韓国で、にわかに岸田首相の人気が高まっているという。国内メディアは「岸田政権が日韓関係改善の糸口となるかもしれない」などと報じており、岸田首相は大きな期待を寄せられている。韓国に対して強気の姿勢を示していた安倍政権、菅政権を経て、岸田首相がある意味「特別視」されているのは何故なのか。
文大統領、メディアも好意的な反応?
文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、岸田首相が第100代目首相に選出された2021年10月、第101代目に選出された11月の2回にわたり、祝賀の書簡を送った。
パク・ギョンミ報道官が明らかにした書簡の内容は「韓日関係の発展のために共に努力していこう」「双方のコミュニケーションと協力精神を土台に、両国関係はもちろん、新型コロナや気候変動対応などのグローバルな問題に対しても、解決に向けて協力を続けることを期待する」というものだった。
岸田首相が選出されるやいなや、韓国のメディアが一斉に日韓関係の改善に対する期待を露わにした点も注視に値する。菅政権の発足時とは180度異なる反応だ。日韓関係悪化の原因のひとつである日本軍慰安婦問題の日韓合意に、当時岸田首相が外務大臣として直接関与していたことを挙げている。
各メディアは、「今後の韓日関係に重要に働く可能性がある(朝鮮日報)」「硬直した韓日関係を回復するため意味ある決断を下すことを期待する(ソウル新聞)」「安倍・菅政権の時と比べると、韓日対話の扉が開かれるという控え目な期待もある(ハンギョレ)」「一段階高いパートナーシップの構築を望む(中央日報)」などと報じた。
岸田政権は日韓関係改善の糸口?期待寄せる韓国
このような一連の期待感や以前より前向きなムードは、「安倍政権、菅政権と続いた対韓強硬姿勢が岸田政権で緩和されるかもしれない」という希望的観測に起因するものだろう。少なくとも韓国側は、2人の前首相と岸田首相を、ある程度切り離して受けとめているという印象を受ける。
一方、その背後には、米中対立や北朝鮮問題を巡る韓国側の思惑があるとの見方が有力だ。米中の板挟みで喘ぐ韓国では、中国からの脅威を感じる国民が増えており、日・米・豪・インドが2021年3月に発足させた外交・安全保障協力体制「Quad(クワッド)」への参加を求める声も高まっている。
また、朝鮮半島問題解決で韓国が当てにしている米国は日韓関係の修復を強く望んでおり、現状のままでは北朝鮮に働きかけてくれる望みは薄い。文大統領は2021年に入ってから急速に対日姿勢を軟化させているが、「岸田政権発足を機に、自国を有利な立場にもっていきたい」という打算的な考えが垣間見える。
「入国再開」で留学生からも高評価
岸田首相に期待や好意を寄せているのは、政府やメディアだけではない。留学生など日本への入国を心待ちにしていた国民からは、水際対策の緩和を一気に進展させた岸田首相の功績を称える声が上がっていた。
「鎖国の再来」といわれた安倍・菅政権による厳格な入国制限から一転、新政権発足後は留学生や短期ビジネス滞在者などが条件付きで入国可能になるなど、韓国を含む海外からの入国制限が徐々に緩和されつつあった。
オミクロン株の出現により、11月30日以降は査証発給済者を含む外国人の新規入国が再び禁止となってしまった。来日を待ち焦がれていた学生にとってはぬか喜びに終わったため、今後、岸田首相熱が冷める可能性もある。
対日感情軟化の兆し?「アフターコロナに行きたい国」 1位は日本
僅かながらに対日感情が軟化に傾いていることも、岸田首相にとって追い風となっている。
日本の非営利シンクタンク、民間言論NPOが2021年9月に発表した第9回日韓共同世論調査では、韓国人の日本人に対する好感度が昨年より改善したことが明らかになった。日本人に対して肯定的な認識をもつ韓国人は20.5%と8.2ポイント増加、否定的な認識をもつ韓国人は63.2%と8.4ポイント減少した。また、韓国人の84.6%、日本人の54.8%が「現在の対立局面から抜け出すべき」と回答した。
留学先としてだけではなく、旅行先としての日本の人気も再燃している。日本交通公社と日本政策投資銀行が海外旅行の経験がある12カ国、6266人を対象に実施したインターネットアンケート調査では、「アフターコロナに行きたい国」 の1位に日本が選ばれた。各国のアンケート結果を見てみると、韓国人が最も行きたい国は日本とハワイ(各24%)で、スイス(21%)、ベトナム(20%)が続いた。
岸田首相就任以前の2020年6月に実施された調査ではあるが、反日感情やパンデミックという向い風にも関わらず、日本が再び脚光を浴びている事実はポジティブな潮流である。
韓国世論「首脳好感度」では最下位
とはいうものの、世論調査の総体的な結果を見る限り、「岸田首相が韓国で大人気」と断言するには程遠い現状だ。世論調査企業、韓国ギャロップが2021年11月に実施した5ヵ国の首相の好感度調査では、バイデン大統領が49%、プーチン大統領が19%、習近平国家主席が8%、金正恩総書記が7%だったのに対し、岸田首相は6%と最下位だった。
前述の国民意識の調査でも、「日本の新首相に期待している」と答えたのは1.6%で、韓国人の63.2%、日本人の48.8%がお互いの国に対してマイナス印象を払拭出来ていない。ごく一部の国民が岸田首相や日本に好感をもっているが、大半は反日感情を抱えながらも両国の発展のために関係の改善を望んでいると考えるのが妥当だろう。総体的にはまだまだ反日感情が根強いのが現状だ。
「戦後最悪」の関係の行方は?
しかし、韓国側の風向きに多少なりとも変化が見られることは確かである。韓国では政治的対立が直接、国民感情に反映する傾向が強い。言い換えれば、政治的対立が緩和されない限り、対日感情が著しく改善されることは難しいだろう。
「戦後最悪」といわれるほど悪化した日韓関係に、岸田首相はどのように対応していくのか。微かな変化を関係改善の契機と捉えるか、あるいは強硬姿勢を貫くか。2022年3月に迫った韓国大統領選挙の行方も注目される。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)