この記事は2022年5月17日に「ニッセイ基礎研究所」で公開された「「名古屋オフィス市場」の現況と見通し(2022年)」を一部編集し、転載したものです。

目次

  1. 要旨
  2. はじめに
  3. 名古屋オフィス市場の現況
    1. 空室率および賃料の動向
    2. オフィス市場の需給動向
    3. 空室率と募集賃料のエリア別動向
  4. 名古屋オフィス市場の見通し
    1. 新規需要の見通し
    2. オフィスビルの新規供給見通し
    3. 賃料見通し

要旨

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(画像=PIXTA)
  • 名古屋のオフィス市場は、テレワークの普及など先行き不透明感が広がるなか、新規供給面積が4年ぶりに1万坪を超え、空室率は上昇基調で推移している。また、成約賃料は需給緩和で横ばいとなっている。本稿では、名古屋のオフィス市況を概観した上で、2026年までの賃料予測を行った。

  • 名古屋市では、人口の流入超過が継続しているもののその勢いは鈍化している。コロナ禍が東海地方の「企業の経営環境」と「雇用環境」に与えたダメージが残り、本格的な回復に至っていない。また、「在宅勤務」を取り入れた働き方が定着し、ワークプレイスの見直しが進んでいる。リニア中央新幹線の開業時期および開業を見据えた再開発の進捗にも先行き不透明感が増している。以上を鑑みると、名古屋のオフィス需要は当面弱含み、空室率は緩やかに上昇する見込みである

  • 名古屋のオフィス成約賃料は、空室率の上昇に伴い、下落基調で推移すると予想する。2021年の賃料を100とした場合、2022年は「98」、2026年には「90」へと下落する見通しである。

はじめに

名古屋のオフィス市場は、テレワークの普及など先行き不透明感が広がるなか、新規供給面積が4年ぶりに1万坪を超え、空室率は上昇基調で推移している。また、成約賃料は需給緩和で横ばいとなっている。本稿では、名古屋のオフィス市況を概観した上で、2026年までの賃料予測を行う。

名古屋オフィス市場の現況

空室率および賃料の動向

全国主要都市のオフィスの空室率は、2020年4月の緊急事態宣言の発令以降、いずれの都市も上昇傾向で推移している。

三幸エステートによると、名古屋市の空室率(2022年4月時点)は4.6%となり、前年比+0.8%上昇した(図表-1)。空室率をビルの規模別(*1)にみると、「大規模4.1%(前年比+2.1%)」と「大型4.2%(同+0.2%)」が上昇した一方で、「中型5.4%(同▲0.4%)」と「小型5.5%(同▲1.1%)」は低下し、規模間の格差が縮小した(図表-2)。景気悪化やテレワーク普及などを受けてオフィス需要が低迷するなか、まとまった面積の募集では、入居テナントの決定に時間を要する事例が増加している。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

全国主要都市の成約賃料は、オフィスの解約や事業拠点の一部閉鎖などにより空室面積が増加し、賃料にも頭打ち感がみられる。名古屋市の2021年下期の成約賃料は、前期比+0.4%、前年同期比+1.8%となった(図表-3)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

2021年の空室率と成約賃料の動き(前年比)を主要都市で比較すると、札幌市を除く全ての都市で空室率が上昇した。これに対して、成約賃料は概ね横ばいとなっている。名古屋市についても、空室率が前年から上昇した一方で、賃料は前年とほぼ同水準となった(図表-4)。

賃料と空室率の関係を表した名古屋市の賃料サイクル(*2)は、2012年下期を起点に「空室率低下・賃料上昇」局面が続いていたが、2020年上期から「空室率上昇・賃料上昇」局面へと移行し、「空室率上昇・賃料下落」局面に向かいつつある(図表-5)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

*1:三幸エステートの定義による。大規模ビルは基準階面積200坪以上、大型は同100~200坪未満、中型は同50~100坪未満、小型は同20~50坪未満。
*2:賃料サイクルとは、縦軸に賃料、横軸に空室率をプロットした循環図。通常、(1)空室率低下・賃料上昇→(2)空室率上昇・賃料上昇→(3)空室率上昇・賃料下落→(4)空室率低下・賃料下落、と時計周りに動く。


オフィス市場の需給動向

三鬼商事によると、名古屋ビジネス地区では、総ストックを表す賃貸可能面積は、大規模ビルの新規供給等に伴い、97.1万坪(2020年末)から97.9万坪(2021年末)へと+0.8万坪増加した。また、テナントによる賃貸面積は、オフィス需要が縮小し、93.4万坪(2020年末)から92.4万坪(2021年末)へと▲1.0万坪減少した(図表-6、図表-7)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)
名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

