新大統領がバイデン氏に決まった。しかし、為替は1ドル103円台になって、少し不穏な空気がある。バイデン氏が新大統領に就任すると、積極財政に向かい、それが金融緩和と相まって、ドル安を進めるということになりそうだ。そうしたドル安予想はどこまで続くのだろうか。

円高
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円高が103円台まで進む

ジョー・バイデン氏が11月8日に大統領選挙の勝利を確実なものにした。これで為替レートはどう動くのだろうか。最近の為替レートは少し不穏な空気が漂っている。11月3日の大統領選挙の直後からドル円レートはじりじりと円高が進行した。バイデン氏の勝利が濃厚になってきて、11月5日には遂に1ドル103円台へと移行しているのだ。

本来、「より良き再建(Build Back Better!)」が実現されるのならば、ドル高に向かうはずだが、今回のバイデン勝利はドル安という見方に傾いているのは、なぜなのだろうか。その背景には、バイデン氏の掲げる経済政策には、隠れたドル安圧力があるからだろう。

第一生命経済研究所
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為替動向を考える上で読みにくいのは、為替と金利の関係が従来とは異なってきていることだ。8月以降、米長期金利は上昇基調に転じてきているのに、ドル円レートは円高方向である(図表1)。習慣的に、私達は米金利上昇=ドル高、日米金利差拡大=ドル高と理解しやすいが、今回はそのパターンが成り立っていない。ドル円レートは、コロナ禍が始まって以来、おおむね円高の流れが定着している。米長期金利の変動は、ドル円レートと離れて動いているようだ。

金利上昇を封じるポリシーミックス

バイデン氏の経済政策は、積極的な財政出動ということで、特徴付けられる。大統領選挙戦の中では、積極財政のバイデン氏に対して、トランプ氏も財政拡張で応じたので、いずれにしても財政赤字拡大なのだという見方が強まった。米長期金利は、それを受けて上昇する。

折しも、最近のコロナ感染は、米国で第三波の到来を感じさせる。大統領選挙が再び群衆の間で感染拡大を助長させた可能性もある。コロナ感染も、余計に財政出動の規模を大きくすると感じさせているのだ。

この思惑が、米長期金利を上昇させるのは自然のことだと思うが、それにしては金利変動のボラティリティは小さい。FRBは長期金利を低位に抑え込むような政策をしていることが影響している可能性がある。3月にゼロ金利を開始し、8月にはインフレ目標の達成をより厳しくみる方針に転換した。すなわち、2%のインフレ目標の達成を「平均して2%になる」ように変更したことである。これは、ゼロ金利継続の時間軸を長くすることを期待させるものだ。長期金利は、それを受けて上昇幅が小さくなった可能性がある。

結局、財政出動と金融緩和のポリシーミックスが、景気刺激+長期金利の低位安定を生み出していると理解できる。8月以降の米長期金利上昇は、むしろあれほど大規模な財政出動が予想されるのに、長期金利が僅かな幅でしか上昇しなかったと理解すべきだろう。

ポリシーミックスの結果としてのドル安 こう説明すると、ドル安円高という流れは、教科書通りの説明ができる。財政出動+金融緩和は、GDPを押し上げて、同時にマネー供給量も増やす。増えたマネーは、株価を押し上げ、債券価格も引き上げる(長期金利は低下)。財政出動でGDPが増えると、米国の場合はそれが経常収支を悪化させて、通貨安を促す。これが長期金利が上がらなくてもドル安が進むというロジックだ。

確かに、トランプ時代からGDPが急落したのに株価は堅調だった。その背景には、金融緩和による流動性相場の演出があると言われた。ここにきて、コロナ対策として財政出動が行われて、マネー供給量は増えた(図表2)。流動性が高いM1やM2といった種類のマネーストックは、米国では日本以上にもの凄く伸びている。M1の前年比は9月41.0%、M2は同24.1%である。同じように大規模に銀行などが貸出を増やした日本では、M1の前年比は9月14.2%、M2の同9.0%である。米国の方が給付金などの財政措置による流動性拡大の勢いは強い。バイデン氏の財政出動の思惑は、コロナ禍が始まってからの財政出動+金融緩和によって、すでにドル安が進んでいた流れをさらに進める効果があったと理解できる。

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ドル安はどこまで続きそうか

バイデン大統領が誕生すれば、トランプ時代の財政拡張にさらに拍車がかかるだろう。(1)老朽化した社会インフラの更新投資、(2)政府による米製品の購入拡大、(3)先端技術の研究開発、(4)中小製造業支援、(5)地球温暖化対応など財政出動のテーマは目白押しである。

法人税増税、富裕層への所得税増税、キャピタルゲイン税強化といった増税措置は、コロナによって景気が悪いうちは手控えられるだろう。財政引き締めによって、マネーが収縮する局面は、当面は起こりそうにない。

その前提が変わるとすれば、コロナ感染の収束が見えてきて、景気拡大の予想がある程度定着してきたタイミングだろう。そのタイミングを予想することは難しいが、例えば、2021年のどこかでワクチンの完成・普及が行われるだろう。そうした景気情勢の転換を示すような気運が起これば、ドル安の流れには変化が起こるだろう。

そうした局面では、物価動向がどうなるかが注目される。世界的にインフラは起こりにくくなっているが、これほど先進国が大規模に財政拡張・金融緩和を行えば、日本以外の国々ではさすがに物価はいくらか上昇していくだろう。FRBについては、トランプ時代は、政策の独立性が脅かされていた。トランプ大統領が退場することで、利上げはしやすくなる。ただ、これも物価次第なので、ゼロ金利の時間軸はそう簡単には前倒しにならないだろう。全体的にみて、筆者は今後のドル安傾向に変化があるとすれば、コロナ感染の収束状況、ワクチンがどう普及するか、その辺の思惑次第だとみている。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生