高インフレが加速する中、米経済の景気後退への懸念が高まっている。ゴールドマンサックスやドイツ銀行を含む専門家の間では、「米連邦準備制度理事会(FRB)による利上げがその引き金になる」との見方が強く、日を追うごとに先行きの不透明さが拡大している。
連続利上げ 年内には3%超えか?
3月の米消費者物価は前年同月比8.5%と、その上昇スピードは過去40年間で最も速いペースだ。ロシア・ウクライナ情勢を背景とする原油高騰の影響により、家庭用食品は10.0%、ガソリンは48.0%上昇した。住居費も5.0%上昇したことから、住宅バブル崩壊の懸念も再燃している。
物価の見通しを反映する「予想インフレ」は2022年に入り急上昇しており、このような高水準を記録したのは、米国で約8年ぶり、ユーロ圏で約9年ぶりだ。
インフレが長期化すると見込んだFRBは同月、インフレ抑制策として約3年半ぶりに政策金利を0.25%引き上げた。さらに、5月上旬には0.5%大幅に利上げし、「量的引き締め(保有している金融資産の圧縮)」を決定した。0.5%幅の利上げが実施されるのは22年ぶりで、これにより政策金利は1%に跳ね上がった。
ウォートン大学のジェレミー・シーゲル財務教授はCNBCの取材で、「政策金利を3~3.5%以上にする必要がある」との見解を示した。
労働力不足、賃金急上昇……FRBを悩ます頭痛の種
FRBの狙いは、「ソフトランディング(実体経済への悪影響を最小限に抑えるよう、過熱した景気を穏やかに減速させること)」である。引き締めを介して「インフレ→景気後退」の流れを回避しようという考えだ。
しかし、FRBの戦略が成功する保証はない。1965年、1984年、1994年など、過去にはソフトランディングで「インフレ→景気後退」の流れを回避した成功例があるが、現在の状況での実現が困難であることはFRBのパウエル議長自身も認めている。
ハードルの一つとなっているのは、労働力不足と急速な賃金上昇だ。
インフレの原因がコロナ禍とロシアのウクライナ侵攻だけであれば、サプライチェーン問題の緩和とともに、インフレは収まるだろう。しかし、労働力不足と賃金の急上昇が続けば、インフレの加速が予想以上に長引く可能性が高い。
ゴールドマンの試算によると、雇用総数(雇用数+求人数)と労働者総数の差は530万以上と、米国が戦後史上最大の労働力不足に直面していることがわかる。インフレ率をFRBの目標である2%前後に引き下げるには、賃金上昇率を5~6%程度から4~4.5%程度に引き下げる必要があり、そのためには雇用総数と労働者数の差を250万人程度(米成人人口の約1%)縮小しなければならない。
ところが、ドイツ銀行が過去60年間のインフレ率と失業率を分析した結果、経済を大幅な景気後退に追いこむことなく、軌道修正に成功した例は見られなかったという。
景気後退は2023~24年が濃厚?
このような背景から、市場ではFRBがインフレ抑制のために金融引き締めを最優先させたことが裏目に出て、結果的に米経済の景気後退の引き金となるのではないかとの懸念がくすぶっている。
CNBCが5月上旬に行った調査では、米エコノミストや投資家の半数以上が「FRBはソフトランディングに失敗する」と予想していることが明らかになった。また、中小企業経営者の10人に8人は、米経済が年内に景気後退に突入すると確信しているという。
ドイツ銀行のエコノミストは4月上旬の顧客あての報告書の中で、「FRD(連邦準備制度理事会)による金融政策の引き締めが2023年後半、米経済を不況に追いこむだろう」と警告した。
足元のインフレが徐々に落ち着くとしても、FRBの目標である2%に戻るまでには長い時間を要するというのがその根拠だ。インフレが長引くほど、FRBはそれを収束させるために金利をさらに引き上げる必要が生じ、結果的に経済に深刻な打撃を与えることは避けられないとの見解を示している。
米経済が縮小する正確な時期については、2023年第4四半期~2024年第1四半期と予測している。これはゴールドマンサックスの予想とほぼ一致する。ゴールドマンサックスは景気後退突入の時期と確率を2022年は15%、2023年は35%と予想している。
景気後退はインフレ緩和に必要不可欠?
幸いなことに、たとえ景気後退が現実となったとしても、比較的軽度にとどまるとの見方が強い。ドイツ銀行の見通しによると、景気後退に伴い失業率が上昇し、現在の3%から2024年には5%を超えてピークに達するが、インフレ率は同年末までに2%に戻る可能性があるという。
もちろん、過去の分析や予想は確実なものではなく、先行きは依然として不透明だ。「インフレを緩和するための来るべき景気後退」という楽観的な見解とは対照的に、物価の上昇は多数の米国民の家計を圧迫している。ミシガン大学の2022年2月の調査によると、消費者心理は10年ぶりに冷えこんでいるという。
文・アレン琴子(英国在住のフリーライター)