この記事は2022年3月17日(木)配信されたメールマガジンの記事「岡三会田・田 アンダースロー『リフレの力の回復には追加経済政策が急務』」を一部編集し、転載したものです。
目次
日銀資金循環統計の企業貯蓄率
日銀資金循環統計の企業貯蓄率は2021年10月〜12月期にプラス2.6%(4四半期平均、GDP比、マイナスは支出が強い)となり、7月〜9月期のプラス4.3%から低下した。
10月〜12月期は、新型コロナウィルス感染拡大により発動された緊急事態宣言が解除され、経済活動の再開で、実質GDPが前期比年率プラス4.6%になった。企業活動は持ち直した。
しかし、1月〜3月期には、新型コロナウィルス感染症の再拡大によって、対面サービスを中心に消費活動に大きな下押し圧力がかかり続けている。半導体を中心とするサプライチェーンの問題で、生産活動は抑制された。企業の投資活動が停滞する中で、危機に備えた貯蓄である貨幣の予備的需要が増加しているとみられる。
企業はコスト削減を徐々に進めているとみられるが、プラス8%程度まで上昇した過去の景気後退局面と比較し、政府・日銀の積極的な流動性供給策による堅調な信用サイクルに支えられて、企業のデレバレッジやリストラはまだ大きくなっていない。
しかし、企業の体力は徐々に削がれている。流動性の問題が、拡大した負債が維持できないソルベンシーの問題に変われば、企業のデレバレッジやリストラが一気に大きくなるリスクはある。
さらに、1月〜3月期にはウクライナ問題と原油価格の高騰という企業活動に対する新たな下押し圧力が生まれてしまった。この期の企業貯蓄率はリバウンドしてしまうとみられ、政府は追加経済対策で企業と家計への支援を継続することが急務になっている。
企業貯蓄率
企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレの圧力になる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。
しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態になっている。企業のデレバレッジや弱いリスクテイクカ、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレ構造不況の長期化の原因になっていると考えられる。
一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなる。過剰貯蓄が総需要を破壊する力は弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力になる。企業貯蓄率の低下に合わせて、増税などはせず、景気回復による税収の増加で、拙速にならないように財政赤字を縮小していくのが、望ましい財政再建ということになる。
▽コア消費者物価指数(除く生鮮食品・消費税)と企業貯蓄率
財政収支(資金循環統計ベース)
財政収支(資金循環統計ベース)は10月〜12月期にマイナス6.3%(4四半期平均、GDP比)となり、7月〜9月期のマイナス6.7%から赤字幅は縮小した。市中のマネーの拡大と家計に所得を回すには、政府と企業の支出の拡大が必要になる。
企業貯蓄率と財政収支の合計である「ネットの資金需要」(企業貯蓄率+財政収支、4四半期平均、GDP比、マイナスは支出が強い)は、10月〜12月期にマイナス3.7%となり、7月〜9月期のマイナス2.4%から拡大した。財政収支にはほとんど変化はないが、企業貯蓄率の一時的な低下に支えられた。
昨年夏からの緊縮財政によって、1月〜3月期にマイナス7%と強かった「ネットの資金需要」が弱くなり、リフレの力が衰えたのが、日本の株式市場が低迷したマクロの理由である。
岸田政権が発足し、12月には56兆円程度の財政支出を含む経済対策を決定した。新年度入り後にも追加経済対策を実施し、ウクライナ問題などによる企業活動の一時的な停滞を考慮しても「ネットの資金需要」は望ましいマイナス5%程度まで回復し、リフレの力を取り戻すだろう。
政府が予算をつけて国債を発行しても、資金が未消化で政府預金として滞留しているのであれば、資金循環統計の財政赤字には計上されない。経済活動を維持するため、早期の執行が必要になってきている。
▽リフレ・サイクルと家計への所得分配の力を示す「ネットの資金需要」(企業貯蓄率+財政収支)
企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少
企業の支出の力が弱く、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となってしまっているのであれば、景気後退とデフレを防止するため、まだ政府が支出を増やさねばならない局面にある。
これまで、財政赤字を過度に懸念し、恒常的なプラス(デレバレッジ)となっている企業貯蓄率が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少であった。マイナス(赤字)である財政収支で相殺しきれず「ネットの資金需要」が消滅してしまっていた。
「ネットの資金需要」の消滅は、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済と市中のマネーが拡大する力、そして家計に所得が回る力が喪失してしまっていた。
結果として、日本経済は、物価下落、名目GDP縮小、そして円高に苦しめられ続けてきた。所得が回らない中で、家計は追い込まれていき、中間層は疲弊していった。
企業活動が弱い中での緊縮財政で「ネットの資金需要」を消滅させてしまい、リフレ・サイクルが弱く、家計に所得が回らないマクロの構図にしてしまったのが、これまでの新自由主義型のマクロ政策であった。
ネットの資金需要の復活
