この記事は2022年11月14日に三菱総合研究所で公開された「DX・GX時代の「企業の人的資本投資」のあり方 第1回:DX・GXの2大潮流が生む人材需給ミスマッチ拡大と企業の対応」を一部編集し、転載したものです。

企業の人的資本投資
(画像=Vladimir Badaev/stock.adobe.com)

目次

  1. 産業構造変化への対応に後れを取る日本企業
  2. 社会環境の不確実性とともに高まる人的資本投資の重要性
    1. (1)人的資本投資が注目される理由
    2. (2)人的資本投資が目指すのは「経営戦略と人材戦略との連動」

産業構造変化への対応に後れを取る日本企業

私たちの生活・働き方を一変させた新型コロナウイルス感染症。企業の感染拡大防止策としてのリモートワーク推進やペーパーレス化等の動きは、コロナ禍以前から叫ばれてきたデジタル社会への変革、いわゆるDXの流れを加速させる契機となった。

さらに、DXと並行してさらなる機運の高まりを見せたのが、脱炭素化を実現するための社会変革、いわゆるGX(グリーン・トランスフォーメーション)である。

2021年11月の第26回国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)は、世界的なCN(カーボンニュートラル)への動きを後押しし、日本でも大規模な洋上風力発電プロジェクトの発足や、ペロブスカイト太陽電池(*1)・次世代高炉といった新たな環境技術の開発が進んできている。足下のウクライナ情勢によって変革が足踏みしているとの見方もあるが、この大きな潮流が止まる、ないし急に方向転換することはないだろう。

一方で、DX・GXの2大潮流に伴う産業構造変化に対し、日本政府および企業は、技術、資本(投資)、法整備などさまざまな側面で後れを取っていると指摘される。当社では、特に人材面での対応の後れに着目し、2022年7月に「DX・GX 時代に対応するキャリアシフト」の必要性を提言した。

日本における人的資本投資の水準の低さを指摘するとともに、DX・GXによって拡大する人材需給のミスマッチ解消のために、成長が見込まれる産業・事業領域に政労使が一体となって人材をシフトさせていく必要性を示している。

本コラムでは、DX・GXに対応するキャリアシフト、そして人材需給ミスマッチ解消に向けて、個々の企業目線で具体的にどのような考え方で臨み、どのように取り組みを進めるべきかを6回に分けて論じていく。ポイントは以下の4つである。

  • 企業の人的資本投資は、経営戦略と人材戦略を連動させるための経営レベルの課題(第1回)。
  • 人的資本投資を「人材タイプ×キャリアシフト」に要素分解しToBe人材ポートフォリオを実現(第2回)。
  • 先進的なキャリアシフト実践事例はあるものの、日本企業全体としての取り組みは不十分(第3・4・5回)。
  • 企業は人的資本投資の目指す姿を明確化し、本気の「投資」と捉えて取り組みの強化を(第6回)。

社会環境の不確実性とともに高まる人的資本投資の重要性

(1)人的資本投資が注目される理由

さて、DX・GXの文脈に関わらず、「人的資本投資」「人的資本経営」といった言葉を昨今よく見聞きするようになった。人的資本投資とは、人材を資源ではなく資本として捉え、その価値を最大限に高めるための投資を指し、それを通じて中長期的な企業価値向上につなげるような経営のあり方を人的資本経営と呼ぶ(*2) 。

こうした考え方は以前から存在するが、ここへきて注目を集める契機となったのは、2020年9月に経済産業省「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」が出した報告書、通称「人材版伊藤レポート」であろう。

さらに2022年5月には「人的資本経営の実現に向けた検討会」が、人材版伊藤レポートを深掘りし、豊富な実践事例を追加した「人材版伊藤レポート2.0」を公表したことで、ますます注目度を高めている。

こうした背景には、ESG投資の浸透に伴う非財務情報、特に人的資本に係る情報開示への要請の高まりが挙げられる。しかし何よりもDX・GXに伴う産業構造変化に対応すべく、企業も新たな事業・サービスの創出が求められる中で、そうした事業・サービス開発をけん引する、従来にはないものを形にできる人材を創り上げる必要があるという危機意識が大きな要因であろう。

(2)人的資本投資が目指すのは「経営戦略と人材戦略との連動」

しかし、人的資本投資の実態は、投資の目的、目指す姿や求める人材像が不明確なままに投資を拡大するケースが散見される。方向感の定まらない人的資本投資が企業の実務に落とし込まれると、経営企画や広報・IR目線では非財務情報開示への対応としての位置づけが強くなる。

その一方、人事目線では経営戦略・事業戦略への意識が不十分なまま教育機会・コンテンツ拡充を推し進めてしまう傾向がある。この場合、従来の事業構造の延長上における社員への教育投資としては一定程度の効果が期待されるものの、DX・GXに伴う産業構造変化への対応としては空振りになる恐れが強い。

昨今は多くの企業で、3~5年スパンで中期経営計画と合わせ、10~20年スパンの長期ビジョンの策定が進められている。足下にあるコロナ禍への対応、急激な円安や物価高への対応も重要な課題ながら、より長期的なスパンで事業環境がどのように変化していくかを視野に入れた企業運営が必要との認識が高まっている。

そのように産業構造変化を見据えて企業の経営戦略・事業戦略の見直しが進められる一方で、人材戦略の見直しは置き去りにされているケースがよく見受けられる。長期ビジョン・中期経営計画に描き出される経営戦略・事業ポートフォリオは変遷が見られる中で、人材戦略に関する記述は代わり映えしないものが多い。

前向きな捉え方をすれば、不変の価値観に基づいて人材マネジメントをしているとも解釈できるが、経営企画や人事の機能分化などを背景に、経営戦略と人材戦略との連動が十分に意識されなくなった表れと推察できる。

翻って、今求められている人的資本投資とは、産業構造変化に伴い変化してきた経営戦略・事業戦略に、人材戦略をしっかりつなぎ留めるための投資といえる。経営戦略・事業戦略実現のために求められる人材像・人材ポートフォリオを明確にし、現状とのギャップを早期に埋めるために、どのような教育にどれ程の投資が必要かを判断していく。

戦略広報・IR任せ、人事任せにしてよい取り組みではなく、産業構造変化を生き抜くための経営レベルの課題と考えるべきである(図表1)。

図表1 DX・GXと経営戦略・人材戦略

DX・GXと経営戦略・人材戦略
(画像=出所:三菱総合研究所)

*1:光を電気に変換する結晶構造を持つペロブスカイトを用いた太陽電池。従来のシリコン系太陽電池と比較して、薄く軽量で折り曲げが可能であり、ビルの壁や電気自動車の屋根にも貼ることができる。次世代太陽電池として注目を集め、今後普及が期待される。
*2:経済産業省「人的資本経営コンソーシアム設立趣意書」 https://www.meti.go.jp/press/2022/07/20220725003/20220725003-1.pdf(閲覧日:2022年10月28日)

大内久幸
三菱総合研究所 政策・経済センター