この結果、2021年末の名古屋ビジネス地区の空室面積は5.5万坪(前年比+1.8万坪)となり、前年から倍増した(図表-6)。

空室率と募集賃料のエリア別動向

三鬼商事によれば、2021年末時点で最も賃貸可能面積が大きいエリアは、「名駅地区(37.0%)」で、次いで「栄地区(27.0%)」、「伏見地区(26.2%)」、「丸の内地区(9.8%)」の順となっている(図表-8)。エリア別の賃貸可能面積(増減)をみると、「栄地区」(前年比▲1.1万坪)で減少したが、「名駅地区」(前年比+1.2万坪)や「伏見地区」(前年比+0.6万坪)等で増加し、計+0.8万坪の増加となった(図表-9)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

賃貸面積は、「名駅地区」を除く、「栄地区」(前年比▲1.2万坪)、「伏見地区」(同▲0.3万坪)、「丸の内地区」(同▲0.2万坪)で減少した結果、空室面積は計+1.8万坪増加した。

名古屋市のエリア別の空室率(2022年3月末)は、「伏見地区6.9%(同+3.4%)」、「名駅地区6.6%(前年比+1.4%)」、「丸の内地区5.6%(同+2.9%)」、「栄地区3.5%(同+0.1%)」となり、全てのエリアで上昇した(図表-10左図)。

一方、募集賃料は、「伏見地区」を除く全てのエリアで前年比プラスを維持した。(図表-10右図)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

名古屋オフィス市場の見通し

新規需要の見通し

(1)オフィスワーカー数の見通し

住民基本台帳人口移動報告によると、2021年の名古屋市の転入超過数は+1,302人となり、転入超過を維持したものの2020 年(+3,075人)の半数以下に留まった(図表-11)。また、愛知県の就業者数は、2020年以降横ばいで、2021年は416.2万人(前年比+1.5万人)となった(図表-12)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

以下では、名古屋のオフィスワーカー数を見通すうえで重要となる「東海地方」における「企業の経営環境」と「雇用環境」について確認したい。

内閣府・財務省「法人企業景気予測調査」によれば、「企業の景況判断BSI(*3)」(東海地方)は、2020年第2四半期に「▲52.2」と一気に悪化した。その後は、回復と悪化を繰り返しながら2021 年第4 四半期に「+12.0」まで回復したが、2022 年第1 四半期は「▲6.4」と再び悪化した(図表-13)。

また、「従業員数判断BS(*4)」(東海地方)は、不足の「21.1」(2020年第1四半期)からやや過剰の「▲1.3」(第2四半期)へ大幅に低下した後、足もとでは「+17.2」まで回復したが、コロナ禍以前の水準には至っていない(図表-14)。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

名古屋市では、人口の流入超過が継続しているもののその勢いは鈍化しており、愛知県の就業者数は、2020年以降横ばいで推移している。また、コロナ禍が東海地方の「企業の経営環境」と「雇用環境」に与えたダメージが残り、本格的な回復に至っていない。以上のことを鑑みると、名古屋市のオフィスワーカー数の拡大は力強さに欠けることが予想される。


*3:企業の景況感が前期と比較して「上昇」と回答した割合から「下降」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど景況感が悪いことを示す。
*4:従業員数が「不足気味」と回答した割合から「過剰気味」と回答した割合を引いた値。マイナス幅が大きいほど雇用環境の悪化を示す。


(2)在宅勤務の進展に伴うワークプレイスの見直し

パーソル総合研究所の「新型コロナウィルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によれば、愛知県におけるテレワーク実施率(2021年8月調査)は20%となった。1回目の緊急事態宣言直後(2020年4月調査)に大きく上昇した後は概ね横ばいである(図表-15)。

また、公益財団法人 名古屋まちづくり公社 名古屋都市センターの調査によれば、「コロナ収束後のオフィスへの理想出社日数」として、テレワークを経験した名古屋の就業者の約8割がコロナ収束後においてもテレワークを取り入れた働き方(テレワークを平日1日以上)を希望している(図表-16)。家族との時間が増えた等のメリットから、今後もテレワークを中心とした働き方を希望する人が増えている模様だ。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

こうしたなか、名古屋市でもワークプレイスの見直しを検討する企業が増えている。ザイマックス不動産総合研究所「大都市圏オフィス需要調査 2021 秋」によれば、「ワークプレイス戦略の見直しの着手状況」に関して、「既に着手している」との回答は1割にとどまるが、着手予定を含めると全体で5割を超える(図表-17)。今後、ワークプレイスの見直しが順次拡大することが予想され、引き続きオフィス需要への影響を注視したい。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

(3)「リニア中央新幹線の開業」の経済波及効果への期待

リニア中央新幹線の名古屋駅開業に対する期待は大きい。中部圏社会経済研究所「中部圏経済白書2018」によれば、リニア中央新幹線の名古屋駅開業に伴う経済効果は、愛知県で2兆2,738億円(全国で14兆8,204億円)と推計されている。