新型コロナウィルス感染拡大の影響を抑制するために、財政政策は拡大に転じ「ネットの資金需要」は復活して大きなマイナスに。リフレ・サイクルは上振れ、市中のマネーの拡大が強くなり、株価の大幅な上昇(リフレ)につながったとみられる。
日銀が「ネットの資金需要」を積極的にマネタイズする金融緩和を継続していることも力になっている。誰かの支出は誰かの所得となるため、「ネットの資金需要」の復活は、企業と政府から富が家計に移り、家計を支えていることを意味する。
「ネットの資金需要」の拡大によるリフレ・サイクルのさらなる上振れは、家計の力を強くし、コロナ禍からの経済再生の鍵である。そして、コロナ後のデフレ構造不況からの完全脱却への鍵でもある。
岸田政権の新しい資本主義
岸田政権の新しい資本主義では、分配・成長型のマクロ政策として、財政拡大により「ネットの資金需要」を十分な水準に維持し、家計に所得が回るマクロの構図を維持することになろう。家計への所得分配と成長投資を二つの柱として、財政支出を高水準に維持することになる。
新しい資本主義の定義を明らかにすれば「ネットの資金需要」を十分な水準に維持するマクロ政策ということになる。企業活動が弱く、企業貯蓄率が異常なプラスで総需要を破壊する力となっている間は、しっかりとした財政拡大で、それを実現することになる。
一方、増税などの緊縮財政への転換で「ネットの資金需要」をまた消滅させてしまえば、家計に所得が回らないマクロの構図となり、岸田政権の新しい資本主義の試みは失敗し、政権が倒れるリスクとなろう。
新しい資本主義の運営を妨げるプライマリーバランスの黒字化目標は、すぐにでも撤廃すべきだろう。その代わりに「ネットの資金需要」を十分な水準(マイナス5%程度)に維持することを財政政策の目安とすべきだろう。
▽新自由主義型からキシダノミクスの新しい資本主義型へ
岸田内閣の成長戦略
夏の参議院選挙後には、自民党の「新しい資本主義実行本部」の提言と民間からの意見を取り入れ、自民党公約の成長投資のメニューを具体化す、るさらなる経済対策が策定される可能性がある。
岸田内閣の成長戦略は、分配政策で家計に所得を十分に回して消費を増加させることと、政府の成長投資を呼び水としてグリーンやデジタル、先端科学技術などの投資フィールドをニューフロンティアとして活性化させることで、投資の期待リターンを上昇させ、企業が刺激されて投資を拡大するようにすることがシナリオとなっている。
これまでは、家計への所得分配を中心とした経済政策が多かったが、成長投資が加わることで両軸が明らかになり、岸田内閣の成長戦略への理解がより深まり、その効果がより大きくなる期待が生まれるだろう。
自民党の衆議院選挙の公約で最も力が入っていたのは、成長投資のメニューである。このメニューの周りには、官民一体となったマネーが集まっていくことで、株式市場の投資テーマになっていくだろう。
ニューフロンティアの拡大で企業の投資行動が強くなれば「ネットの資金需要」の中身は財政赤字から企業の投資に移行し「成長と分配の好循環」が生まれるだろう。
米国のように「ネットの資金需要」がマイナス10%程度となれば、景気拡大に過熱感が出てしまうことになるため、その時になって初めて、増税や財政支出削減などの緊縮財政が手段となる。
自民党の衆議院選挙の公約の中の成長投資一覧
成長投資とは、日本に強みある技術分野をさらに強化し、新分野も含めて研究成果の有効活用と国際競争力の強化に向けた戦略的支援を行うこと。
小型衛星コンステレーション等の衛星・ロケット新技術の開発や、政府調達を通じたベンチャー支援等により、宇宙産業の倍増を目指します
宇宙・海洋資源、G空間、バイオ、コンテンツなど、新たな産業フロンティアを官民挙げて切り拓きます
日本に強みがあるロボット、マテリアル、半導体、量子(基礎理論・基盤技術)、電磁波、電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、アニメ・ゲームなど多様な分野につき、技術成果の有効活用、人材育成、国際競争力強化に向けた戦略的支援を行います
産学官におけるAIの活用による生産性の向上や高付加価値な財・サービスの創出、5Gの全国展開、6Gの研究開発と社会実装を推進します
国産量子コンピュータの開発に取り組むとともに、量子暗号通信、量子計測・センシング、量子マテリアル、量子シミュレーションなどの技術領域を支援します
2030年度温室効果ガス46%削減、2050年カーボンニュートラル実現に向け、企業や国民が挑戦しやすい環境をつくるため、2兆円基金、投資促進税制、規制改革など、あらゆる政策を総動員します
カーボンニュートラルによる環境と経済の好循環実現のため、エネルギー効率の向上、安全が確認された原子力発電所の再稼働や自動車の電動化の推進、蓄電池、水素、SMR(小型モジュール炉)の地下立地、合成燃料等のカーボンリサイクル技術など、クリーン・エネルギーへの投資を積極的に後押しします
究極のクリーン・エネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指します
日本に世界・アジアの国際金融ハブとしての国際金融都市を確立するべく、海外金融機関や専門人材の受け入れ環境整備を加速させ、コーポレート・ガバナンス改革、取引所の市場構造改革、金融分野のデジタル化の推進などを通じて、資本市場の魅力向上を図ります。公平・公正・透明な金融市場への適正化を図り、金融商品に対する信頼確保に努めます
未来の成長を生み出す民間投資を喚起するため、現下のゼロ金利環境を最大限に活かし、財政投融資を積極的に活用します
オープンイノベーションへの税制優遇、研究開発への投資、政府調達など、スタートアップへの徹底的な支援を行います
インフラの老朽化対策、地域の移動を支える地域交通や都市を結ぶ高速交通のネットワークの維持・活性化、地域での連携・協働の支援に取り組みます
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