日本の規制緩和、最前線。政府の「規制のサンドボックス制度」は企業のイノベーションを加速できるか
(画像=PIXTA)

日本の産業、そして企業の事業活動の活性化のため、イノベーションが待ち望まれて久しい。イノベーションを起こしたいとき、アイデアの具現化を妨げるのは既存の価値観や既存の制度だ。特に日本ではその傾向が強く、フィンテック、パーソナルモビリティといった産業イノベーションの具体例の導入においても、世界に後れを取っている現状がある。

この状況を改善すべく、政府では様々な特例制度を設けている。2018年6月に創設された新技術等実証制度(以下、規制のサンドボックス制度)もその1つだ。新しい技術やビジネスモデルを早期に社会実装していくための仕組みとして、幅広い分野で活用が進んでいる。

今後、本制度はどのように活用されていくのか。また、企業経営や事業投資においてどのような影響を及ぼすのか。相談の政府一元窓口を務める内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局企画官、松山大貴氏に、制度の背景や活用事例、企業における制度の位置づけなどを聞いた。

▽お話をお聞きした人:

松山大貴(まつやま・だいき)
松山大貴(まつやま だいき)
内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局企画官。東京国際映画祭事務局等を経て、2011年経済産業省中途入省。エネルギー政策(関連税制・予算等)、地域経済産業政策(地方創生等)に従事し、スポーツ庁創設時に出向しスポーツ産業振興を担当。帰任後、中小企業政策(下請取引対策等)、商務サービスグループ政策企画委員を経て、2021年7月より現職。規制のサンドボックス制度の運用や総合調整等を担当。

政府の認定を得た上で新技術・ビジネスモデルを市場に問う

―― 規制のサンドボックス制度とは、どのような制度なのでしょうか。

簡単に言うと、新しい技術やビジネスモデルを早期に社会実装していくための実証制度です。

企業が事業を立ち上げるときに、特に新しい分野にチャレンジしようとすればするほど、規制的な問題が立ちはだかります。規制をどう解釈するかによって、その事業が適正に広がっていくかどうかが変わります。

規制には、数十年前につくられたものも多く、時代に合っていないと感じるものもありますが、その解釈に反すると当局側に指摘された場合、リソースをかけて展開していた事業がつぶれてしまうリスクがあり、企業は慎重に事業展開せざるを得ません。

一方、時代の変化に応じてスピード感をもって新しい技術やビジネスモデルを社会実装していく必要性は、規制当局側も痛感しています。そこで、期間や参加者を限定した「実証」を行って社会実装に向けたデータを集め、規制改革につなげる仕組みとして「規制のサンドボックス制度」が創設されました。

▽規制のサンドボックス制度とは

 本制度は、期間や参加者を限定すること等により、既存の規制の適用を受けることなく、新しい技術等の実証を行うことができる環境を整えることで、迅速な実証を可能とするとともに、実証で得られた情報・資料を活用できるようにして、規制改革、円滑な事業化を推進するものである。

引用:内閣官房 規制のサンドボックス制度 説明資料(PDF)より

―― 具体的にはどのような事業が対象となるのでしょうか。

業種業界の縛りはありません。大企業からスタートアップまであらゆる事業を対象としています。海外では、フィンテック分野での活用をきっかけにして、他の分野に広がってきました。

日本でははじめから分野を問わない制度としてスタートしましたが、やはり金融・保険や医療、モビリティなど、人々の安心・安全にかかわる分野の案件が多く挙がっています。

▽規制のサンドボックス制度の認定実績(旧生産性向上特別措置法に基づく実績)

―― なぜ、安心・安全にかかわる分野で活用が進むのでしょうか。

一言でいうと、安心・安全にかかわる分野では規制も強くなるからです。様々な分野でテクノロジーが高度化し、様々な製品やサービスが生み出されようとしていますが、安心・安全にかかわる分野ではルール面の変革のスピードが追い付いていません。

ルールの見直しにあたっては、企業側も政府側も、社会的影響などを考慮しながら慎重に進めていく必要がありますので、社会実装までにどうしても時間がかかってしまうのです。

このスピードのギャップを埋めるため、「まずやってみる!」をスローガンとする「規制のサンドボックス制度」を活用して、実証でデータや知見、問題点などを可視化していくことが期待されています。

―― 規制のサンドボックス制度は、2018年6月に3年間の時限制度として創設されてから3年の運用を経て、2021年6月の国会で産業競争力強化法への移管、恒久化が決まりました。これは企業にとっても政府にとっても有益な制度であると認められたということでしょうか。

はい。2018年6月から2021年6月までの間に、21件140事業者の実証計画が認定されました。この中には、実証を踏まえて有効性が認められ、法改正の準備が進んでいる分野もあれば、制限を設けない事業展開が容認された企業もあります。恒久化は、このような動きをより加速していく契機になるのではないかと考えています。

▽産業競争力強化法に記された規制の特例措置の整備及びこれを通じた規制改革を推進

第一条 この法律は、我が国経済を再興すべく、我が国の産業を中長期にわたる低迷の状態から脱却させ、持続的発展の軌道に乗せるためには、経済社会情勢の変化に対応して、産業競争力を強化することが重要であることに鑑み、産業競争力の強化に関し、基本理念、国及び事業者の責務を定めるとともに、規制の特例措置の整備等及びこれを通じた規制改革を推進し、併せて、産業活動における新陳代謝の活性化を促進するための措置、株式会社産業革新投資機構に特定事業活動の支援等に関する業務を行わせるための措置及び中小企業の活力の再生を円滑化するための措置を講じ、もって国民生活の向上及び国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

