急速な利上げを受けて米国景気が後退局面に入ると指摘する声が広がっています。しかし、インフレ抑制を最優先課題に掲げる米連邦準備理事会(FRB)が利上げの手綱を緩める気配はありません。米国の株式相場は底値からは回復傾向にあるものの、先行きに対する不透明感があるのは否めないのが実情です。

一方、日本にも原材料の値上がりに急激なドル高・円安が加わり、物価高がじわじわと国民の生活を脅かしています。日銀は2013年から続けている金融緩和政策を堅持しており、日米金利差の拡大も継続しています。これによって、今後もドル高・円安傾向が続く可能性が高いという見方が支配的です。

こうした中、モルガン銀行勤務時代に「伝説のディーラー」と名をはせた経済評論家・藤巻健史氏に現状をどう見ているか聞きました。藤巻氏によれば、日本の株・債券・通貨すべてが売られる「日本売り」の“Xデイ”が近づいているといいます。一体どういうことなのでしょうか。

上下の2回に分けて紹介します。1回目は、FRBの金融政策や米国経済の現状分析について明らかにしてもらいました。

藤巻健史(ふじまき・たけし)氏
藤巻健史(ふじまき・たけし)氏
1950年東京都生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行(現三井住友信託銀行)に入行。1980年、米国ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院にてMBAを取得する。帰国後、三井信託銀行ロンドン支店勤務を経て、1985年に米国のモルガン銀行(現JPモルガン・チェース銀行)に転職。同行で資金為替部長、東京支店長兼在日代表などを歴任。東京市場屈指のディーラーとして世界に名をとどろかせ、JPモルガンの会長から「伝説のディーラー」と称された。2000年にモルガン銀行を退職。その後、米国の投資家ジョージ・ソロス氏や三洋電機のアドバイザーを務めたほか、一橋大学経済学部で13年間、早稲田大学大学院商学研究科で6年間、半年の講座を受け持った。現在はフジマキ・ジャパン代表取締役。東洋学園大学理事。2013年から19年まで参議院議員を務めた。2020年に旭日中綬章を受賞。『Xデイ到来 資産はこう守れ!』『藤巻健史の資産運用大全』(ともに幻冬舎)ほか著書多数。

米国では、これから量的引き締めが本格化。インフレは長期化か

――現在、米国ではインフレが加速し、FRBがそれを押さえようと急ピッチで利上げを進めています。果たして、このまま利上げを続ければインフレは収まるのでしょうか?

多くの人が勘違いをしていますが、現在、世界中で巻き起こっているインフレの最大の要因は、世界的な金融緩和によって各国の中央銀行がお金を刷り過ぎてしまったことです。お金をジャブジャブに供給したことで、お金の価値が下がり、インフレを巻き起こしています。この認識を誤ると、将来の予測も見誤ることになるでしょう。

ロシアとウクライナの戦争や資源高、中国のゼロコロナ政策によるサプライチェーンの混乱などは、その状況をより悪化させているだけなのです。以前はFRBでさえ、インフレの真の原因に気づかず、「インフレは一時的」などと言っていたので、一般の人が勘違いしてしまうのも仕方ないでしょう。

2021年の11月、FRBはテーパリングを始めました。多くのメディアでは、テーパリングを「量的緩和の縮小」と訳していますが、正しくは「債券購入増加額の縮小」。つまり、債券購入の規模を小さくしているだけで、この時点ではQT(量的引き締め)に打って出たわけではありません。11月以降もFRBのバランスシートは膨らんでいて、市中にお金をばらまき続けていたのです。

――確かに、2022年3月から利上げも始まっていますし、その時点で量的緩和は終わったとの印象を持っていました。

FRBは、2022年の6月1日からようやく保有資産を減らすQT(量的引き締め)に着手しました。市中にばら撒いたお金を回収する作業なのですが、FRBが保有する有価証券8兆4792億ドルのうち、6月の1カ月間で縮小したのは224億ドル、率にして0.3%程度。つまり、まだマーケットは量的緩和によるジャブジャブの状態が続いていて、それが直近の株式市場の反発につながっているのでしょう。現状のQTはインフレが収まるレベルのQTには到底届いておらず、量的引き締めの本番はこれからなのです。

FRBのQTは遅きに失した感があり、このまま1979年のポール・ボルカー元FRB議長の「サタデー・ナイト・スペシャル」と同じような状況に陥ることを危惧しています。現在、第一線で活躍しているエコノミストや債券ディーラーのなかで、当時の金利暴騰を体験した人はいないでしょう。私は、先輩ディーラーが債券の暴落で血みどろになったのをこの目で見てきました。

――サタデー・ナイト・スペシャルとは?