また、愛知大学三遠南信地域連携研究センターの調査によれば、「リニア中央新幹線後の東海道地域への影響」について、「影響がでる」(「大きな影響がでる」と「多少影響がでる」の合計)との回答が5割弱を占めた(図表-18)。「影響の内容」について、「観光による人の動き」(74%)との回答が最も多く、次いで「新規企業の誘致・企業」(51%)が多かった(図表-19)。企業誘致の活発化等、オフィス需要にプラスの効果が期待されている。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

名古屋市は、リニア開業を見据えて、高機能オフィス等の開発を誘導する目的で「名古屋駅・伏見・栄地区都市機能誘導制度」の運用を2020年10月より開始した。基準に適合する建築物の容積率は、名古屋駅東口周辺と栄駅周辺部では1,300%に、伏見駅周辺は1,100%に引き上げられる(図表-20)。

栄にある市有地「栄広場」と隣接エリアを合わせた地区(錦3丁目25番街区)では、上記の制度を活用した複合ビル(延床面積約11万m2)の開発が計画されており、2026年春に竣工予定である(*5)。地上41階、地下4階建てで、高さは約213メートルとなり、名古屋テレビ塔(約180メートル)を超え、栄地区では最も高いビルとなる。

一方、リニア中央新幹線の工事を巡っては、静岡県が大井川の流量に影響を与えるとして静岡工区の工事に反対しており、当初予定の2027年度中の開業は困難な状況になっている(*6)。

また、名古屋鉄道は、名古屋駅機能の整備と駅周辺地区の再開発(「名鉄名古屋駅地区再開発事業」)を計画している。駅機能の整備は2030年頃を目途に完了させたい意向を示しているが、「名鉄名古屋駅地区再開発事業」の着工は、新型コロナウィルス感染拡大に伴うテナント需要の変化を見極めるため、当初予定の2022年から延期し、2024年度を目途に計画内容を決める方針としている(*7)。

リニア中央新幹線の開業工事や、リニア開業を見据えた再開発事業の先行きに不透明感が増しており、その動向を注視していく必要がある。

名古屋オフィス市場
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*5:名古屋市「(仮称)錦3丁目25番街区計画の都市計画提案の提出についてル」。
*6:日経産業新聞「JR東海、リニア投資13%減、2023年3月期計画は3750億円。」2022/4/1
リニア中央新幹線計画関連の設備投資(2022年度)は、3,750億円(前年比▲13%)。用地取得が一段落したことに加え、外環道のトンネル掘削工事での陥没事故を受け、リニア中央新幹線の工事スピードを抑えていることが影響。
*7:中部経済新聞「名鉄、名駅再開発30年完成へ 高崎社長 駅機能整備を優先 東区に最高級マンションも」2021/6/26


オフィスビルの新規供給見通し

名古屋のオフィスビルの新規供給は、2018年以降、限定的な状況が継続していた(図表-21)。

2021年は、「名古屋三井ビルディング北館」、「丸の内Oneビルディング」、「BIZrium名古屋」、「関電不動産伏見ビル」等、大規模ビルの竣工が相次ぎ、新規供給面積は18,500坪に達し、4年ぶりに1万坪を超えた(図表-21)。

2022年は、1月に「アーバンネット名古屋ネクスタビル」、3月に「名古屋ビルディング桜館」が竣工し、新規供給面積は約12,000坪となる予定である。その後も、2023年に「(仮)名駅4丁目OTプロジェクト」や「中日ビル」、2024年に「(仮)名古屋丸の内1丁目計画」、「(仮)第2名古屋三交ビル」等、大規模ビルの竣工が複数予定されており、2023年と2024年の新規供給は1万坪超える見通しである。

名古屋オフィス市場
(画像=ニッセイ基礎研究所)

賃料見通し

前述の新規供給見通しや経済予測 、オフィスワーカーの見通し等を前提に、2026年までの名古屋のオフィス賃料を予測した(図表-22)。

名古屋市では、人口の流入超過が継続しているもののその勢いは鈍化している。コロナ禍が東海地方の「企業の経営環境」と「雇用環境」に与えたダメージが残り、本格的な回復に至っていない。また、「在宅勤務」を取り入れた働き方が定着し、ワークプレイスの見直しが進んでいる。リニア中央新幹線の開業時期および開業を見据えた再開発の進捗にも先行き不透明感が増している。以上を鑑みると、名古屋のオフィス需要は当面弱含み、空室率は緩やかに上昇する見込みである。

名古屋のオフィス成約賃料は、空室率の上昇に伴い、下落基調で推移すると予想する。2021年の賃料を100とした場合、2022年は「98」、2026年には「90」へと下落する見通しである。ただし、ピーク(2019年)対比で▲12%下落するものの、2017 年の賃料水準「87」を上回り、リーマンショック後のような大幅な賃料下落には至らない見通しである。

名古屋オフィス市場
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吉田資(よしだ たすく)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員

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