領の中でトランプ前大統領に次いで2番目の低さである。
また、キニピアック大学による世論調査では、バイデン大統領の支持率が就任当初の49%から22年1月には33%の低い水準となっている(図表 - 8)。とくに、バイデン政権の政策評価では、コロナ対策の支持率が就任当初の60%台から直近では39%へ大幅に落ち込んでいるほか、経済政策や外交政策に関する支持率も軒並み30%台半ばと非常に厳しい評価となっている。
(中間選挙の見通し)ねじれ議会となる可能性が高く、バイデン政権は早くもレイムダック化へ
米国では22年11月に下院の全議席(435)、上院100議席の内、34議席が改選となる中間選挙を控えている。現状、民主党は下院で222議席と過半数を僅か5議席上回っているほか、上院は50議席と共和党と同議席数となっている。戦後の中間選挙結果からは、大統領選挙で勝利した政党は最初の中間選挙で、下院で平均27議席、上院で同4議席減らす傾向があり、中間選挙は与党にとって不利であることが示されている。また、下院では民主党に不利になる議席配分や選挙区分の見直しが予定されており、民主党には逆風となっている。一方、上院では改選議席の内、共和党議席が20議席と多くなっていることから、幾分民主党には有利となっている。
そのような中、民主党の政党支持率は21年10月以降、共和党を下回る状況が続いている(前掲図表 - 1)。上院では幾分有利とはいえ、支持率が回復しないまま中間選挙に突入した場合には、上下院で民主党が過半数を失い、23年以降は大統領と上下院の多数政党が異なる「ねじれ議会」となる可能性が高まっている。
バイデン政権は中間選挙に向けて政権運営の立て直しを図りたい所だが、支持率回復の糸口はつかめていない。仮に、ねじれ議会となる場合には、任期を半分残す中でもバイデン政権は早くもレイムダック化しよう。
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窪谷 浩 (くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員
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