ボルカー議長は、当時起こっていた急速なインフレに対処すべく、マネーサプライ(市中に出回る通貨の供給量)の伸びを抑える政策を取りました。当時、FF金利(フェデラル・ファンド・レート=政策金利)は11%程度で、CPI(消費者物価指数)は前年同月比で12%程度でしたが、ボルカー議長の政策によってFF金利が20%近くまで上昇したのです。当然、金利の急上昇によって米国経済はリセッション(景気後退)入りし、失業率も6%から10%超まで跳ね上がりました。ボルカー元議長は、景気よりもインフレ退治を優先させたわけです。この政策が1979年10月6日の土曜日夜に発表されたことから、その後の一連の流れも含めて「サタデー・ナイト・スペシャル」と呼ばれています。

――金利水準こそ低いですが、現在の状況とよく似ていますね。

当時のFRBは財政ファイナンスを行っておらず、世の中に出回っているお金の規模も、現在と比べればたかが知れている状態でした。現在はジャブジャブにお金をばら撒いていますから、当時以上に資金を回収する必要があります。つまり、より強く量的引き締めを行う必要があるということなので、サタデー・ナイト・スペシャルの再来を恐れているわけです。

足元では、インフレの上昇ペースが多少緩んだことで、「金融引き締めは終わりを向かえ、割と早い段階で利下げ局面に突入する」との見方が浮上していますが、この見通しは甘過ぎると言わざるを得ません。

大規模な金融引き締めで1ドル=500円程度まで円安が進む可能性も

――米国経済は、1-3月期と4-6月期がマイナス成長となっていましたが、7-9月期は前期比で2.6%と3期ぶりのプラスになりました。ただ、ご指摘通りだとやはりリセッション入りが濃厚でしょうか。

景気を冷やすのが金融引き締めの目的ですから、利上げによって景気が悪くなるのは当然です。ただし、FRBはリセッション入りしようとしまいと、約40年ぶりとなるインフレが収まらない限り、利上げを続けるでしょうし、QTも強化していくはずです。景気拡大を伴わない悪性のインフレが続くと、経済が崩壊してしまい、景気を回復させるのにもかなり時間がかかります。仮にサタデー・ナイト・スペシャルのような金利の暴騰が起こらなくても、米国経済はかなり厳しい状況に追い込まれるはずです。

インフレの最大の要因がお金の刷り過ぎですから、FRBは近い将来、より過激なQTに打って出ることになるでしょう。

――より過激なQTが行われた場合、何が起こるのでしょうか?

米国のウォール街では、「今回のFRBのバランスシート圧縮は、2017年の約2倍のペースで行われる見通しで、その規模は金融政策の歴史にとって初めての経験となる」と一部で指摘されていました。為替相場では、世界の通貨に対してドル高が加速していますが、これは6月からQTが始まったことが影響していると考えられます。

米国は、前回(2016年12月以降)の利上げ時には民間企業から買い取った国債を満期まで保有し、再投資をしない「満期待ち」という政策を取りましたが、現在は、そのペースではインフレに対応できません。買い取った国債を民間企業に売却する「売りオペ」を選択する可能性が高いと思われます。

――前回の金融引き締めは、かなりソフトなものだったのですね。

FRBが売りオペを行うと、長期国債の需給バランスが崩れ、長期金利は急騰(価格は下落)します。約40年間続いていた債券の強気相場は終焉を向かえるでしょう。

市中に出回ったドルを回収するわけですから、ドルの需給は今以上にタイトになり、ドル高を加速させます。FRBが金融政策において「売りオペ」を選択すると発表した時点で、金融マーケットには衝撃が走るのではないでしょうか。

――市場では、日米の金利差を背景にしたドル高・円安が語られていますが、これからはQTの動向に注意を払う必要があるわけですね。

米国では、サマーズ元財務長官などもQTによる金利暴騰の可能性について触れていました。両国の金利差だけならせいぜい1ドル=200円程度までが限界でしょうが、QTの激化によって、金利差よりも強烈なドル高局面が訪れることはまず間違いないと思います。この場合、1ドル=500円程度までドル高・円安が進む可能性があると見ています。

「米国経済は利上げで腰折れするだろう。そうなればインフレも収まるだろうし、ドル高・円安の傾向も終わるだろう」との考えは、投資家たちの希望的観測に過ぎません。FRBが過激なQTを行うことで長期金利が急騰し、米国経済は大きく落ち込むでしょうが、数年で回復に向かうでしょう。

反対に、大胆なQTを行わない場合、日本がバブル抑制に失敗して“失われた30年”と呼ばれる低迷期に突入してしまったように、米国経済も長期的な低迷に陥ることが予想されます。現在起こっていることは、こうした事態の始まりに過ぎないのです。

(第2回に続きます)