引用:e-GOV 産業競争力強化法 第一章 総則 (目的)第一条より(太字、下線は編集部)

―― 企業にとっての制度活用のメリットをお聞かせいただけますでしょうか。

「まずやってみる!」のスローガン通り、気軽に小さく試せることがメリットになるのではないでしょうか。

特に、慎重な事業展開が求められる分野においては、「規制改革を行うことで周囲の関係者にどのような影響を与えるのか」「社会実装におけるリスクは何か」など、考えることがたくさんあります。そこを我々とコミュニケーションを取りながら規制当局との調整を行い、認定を得た上で安心して実証実験できることは大きいと思います。

▽規制のサンドボックス制度の仕組み

―― 政府の一元窓口に相談をすることで、規制当局側との合意形成までサポートしていただけるということですね。

はい。自分たちがやろうとしていることがルールに抵触しないかどうかの確認だけでなく、実証を行う意義の部分からヒアリングをして、集めるべきエビデンスとその方法の決定、実行までを支援します。

実証中も、予想外の問題への対応や、データを集めるためにもう少し期間を伸ばしたいといった、いろいろな報告や要望が上がってきますが、こういったものに対してもその都度相談しながらハンズオンで進めていきます。

ブロックチェーン技術を医療分野に活用

―― 認定を受けた実証計画の具体例を伺えますでしょうか。

ブロックチェーンは代表的な最新テクノロジーですが、この技術を活用した事例があります。サスメド株式会社が行った、「臨床データのモニタリングシステムに関する実証」です。治験のモニタリングでは、モニターが実施医療機関を訪問し、「報告データ」と「原資料等」の照合を実施すべきとされ、多大な費用がかかっています。そこでブロックチェーン技術を活用したモニタリングの仕組みを検証すべく、国立がん研究センターと共同で実施する臨床研究において実証が行われました。

実証では、改ざんが困難なブロックチェーンサーバーに直接記録することで、一貫したデータの信頼性を確保しました。これによりモニターが訪問して照合を行わなくてもデータの信頼性が保証されることが立証されました。

▽サスメド社による「臨床データのモニタリングシステムに関する実証」

サスメド_実証

この他にも、ブロックチェーン技術の活用によって「セキュリティレベル向上」「モニタリングの正確性の担保」「研究開発コストの削減」など、日本の製薬産業における国際競争力を維持・強化、社会保障の持続可能性につながると見込まれています。

モビリティ分野では、「切替可能なペダル付き電動モビリティ」の実証を通して、原動機付自転車(原付)と自転車との切り替えが認められたり、「電動キックボード」の実証が行われ、道路交通法や道路運送車両法といった関係法令の改正に向けた動きが見られたりしています。規制のサンドボックス制度をきっかけに取組みが進み、エビデンスを積み上げて安全性を確かめながら、法整備をしていく流れが生まれてきた。そういう意味で象徴的な事例だと思います。

▽グラフィット社「切替可能なペダル付き電動モビリティ」の実証

クリアに先を見通して実証を行えるからこそ、事業の成功率は高まる

―― 企業の制度活用への期待についてお聞かせください。

今後も、規制の強い分野への制度活用は進むと考えられます。特にヘルスケア周りには、もっといろいろな案件が出てくるでしょう。一口にヘルスケアと言っても、「オンライン受診」のような領域もあれば、先ほどご紹介したサスメド株式会社のように「臨床データへのブロックチェーン技術活用」といった研究領域もあります。

人々の安心・安全に密接にかかわるからこそ、既存のルールを変えにくい分野ではありますが、テクノロジーの進化と時代の変化に応じて、ルールも変わっていく必要があります。それを社会に対しても企業に対しても安心・安全を担保した上で実証できるこの仕組みを、より多くの企業に活用いただきたい。従来にはなかった新しい製品やサービス、ビジネスモデルが出てくる中で、迅速に対応するための調整を今後も進めていく所存です。

「規制のサンドボックス制度」という名称上、規制にひっかかりそうな事業のみを対象としているイメージが先行してしまいますが、我々は企業の事業活動をより前進させ、成功率を高める役割を担っていると思っています。なぜなら、関係各所との調整と法令の解釈などを考えながら進めることで、よりクリアに先を見通すことができるからです。つまり、新しい事業計画の作成にあたっても本制度は活用できるということです。

規制的な問題を抱える領域・事業のみならず、「新事業の創出」に大きく資する取組みであると自負していますので、本制度が「事業創出の苗床」の機能を果たせるように、環境を整えていきたいと思います。

規制のサンドボックス制度に関するお問い合わせや案件のご相談は、公式サイトの問い合わせフォームにて対応しています。また、海外企業の方は日本貿易振興機構(JETRO)経由でも相談が可能です。幅広い領域でのご相談を受け付けていますので、ご興味をお持ちの方はまずはご一報ください。

【参考】首相官邸 成長戦略ポータルサイト 規制のサンドボックス制度
【参考】首相官邸 規制のサンドボックス制度に関するお問い合わせ・相談申込フォーム
【参考】JETRO 投資・規制改革要望の相談 対日投資相談ホットライン

▽お話をお聞きした人:

松山大貴(まつやま・だいき)
松山大貴(まつやま だいき)
内閣官房・新しい資本主義実現本部事務局企画官。東京国際映画祭事務局等を経て、2011年経済産業省中途入省。エネルギー政策(関連税制・予算等)、地域経済産業政策(地方創生等)に従事し、スポーツ庁創設時に出向しスポーツ産業振興を担当。帰任後、中小企業政策(下請取引対策等)、商務サービスグループ政策企画委員を経て、2021年7月より現職。規制のサンドボックス制度の運用や総合調整等を担当。