この記事は2021年12月1日に「The Finance」で公開された「金融ビジネスで決定的に重要となったUX/UI」を一部編集し、転載したものです。
金融ビジネスの非対面化が進展している。これまで、非対面化自体はネット証券など証券ビジネスを中心に進展していたが、今回のコロナ禍は、遅れていた銀行業界に対しても、非対面チャネル強化を不可避なものとした。アフターコロナにおいてもこの流れは不可逆であろう。海外では非対面チャネル活用の動きが顕著となっているが、非対面チャネルにおいては、UX/UI(ユーザーエクスペリエンス/ユーザーインターフェース)の重要性がクローズアップされている。UX/UIとはユーザーの経験や使い勝手を指すが、使いやすさやスマホ対応といった表面的なレベルに留まるものではなく、非対面チャネルがユーザーに与える心地よさや、利用頻度を高める吸引力を有しているか、といったデザイン面がより重視される概念である。
「ロビンフッド」の衝撃
米国では株式投資アプリ「ロビンフッド」が話題となっている。ユーザーはすでに1,300万人に拡大しており、コロナ禍における巣ごもり株式投資ニーズの受け皿となっている。ロビンフッドがここまで大きな存在となったのは、コロナの影響に加え、最低取引単位がなく売買手数料が無料であることで投資のハードルを下げていることや、ゲーム感覚で株式投資が可能な操作性にある。具体的には、シンプルかつスタイリッシュな画面構成や、プッシュ通知の活用による閲覧頻度向上などだが、「進みやすく戻りにくい」といった顧客誘導的なデザイン(ダークパターン)であるとの批判的な指摘もある。ロビンフッドで株式投資に熱中した学生が、損益表示を見誤り、大きな損失が発生したとショックを受け自殺するとの痛ましい事件も発生している。
米国の資本市場では個人投資家が金融・資本市場で個別株式の直接取引を行うことはあまりなく、投資信託や年金資産のインデックス投資が中心だったが、ロビンフッドの登場により、状況が変わりつつある。ゲームストップ株の高騰が話題になったように、個人投資家がSNSなどで情報共有を行い個別株への集中的な売買を行うといった新たな動きも注目されよう。
「N26」に見る新たな金融ビジネス
ドイツのスマホ銀行「N26」も話題だ。すでに230万人のユーザーを獲得し、銀行でありながら全ての取引がスマホかつペーパレスで完結する点が特徴だ。特に日本のネット銀行では口座開設に数日を要するところ、10分で口座開設が完結(登録は8分)するという今までではあり得ないスピード感は、市場に大きな衝撃を与えている。手数料も低廉であり、チャットによるQ&A機能も装備、資金使途毎のサブアカウントが開設可能であることやカード・家計簿との連動などのサービスも充実している。なお、N26はドイツの預金保険制度の対象である。
ロビンフッドやN26が提供するサービスは、機能自体は特段目新しものではない。手数料の水準は低廉だが、唯一無二とまで言える水準でもない。そのような中で着実にユーザーを増やし既存の金融ビジネスに浸食している背景には、今までにないUX/UI、すなわち、夢中になる要素、心地よさ、驚き、ときめきといった付加価値を利用者に提供していることが重要な役割を果たしているということを示している。
金融+αが問われる時代に
日本の金融業界においてもコロナ禍を背景に、非対面チャネルの充実が大きな課題となっている。実はコロナ禍以前から日本の金融機関でも、著名なデジタルコンテンツ制作集団であるチームラボが作成した「りそなグループアプリ」のように、グッドデザイン大賞を受賞するケースも出てきており、着実に意識が高まりつつあったが、コロナ禍において、非対面チャネルの重要性は決定的となったのではないか。
今後については単なる見た目の新規性やスマートさに加え、海外事例にあるようにユーザーになんらかのインパクトを感じさせるようなUX/UIへの着意が問われることとなろう。非対面チャネルの戦略的な利用においては、ただインターネット上のサービスを提供するだけではなく、UX/UI、すなわち、ユーザーへの付加価値・無形価値を提供することが必須となる。
金融サービスの非対面化の成否は、金融サービスだけではない+αが求められるのは明らかだ。一方、日本の非対面金融サービスは、ややこの点への配慮が欠けているように思われる。海外事例などをふまえた、大胆な発想の転換を期待したい。
本稿中、意見に係る部分は筆者個人の見解であり、所属する組織の見解を示すものではない。
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